【66】遅い昼食
「それで…あれはどうしましょうか」
ルースは、レッドスパイダーの巣につかまっていた拘束されたままの黒い鳥を指さし、フェルに尋ねた。
ルースの怒りはあれからフェルが何度も謝った事で収まったが、今後は気を抜かないよう十分に気を付けねばと、ルースを怒らせない為に心に誓ったフェルであった。その思考は少しずれているが、気を付けてくれるならまぁ良いか、というところである。
そしてレッドスパイダーは、なるべく小さくなるよう脚を切り落としてバラバラにし、マジックバッグに入れ終わった後、こうして黒い鳥を指さしている。因みに、マジックバッグはもうパンパンらしい。
「あれって何だ?ただの鳥か?」
蜘蛛の糸で巻かれている為全体は見えないが、それは体長60cm程の真っ黒な姿をした鳥に見える。フェルが言うただの鳥であれば、“カラス“と呼ばれるものに酷似している。
「いいえ…ただの鳥ではありませんね。魔力を感じますので、魔物だと思います」
ルースがそう話せば、フェルは先日読んだ魔物図鑑を思い出す。
「魔物で黒い鳥、“フギン“…?」
「フギン?」
「確か、そんな名前だった。この前俺は魔物図鑑を読んでただろう?それの中に黒い鳥みたいな物もあった。雑食って書いてあったな…畑なんかでよく物を盗って行くらしい。それに小さな魔物や動物に昆虫、草花とか何でも食べるんだってさ。頭が良くて余程の事をしないと捕まえられないと、書いてあったんだが…」
フェルがそう話せば、2人はじっとその黒い鳥を見つめた。
捕まえられない魔物と書いてあったらしいが、目の前には拘束されている物が転がっている。
「そのフギンとやらは、魔法で攻撃をしてくるのですか?」
「ん?魔法で攻撃してくるとは書いてなかったな」
「そうですか…では、ずる賢いだけで凶悪という事ではないのでしょうね」
ルースの言葉にフェルも頷く。
「それにあれ、動かないし。もう死んでるんじゃないのか?」
そう言われれば先程から動いている様子はないし、あの状態でどれ位の間いたのかもわからない為、既にこと切れていれば、それも回収して持って帰ろうかと考えていたルースであった。
「一度確認しましょう。それからですね」
ルースはそう話し、拘束されている黒い鳥へと足を向けた。フェルもルースの後を追っていき、2人は黒い鳥を見下ろす。
そして何かに気付いたようにルースが声をだした。
「ああ、まだ生きていますね。今思い出したのですが…魔物は、死ねば魔力を放出しなくなると聞いた事があります。これはまだ魔力を感知できるので、生きているようです」
2人が見下ろすものは、伸ばされた羽ごとグルグルと蜘蛛の糸に巻かれ、顔と脚は出ているが、くちばしも開かないようにグルグル巻き状態である。余程暴れたのか騒いだのか…その鳥はぐったりしているようにも見えた。もし毒を受けているのなら既に手遅れだろうなと、ルースは鳥の体に触れる。
「糸を取って、異常がなさそうなら逃がしてあげようかと思いますが、フェルはどう考えますか?」
今回のクエストはレッドスパイダーだ。そのクエストは既に終わっているし、マジックバッグももう入りそうもないのだ。それにこの魔物に危害を加えられたわけでもない為、少々可哀そうに思ってルースはそう提案した。
「俺?素材になるなら持って帰りたいが、ルースが逃がしたいんならそれでも良い。これはレッドスパイダーの、オマケみたいなもんだしな」
どっちでも良いとフェルが言った時、ゆっくりと鳥が目を開いた。
その目は悲し気に揺れて、まるで助けてくれと訴えている様に見えるが、それはルースの気のせいなのかも知れず、ルースはフェルの言葉に頷いた。
「では、糸を切ってみましょう」
ルースはナイフを取り出し、慎重に魔物の糸に当てる。体を傷つけない様に時間をかけて、それを糸から解放していく。
粘着性のある糸は切れ込みを入れても素直に剝がれては行かず、少しずつ排除しながら鳥の体が見える位まで進めていった。まだ体には切った糸が纏わりついてはいるが、無理に引き剝がせば羽が抜けてしまうため、一旦手を止め、後は嘴を自由にする段階でルースは鳥に告げた。
「嘴も開放しますが、攻撃しないでください」
ここまで抵抗はされていないが、頭が良いという魔物へ念のために声を掛けた。言葉が通じるかもわからないし、特に何の反応も返ってこなかったが、鳥へそう話すとルースは再び作業を続けた。
嘴の糸も切りこれで体は自由になったはずだと、ルースはフェルを促し、その魔物から距離を取って後退して様子をみる。
そうして少し経てば、解放されたフギンが大きく目を開き、ピョンと勢いよく立ち上がると翼を広げ、いきなり魔力を溢れさせた。
“まずい“とルースは咄嗟にフェルを庇って前に出るも、その魔力はルース達には何の影響もなかった。
一体何だったのかと再度フギンをみれば、黒い体に纏わりついていた蜘蛛の糸が、跡形もなくきれいに消えていた。
(何かの魔法を使って、体に残った糸を消した?)
