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【65】クエストの結末

 ルースは両手を空へ掲げ、詠唱を始めた。


「大気の振動するところ、水は無情となりて我を取り巻く嵐とならん。 “猛吹雪(コールドストーム)“」

 ブワッと音を立てルース達を中心とし、周辺一帯に向かって細かな氷の嵐が吹き抜けた。


 大気を巻き上げながらルース達から360度、広域に及んだ魔法は、ザワザワと葉に当たりながら生気にあふれていた木々を凍り付かせたかのように、白い粒を纏った森へと一気に変化させた。


 先日行った図書館でスキルの本を読んだ後、ルースは続けて魔法書を読んでいた。その本は今まで読んできた一属性で放つ為の魔法書ではなく、二種類の属性を掛け合わせて放つ魔法が載っているものだった。

 魔力を持つ者の大多数は一属性の魔法しか使えないが、残りの者は二属性以上が使えるのだから、その手の魔法書が必ずあるだろうと、ルースは探し出してそれを読んでいたのだった。


 高く上げていた手をおろしたルースは、フェルに振り返ると魔法の解説をする。

「これは先日読んだ魔法書に書いてあったものです。今回はその練習も兼ねて水魔法と風魔法の融合魔法、吹雪(ブリザード)暴風(ストーム)を足した魔法を放ちました。その為、氷の粒を広域に送り出すことができ、この辺りは一様に氷を纏わせた森へ変わったと思います」


 ルースの説明に、意図は分からないまでも凄い事かもしれないなとフェルが周辺を見回せば、言われた通りに氷を纏った森の姿を確認した。

「ああ…」

 一言フェルが返せば「それでは」とルースは続けた。


「ご覧の通りこの周辺には少しの間、氷の粒を纏わせました。フェルはキラキラ反射するものを探してください」

 ルースが何を言っているのか分からず、コテリと首をかしげたフェルが「キラキラ?」と復唱する。

「はい。キラキラが沢山ある所を見つけて欲しいのです。今の状態で大きな蜘蛛の巣が見えれば、それにも氷の粒が貼り付いているはずなので、陽の光を受けてキラキラする所があるはずです」


 フェルが上を見上げて木々を見れば、確かに氷の付いた葉がキラキラしている…既にキラキラしている?

「もう全体的にキラキラだけど?」

「そのキラキラではなく、もっとキラキラしているものを探してください」


 言われたフェルはゆっくりと、周辺に顔を巡らして行く。

 フェルはルースよりも少し視力が良いのだと感じていたので、ルースより先にそれを見つけてやりたいと、しっかりと目を凝らした。そしてルースも、ゆっくりと周辺をくまなく見渡していく。


 ルース達の周辺一帯は、今キラキラと陽の光に輝いてはいるが、大きな蜘蛛の巣があればそれは特に目立つものへと変わっているだろうとルースは考えていた。

 これは確証があっての事ではないが、他の方法を思い付かなかった以上、試してみるのも悪くないと思ってやってみた事だった。


「あっ…」


 フェルが小さな声を上げる。

 ルースがその声にフェルを振り返れば、一か所を指さしそこを凝視している。

 ルースもその指先を追うように目を凝らせば、遠くに見える木々の間に、大きく円網(えんもう)に沿ってキラキラと輝きを発する蜘蛛の巣が浮かび上がっていた。


「ありましたね…」

「本当に見付かった…」


 今回はたまたま、目視できる位置にそれがあった事は幸いだった。その結果、蜘蛛の巣を見つける事が出来たので、ルースが思った効果も検証できたと言える。ただしこれは、近くに蜘蛛の巣があれば…という前提ではあるのだが。


