【67】黒い魔物
「え?どういう事だ?」
フェルは、黒い鳥を仰ぎ見たままルースに問う。
「私にもわかりません…耳に届いた声ではないようですが…」
少々混乱しているルースが、困ったように話す。
『“念話“ヲ,使ッテイル。コレハ,魔力ヲ媒介ニ,シタモノダ』
ルースの話に答えるように、フギンから又声が返ってきた。
「なるほど」
ルースが独り言ちれば、それを拾ったフェルが首を巡らしルースを見た。
「何がなるほど、なんだ?」
フギンの声が聞こえていないらしいフェルが、眉根を寄せている。俺にもわかる様に言ってくれと、顔に書いてある様だった。
「あの鳥は“念話“というものがつかえるらしく、魔力を媒介として会話ができると言っています」
「はぁ?魔物と会話できるのか?!」
と、確かにルースもそれには驚いたが、フェルも聞いた事がなかったらしく酷く驚いた様子だ。
「…でもそれって、魔力が使えるからなんだな。だから念話は俺には聴こえないのか…」
少し寂しそうに言ったフェルは、未だ魔力を放出できていない。魔力がない事を心の中ではいつも気にしていたフェルが、力なく肩を下げた。
『ソレニモ“受け皿“ハ,アル。ダガ, “魔力“ヲ纏ワネバ,我ノ“声“ハ,聞コエヌ』
フギンの話を聴いたものの、ルースはフェルには頷くだけに留めた。
「で、何て言ったんだっけ?」
「借りがあると言っていましたが…」
ルースがそう言うと、2人はまた木の上にいる黒い鳥を仰ぎ見た。
『我ヲ解キ放チ,“糧“ヲ与エテクレタ,ソノ借リハ,重イ。我ハ,其方達ノ, “利益“トナロウ』
利益?
ルース達の利益になると言ったフギンは、黒い目をパチパチと瞬きさせ2人を見つめている。
「この鳥は、私達に助けられた恩を返したい、私達の利益になる事をすると言っていますが…」
と、フェルに聴こえていない話を、ルースは伝えた。
「利益って、何だ?」
フェルの言葉に、ルースもそこは疑問に思っていたので「さぁ」と首をかしげる。
『“念話“デハ,類スル単語ヘ,変換サレルヤモ,シレヌ』
「なるほど、類似する言葉に変換される訳ですか。では私達と友達になってくれる…という事ですか?」
ルースが崩して解釈すれば、黒く丸い目が瞬きを繰り返した。
『…トモダチ?』
その念話を無視して、ルースはフェルへと声を掛ける。
「ねぇフェル、この鳥が私達と友達になれば、利益があると思いませんか?」
ルースが隣にいるフェルに聞けば、うんうんと二つ返事で頷いた。
「“友達“になれば、おのずと私達の利益となる事をしてくれるでしょう?友とは助け合う存在です。不利益を与えないでくれるなら、あなたを“友達“と呼びましょう」
ルースはルースの持論を展開する。
ただ“利益“と言っただけで“友達“というルースへ、フギンはコテリと首をかしげた。
『“友達“トハ,何ダ?』
「友達って何でしょうね…フェル?」
その問いかけを、ルースはフェルに振った。
「は?友達?…友達は友達だな。仲の良い友達だ」
笑顔で言ったフェルの答えは、答えになってはいなかった。確かに“友達“といきなり聞いたところで、こう答える者もいるかも知れないが…。
ルースはフェルからの答えに見切りをつけ、フギンを仰ぎ見た。
「友達とは、“仲間“という事です。私達は人と魔物という互いに相容れないもの同士ですが、そんな者達でも“仲間“になって良いと思うのですよ」
ルースの言葉に、フギンは吟味するかのように瞬きを繰り返す。
『“仲間“トイウ概念ハ,アル。“友達“トイウ意味ヲ,理解シタ。ヨカロウ,我ハ,其方達ノ,“友達“トナロウ』
フギンはそう話すと、翼を広げルースとフェルの前に舞い降りた。
「フェル、友達になってくれるそうですよ。それで、あなたの名前は何ですか?呼ぶときに何と呼べば良いのです?」
フェルに経緯を伝えた後、目の前の黒い鳥へと話しかけた。