ルースがそんな事を考えていれば、フギンから何かを感じた様な気がしたが、特に変化はない。
体の自由を取り戻した黒い鳥は、じっとそこに立ったままルース達を見ている。
殺気もないし威圧されている様子もなく、品定めでもするようにこちらをみているのだとルースは感じた。
「フェル」
と後ろを振り返れば、フェルはルースの横から顔を覗かせて鳥を見ていたらしく、近くにあったフェルの目と視線があう。
「これは、このままにしておきましょう。その内いなくなると思いますし」
「おう、そうだな。…俺、腹減った」
フェルにそう言われて気付けば、昼はとっくに過ぎていた時間となっていた様だ。
「そうですね。昼食を食べ損ねてしまいましたので、少し向こうに移動して食事にしましょう」
2人はそこから少し離れ、色の戻った森を歩いた。
先程ルースの放った氷の粒は、もう既に解けており、森の木々は元の姿へと戻っている。
2人は腰を下ろせそうな場所に座ると、マジックバッグからパンとスープを取り出して食べ始めた。
ルースもパンを千切って口に入れれば、溢れてくる唾液に、自分もお腹が空いていたらしいと次々に口に運び入れていった。
「おい…何だよ…」
黙々とパンを食べていれば、そんな声が聞こえた。
ルースがフェルに視線を向ければ、フェルがパンを握り締めたままルースの後ろを見ている。
その視線を追って振り返れば、先ほどの黒い鳥がこちらをじっと見つめていたのだった。
「付いてきたのですね。お腹が空いているのでしょうか…食べますか?」
そう言って、ルースは自分の食べていたパンを小さく千切ると、フギンに向かって軽く上に放った。
“パクッ“
ルースの投げたパンは放物線を描き、見事にフギンの嘴で受け止められた。
フギンはそれを咀嚼するように嘴を動かすと、ゴクリと喉を膨らませて飲み込んだ。
「腹が減って付いてきたのかよ…ちゃっかりしてるな」
それを見たフェルは、そんな言葉を言いつつもルースがやった事を真似てパンを放る。
“パクッ“
それも口で受け止めたフギンは、少し嬉しそうに見えるのは気のせいか…。時々フギンにもおこぼれを与えつつ、2人は食事を続けた。
「こいつ、皮も食べたぞ?やっぱり何でも食べるんだな」
今日の果物はオレジーという丸くて蜜柑色をした物で、少し酸味もあるが皮を剥いた中の実は、甘くて美味しい物だ。
フェルは悪戯心でその果物の皮を投げたのだが、それも見事にキャッチして何事もないように食べていた姿を見たルースは、本当に何でも食べるのですねと感心すらしていたのだった。
ルースとフェルの食事は、こうして助けた魔物に邪魔されつつ、間もなく終了した。
「ではそろそろ帰りましょう。遅くなってしまいましたので、町に着くのは夕方になりそうですね」
ルースは、木々の間から見える空を見上げる。
「そうだな。クエストも終わったし、そろそろ帰るか」
2人がそう言って立ち上がれば、近くにいたフギンはパサリと羽を広げて飛び上がると、近くの木に留まってこちらを見た。
ルースは一応それにも声を掛ける。
「私達は帰ります。あなたも気を付けて帰りなさい」
「もう捕まんなよ」
フェルも一言添えて、2人は木々の合間を縫って町の方角へと歩き出した。
暫く歩いていると近くの枝が“ガサリ“と揺れて音を立て、不審に思いルース達が木々を見上げれば、黒い鳥が留まってこちらを見ていた。これは確認せずとも、先程の鳥だ。付いてきているのかとルースは苦笑を浮かべ、その内にいなくなるだろうと2人はそのまま歩き続け、町へと向かっていった。
「もうすぐ町に着きますが、あなたは何がしたいのですか?」
ルース達はあれから3時間ほど森の中を進み、今はスティーブリーへ来た日に歩いた森へと到着していた。
その為もう少しで町の近くへ出ると分かっており、ずっと後を付いてきていたフギンにルースは問いかける。
ルースもフェルもフギンが付いてきていた事を知っていたが、まだ森の中だった事もありそのまま歩き続けてきた。しかしこのままでは町まで付いてきてしまうのではとの懸念から、2人は立ち止まり木の上にいる黒い鳥を見上げた。
「あなたを町に連れて行く事はできません。早く巣に戻りなさい」
そう伝えたルースに、フギンの黒い目がパチリと瞬きをしたかと思えば、ルースの中に声が降ってきた。
『我ハ,オヌシ達ニ,借リガアル』
思いもよらぬ言葉に目を見開いたルースがフェルを見れば、フェルは表情を変えぬままじっと黒い鳥を見ていた。自分の幻聴だったのかともう一度鳥を見上げ、ルースは今の声を確認する。
「今の言葉は、あなたですか?」
フェルは何を言い出したのかと、ルースを振り返る。
「ルースは、誰としゃべってるんだ?」
「フェル、あの鳥が私に話しかけてきた様です。“借りがある“と言っているみたいですが…」
「はあ?!」
今度はルースの話を聞いたフェルが、木にとまっている黒い鳥を仰ぎ見て目を見開いた。
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