「ではあのキラキラが消える前に、行きましょう」

「おう」

 この反射する輝きは一時的な物だ。もう少し経てば氷は水へと変化し、それも(じき)に乾いて元の景色へと戻ってしまうだろう。



 ルースとフェルは足音を忍ばせて蜘蛛の巣を見失わない様、足場を確認しつつ森の中を進む。そして100mは進んだであろうか…そうして蜘蛛の巣へと辿り着いた。


 傍までくれば隙間を開けて立つ木立の間に、人が余裕で張り付ける大きさの蜘蛛の巣が掛けてあった。

 光の角度によってはキラリと見える糸も、普段なら足元を見ている為に引っ掛かるまで気付かないかもしれないなと、フェルはブルリと身を震わせた。


 その巣を見ても今は蜘蛛の姿は見えないので、きっと周辺の木に隠れているのだろう。

 しかし蜘蛛は見えないが、この巣には既に1匹の黒い鳥の様なものが絡んでいた。それは糸で絡められ、口も開けない様にされて張り付いていた。


「フェル、先にこの糸を切ります。私達が掛かってしまっては、どうしようもありませんから」

「おう。頼むわ」


 フェルが数歩下がったのを見届けて、ルースは魔法を放つ。


「“水の輪(ウォーターシュート)“」


 ルースから放たれた水は、回転する輪となって蜘蛛の巣を切り裂いて消えた。

 そして蜘蛛の巣は、支えを失った様にパラリと地面に垂れ落ちて、それと共に絡まっていた黒い鳥も、身動きできぬまま一緒に地面へと落下して転がった。


 その時左側の木の上から、赤い蜘蛛が幹を歩く様にして姿を現した。

 自分の巣が壊されたことが見えたのだろう。それは足音も立てぬまま、ルース達の近くへと一気に降りてきた。


 ルースとフェルは腰に下げた剣をスラリと引き抜くと、両手で構えて重心を落とし戦闘態勢を整える。


「毒持ちだったな」

「はい。くれぐれも気を付けてください」


 ここに来るまでに何度も毒には気を付けようと話してきた為、軽く会話を飛ばしただけで、2人は赤い蜘蛛へと視線を固定する。


 蜘蛛の姿をした魔物は、脚が8本だ。目も8つ、その頭と胸が一体になった頭胸部と腹部で、体は構成されていた。

 狙うは一か所。頭と体の接合部分だ。

 それはわかっているがこれの動きは予測できないだろうと、まだ身動き一つしていないルースは眉間にシワを寄せた。


 先に動いたのはレッドスパイダーだった。

 ルースとフェルを獲物と判断したのか、腹をこちらへ向けて大量の糸を木の上から吐き出した。

 2人は危険を感じて一気に飛び退る(とびしさる)と、2人が立っていた地面がキラキラと糸を纏わりつかせていた。

 蜘蛛の魔物は動かず木につかまったまま、その位置から再び糸を吐き出し、ルース達が避けるという事を繰り返していった。


「フェル…このままでは足場がなくなります」


 ルースの言葉にフェルが視線を下へ向ければ、地面に吐き出された糸は広域に広がり、魔物がいる木までを埋め尽くすように撒かれていた。

 これに足を踏み入れてしまえば粘着質の糸がからみ、足を動かすことは出来なくなるだろう。


「これも蜘蛛の作戦なのか?」

「そこまでは分かりませんが、そうとしか思えないですね…」

「知恵がまわる魔物だな。で、どうする?」


 このままでは剣の届く位置に魔物がいない為、接近戦ができなければ剣も使えない事になる。蜘蛛は未だ木の上で、ルース達を(もてあそ)ぶかのように様子を見ているままである。


「仕方がありません、足元をいったん燃やしましょう。フェルは下がってください」

 ルースの言葉で身動きしたフェルの気配を確認してから、ルースは地面に向かって魔法を放った。


「“(フェゴ)“」


 森に移らぬよう、小さめの炎を出しそれらの中心に落とせば、可燃性の糸であるかのように炎は糸を伝い、チリチリと一帯に燃え広がって間もなく鎮火した。

 そしてチラリと奥を見れば、先ほどの黒い鳥はまだ同じ場所にいる。巣にからめとられていた黒い鳥は、離れて転がっていた為に燃え移らなかった様だと、ルースは息を吐いた。


 その時木の上からそれを見ていた魔物が、怒ったように急に動き出し地面へ降り立つと、ルース達へと一気に迫ってきた。

 木の上にいた時はわからなかったが、その魔物は幅30cm程の体から長い脚を生やし、畳まれた脚を入れても横幅は1m程にもなる物だった。

「デカいな…」

 フェルもその大きさを実感したのか、そんな言葉を漏らす。


 地に降りたレッドスパイダーは、カサカサと縦横無尽に動き回りルース達の隙を突こうとしてか、一定の距離を取りつつ前足を大きく振り上げ威嚇するような仕草をみせる。

 これに捕まればまず間違いなく毒をもらう事になるだろうと、ルースは冷静に思考を続けた。


「私が動きを止めます。“風の刃(ウインドブレード)“」

 そう言った次の瞬間、駆け抜けていった一筋の風の刃は、蜘蛛の脚をまとめて4本切り飛ばしていった。


『ギィィー!!』


 片側の脚がなくなった蜘蛛は、体をガクリと傾かせて動きを止めた。だが、8つの目が殺気を込めてこちらを睨んでいる事は分かる。

 動きを止めたと見て取ったフェルが、駆け出して蜘蛛の前方へ近付こうとした時、“ペッ“と吐き出すようにフェルの足元へ紫色の液体を噴出させた。


「わっ!」

 勢いよく吐き出された液体は、地面から跳ね返ってフェルのズボンについてしまい、フェルは声を上げて後退(あとずさ)った。


「フェル!」

「ちょっと掛かった…」


 下がったフェルの足元を見れば、毒液が付いたズボンは染みつき足に張り付いていた。広範囲についた訳ではないが、少しでも毒が体内に吸収されてしまえば、その毒は体を(むしば)んでいく事になる。


「フェルは下がって毒消しとズボンの処理を!これは私がやります!」

「すまん」

 怒ったように言葉を吐き捨てたルースへ、フェルは後退しつつそう返す。


 ルースはギロリと魔物を睨むと、自分に風を纏わせて反動を付け跳び上がり、一足飛びに魔物の上空へと到達すれば、そのまま自重で落下しつつ剣を大きく振り下ろした。


 ――― ザクリッ! ―――


 上から降ってくるとは思わなかったのか、レッドスパイダーは身動きする事もなくルースの剣を受け、頭と腹を2つに分断させる。そこから更にとどめとばかりに、ルースは8つの目が集まる頭へと剣を突き立てた。


『ギィアァー!!』


 叫び声を上げた魔物は、赤く輝いていた8つの目も光を失いやがて静止した。

 それを見届けて、ルースは急いでフェルの下へ駆けつける。


「大丈夫ですかっフェル!」

「おう…そんなに心配しなくても大丈夫だって。ズボンの毒も水で流したし、毒消しも飲んだよ。それにしても、ルースが怖かったな…」


 と呑気に苦笑したフェルがルースを見れば、「当たり前です!」とルースが叫び、それに目を見開いてポカンと瞬きを繰り返した。


「気を付けてとあれ程言っていたのに、フェルが毒なんか浴びるのが悪いんですよ!」


 どうやらルースが怒っていたのは魔物にではなく、自分に対してだったらしいと気付いたフェルが、それから暫くルースに謝り続ける事になったのは、自業自得と言えるのだろう。


修正:内容的には変更はありませんが、図書館で読んだ魔法書のくだりを一部修正しました。

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