『我ニ“名前“ハ,ナイ。我ハ,“名“ヲ持ッテハ,オラヌ』
「名前がないのですか…それは不便ですねぇ。では何と呼びましょうか、フェル?」
ルースはこの鳥に名前がないのだと言って、フェルに呼び名を尋ねてみる。“フギン“でも良いのだが、他のフギンと同じというのも味気ない。
「ん?おう、名前か。そうだなぁ…フギンだから、“フギフギ“とか“ギンギン“とか、どうかな?」
この候補を真面目に考えて言ったのかは分からないが、ルースはその候補に眉尻を下げた。
「フェル…酷いですよ。いくらなんでも…」
そういって、残念なものを見る目でフェルを見つめた。
「何だよ…俺は真面目に言ったんだぞ?そんな目で見ないでくれって」
フェルはガクリと項垂れて、どうせ俺は…とか何とか言っている。
それに苦笑しつつ、ルースは視線を黒い鳥へと向けた。
「もしかして、今の呼び名でも良いですか?」
何に喜ぶかが分からぬ為一応フギンにも確認を取るが、目を細めたその視線は、思いのほか言外に全てを物語っていた。
「……わかりました。では“シュバルツ“と、いうのはどうですか?」
「あ?ルース、そのシュバルツって何だ?」
と問いかけられ視線をフェルに向けると、ルースは微笑む。
「“黒“って意味ですよ」
「そっか、黒いもんな」
フェルはすっかり納得し、いい名前だと言っている。ただ真っ黒だからという理由で出した名だったが、フェルも本人…本鳥も異論がなく気に入ってくれたらしい。
ルース達がのんきに話している前で、ルースが出した名前に反応したフギンは、目を見開き丸い目が更に丸くなった。そして一度身震いすると、姿勢を正すかのように身じろぎしてから、ルースの目をじっと見つめ返してきた。
『我ハ,ソノ“名“ヲ受ケ入レ,“ネームド“ヘト,変化シタ。我ハ,コレカラ“しゅばるつ“トシテ,其方達トトモニ,アルダロウ』
今度はルースが目を見開きシュバルツを見る。
「え?何か変わったのですか?」
ルースは戸惑いそう話すが、話の見えないフェルが不思議そうな顔をしたため、フェルにも今の言葉を伝える。
「シュバルツという名前を受け入れてくれたのですが、その為“ネームド“と呼ばれるものに変化したと。そして今後は、私達と共に行動すると言ってくれています」
「え?ルースは何かしちまったのか?」
フェルはそう言ってジト目になった。先程自分が言った名前が却下されたので、少々いじけているようだ。
「で、そのネームドってなんだ?」
ルースもフェルもまずはそこからだった。
こうして魔物と会話する事が初めてであるし、魔物に会って襲われなかったのも初めてだ。その為、魔物の持つ常識というものを解っていない。否、人間が魔物を理解していると思っていても、それは表面上に過ぎないのだ。この魔物が当たり前の様に伝えている事は、ルースとフェルには意味の分からない事で、先程の“友達“の時とは逆の立場になったのである。
「私も知りたいです。そのネームドとは何ですか?」
ルースの問いに、この者達は“ネームド“の意味も知らずに自分に名付けたのだと気付いたシュバルツは、2人の混乱を知らぬかの様に首をかしげて瞬きをした。
『“ネームド“トハ,“名前持ち“トイウコト。魔物ハ,理ノ底辺ニアリ,存在ハ希薄。シカシ,ソレニ名ヲ付ケレバ,存在価値ハ上ガリ,名ヲ付ケタ者ト,繋ガリ, 魔物トシテノ能力モ,上ガル』
ルースは言われた事の意味を考える。
要するに、名を持てば他の魔物よりも“格“が上がるという事なのだろうが、目の前の鳥を見ても何がどう変わったのか今一つ分からない。
しかし言われてみれば、この魔物の存在を自分の中で感知できるようになっているなと、ルースは気付いた。
そして、その解釈は間違っていないとばかりに、シュバルツはルースを見つめて“カーッ“と鳴いた。
始めて鳴き声を上げた鳥に、驚いたのはルースだけではないようだった。
「うわっ鳴いた…」
『“コヤツ“ト,話ガ出来ヌノハ,面倒ダナ。早ク,魔力ヲ,解放サセヨ』
この鳥は無茶な事を言うなと、ルースは口を噤んだ。それが自在にできるのなら、フェルは苦労していないのだ。
その思考を読んだかのように、シュバルツは言葉を続けた。
『簡単ナ事。“聖獣“ニ,ソノ器ヲ,解放シテモラエバ,ヨイ』
「は?!」
ルースは思わず大声をだした。
今サラリと言われた事はヒントとして有効であるが、その聖獣は全く見掛ける事はなく幻だとも言われている為、実際にいるのだと言われた言葉に、方法と聖獣、二重の意味で驚いてしまったのだ。
「どうした?」
フェルはやはり何も聴こえていない為に、今の話を理解していないのだ。この話を、伏せるかありのまま話すかでルースは迷う。
先日フェルに“聖騎士になる事を諦めるな“と言ったルースではあるが、それとこれとは微妙に意味が異なり、確かにこの話はフェルの魔力を引き出せる方法かもしれないが、それを手助けしてくれるという聖獣と、どうすれば会えるのか、そもそもどこにいるのかさえ知らないのだ。
いたずらにこの話をして喜ばせ、やはり無理でしたというのはどうなのかと、ルースはフェルの立場に立って思案し、今はまだ黙っておくべきと結論をだした。
『ソウダナ。無駄ニナル話,カモシレヌ。“コヤツ“ニハ,言ワヌガ,ヨカロウ』
シュバルツはルースとの繋がりから思考もわかるらしく、そう念話を送ってきた。ルースはシュバルツを見て困ったように眉を下げると、フェルを振り返った。
「何でもありません。シュバルツがもう帰ると突然言ったので驚いただけです。私達も町へと戻りましょう」
ルースがつなげた言葉にシュバルツは不満気な顔をするも、特に何も言う事なく“カー“と一声上げて飛び立った。
『我ノ,“名“ヲ呼ベバ,我ハ,応エル』
飛び立つ間際にそう念話を送ってくると、そのままシュバルツは森の奥へと消えていった。それを目で追えば、その空はいつの間にか茜色に染まり、間もなく藍色と交じり合うだろう頃となっている。
「では行きましょう。名前を呼べば又来てくれるそうですよ」
「おう。何か面倒なもんを拾っちまったけど、まぁいいか」
ルースとフェルはクエストの報告もある為、森の中を通りながらスティーブリーの町を目指す。
しかし、ルースとフェルは少し進んだところで足を止め、顔を見合わせて困った表情をする。
「どうします?」
「ちょっと覗いてみようか」
そんな会話をして、再び2人は歩き出す。
今歩いている場所は以前一度通ったところで、その時に聞こえていた声が今日も聞こえてきたのだ。
これは魔法の練習だともう知っているルース達は、構えることなく少しだけそれを確認する意味で、覗いてみようかという話になったのだ。
ルースとフェルは邪魔をするつもりはない為、足音を忍ばせ気配も抑えながらその声の元を辿っていく。
そして程なくすれば、木々の間に少しだけ拓けた場所があり、そこに一人の女性が立ってこちらに背を向けた状態で、魔法の練習をしていた。
薄い髪色は銀色に輝いており、肩まで掛かる髪を靡かせながら魔法を放っている。
「あの子、どっかで見なかったか?」
フェルがひそひそとルースに話しかける。
ルースも言われるまでもなく、あの髪色を何処かで見た気がしたなと考えていた。銀色の髪は珍しく、確かに見た事があるなと記憶を探る。
あぁそうかとフェルを見て、ルースは小さな声を出した。
「図書館に行った時に、公園にいた人だと思います。大声で言われていた方の女の子ではないでしょうか」
あの時は遠目だったが、かろうじて髪色だけは見て取れたのだ。
フェルもそれに思い当たったのか、「そうか…」と呟いてその人物だと確認するかのように、再び彼女へと視線を向けたのだった。
修正:段落を作っていなかったので、修正しました。