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【64】どうする?

 このスティーブリーの町にも暫く滞在する事にしているルースとフェルは、図書館に行った日以降、冒険者ギルドへ毎日の様に顔を出し、D級のクエストを熟していた。


 さすがにD級からC級になる為のクエストポイントを貯める事は容易ではなく、駆け出しのF級からE級に上がった時の様に簡単な事ではない様だ。

 E級からD級へも、運よく銀の狩人と狩ったビッグボアのポイントもあって、割とすぐに昇級する事ができたのだが、それ以降は勿論自力であり、D級からはポイントを大量に貯める必要もあるらしく、D級に昇級して一年近く経った今も、2人は未だC級へは昇級できていない。


 とは言え、2人はまだ16歳だ。

 体こそ大きくなってきたが、まだまだ子供だと言われてしまう年齢のため、焦ることも無く黙々とクエストを熟していく日々を送っていた。


 そして滞在しているスティーブリーの町中では、あれからも良く騎士団員を目にする機会もあり、騎士団員へはその都度挨拶をしていた事もあって、そんな元気の良い子供たちに、今では騎士団員からも声を掛けてくれるようになっていた。


「フェルは騎士団に入りたかったのですよね?」

 ある時ルースは、フェルにそう尋ねた。


 フェルと出会った頃、騎士団に入りたいのだと言っていたフェルの言葉を覚えていた為、スティーブリーで初めて騎士団員を見た時、フェルとはここでお別れになるのではと、ルースは少し寂しく思った。

 今まで通った町には、騎士団というものがなかったのだ。こうして騎士団員を見てしまえば、フェルは最初の目的に向かっていくのではと、そう考えてしまっていたルースだった。


「ああ。初めは“騎士“という職業(ジョブ)は騎士団員になるしかないと思い込んでいたから、そう考えていたのは確かだな。そのままそう思い込んでいたら、ここまで来ないと騎士団には入れなかったんだなぁ」

 そう言ってフェルは、爽やかな笑顔をルースへ向けた。


 ルースとフェルが初めて会った場所から、ここは随分と遠く離れている。

 そのまま騎士団に入るつもりでいたならば、ここまで来るためには苦難の連続…もしかすると辿り着けなかったかも知れない。「無知って怖いよなぁ…」と、騎士団に入りたいとは言いださず、フェルが何の気負いもなくそう告げる姿を見て、ルースがホッと胸を撫でおろした事は秘密である。


 フェルはいつか騎士団のある町へ到着すれば、ルースとは別れ騎士団に入ると言い出すのではと思っていた。その時はその時だなと初めは割り切っていたルースだったが、その後フェルと一年を共にして、今では欠かす事のできないパートナーとして彼を見ていた事に、今になってやっと気付いたルースは、少しの気恥ずかしさと嬉しさを持て余していたのだった。



 スティーブリーという町は、この様にルースとフェルに今までと違った事を考えさせてくれる町で、人の多さもさることながら、本当に色々な人が集う町であった。



 こうしてスティーブリーに着いて3週間が経ち、今日も町の外へクエストを熟す為に出た2人は、木々の繁る森の中を歩いていた。


 今日2人は、 “レッドスパイダー“という魔物の討伐クエストを受けた。

 ここは、スティーブリーから2時間程離れた場所の森で、赤い色をした大型の蜘蛛がいたとの目撃情報があり、冒険者ギルドのクエストとして出ていたものだ。


 このレッドスパイダーは、見た目は大きな赤い蜘蛛で森の中などに大型の巣を張り、そこにかかった動物や昆虫、果ては人間まで何でも捕食する魔物という事だ。毒液を持ち巣にかかった物にそれを用い、抵抗できなくなった所を食すのだという。

 そして食べる直前まで獲物を生かしておくらしく、魔物が吐き出す粘度の高い糸で身動きを封じて置き、腹が減ってはそれを食べる魔物だとも聞いていた。


 このレッドスパイダーは初めて受けるクエストで、ルースとフェルにはまだ遭遇した事もない魔物だ。

 ただ事前に蜘蛛の魔物であると聞いていた為、何となくは想像したうえで対処できそうだと考え、このクエストを受ける事にしたのだった。


 しかし毒を使う魔物である点は、注意が必要だろう。

 ルースとフェルは、今まで毒性を持ったものと戦った事がなく初めての経験となる為、今日は毒消しが必須アイテムであるなと、そこは事前に持ち物の確認をして2人は今森の中に立っている。


「今日のレッドスパイダーは素材価値もあるらしいので、出来れば本体も持って帰る予定にしています」

 ルースは目的の魔物を探しながら、フェルにそう伝える。

「旨いのか?」

 そう話せば、フェルの価値基準である問いが返ってきた。

「美味しいかは知りませんが、外皮も錬金術で使う物らしく、毒の袋は薬に使用するという事です。肉の事は聞きませんでしたが、もしかすると美味しいかもしれませんね」


 サラリと返すルースに、フェルは顔をしかめた。

「って事は、体を傷つけ過ぎるとまずいのか?」


 確かに攻撃を加えれば、足が取れてしまったり体液が出てしまったりするだろう。しかしそんな事を考えてこちらが動けなくなってしまっては、何の意味もない。


「まぁそこは、考えないでおきましょう。蜘蛛の魔物とは初めて戦いますし、一度経験してから今後どうするかを考えれば良いと思います。なので今日は怪我をしなよう、自分達を優先にして戦いましょう」

「そうだな」


 大筋の計画を話しながら、2人は目撃されたという森の中を歩いている。

 しかし目印がある訳でなく、レッドスパイダーは気配が薄いのか2人の感覚になかなか引っ掛からない。

 もうかれこれ一時間は森の中を歩いており、このままでは町へと戻るのが夜になってしまうかもしれないなと、2人は顔を見合わせた。


「気配が薄いのでしょうか…」

 他の動物などの気配は感じるが、目的の物の気配がない。

「まぁ蜘蛛って、巣にかかる獲物を捕まえる奴だからな。気配をビンビンさせてたら、何も巣に寄ってこないもんな」


 フェルが尤もな事を言って考え込んでいる。

 確かに捕食する物が“ここにいるよ“と気配を出していたならば、何も寄ってこないだろうとルースも苦笑した。

 そして蜘蛛は常に動くものではない為、集音で感知ができるとも考えられない。


 ルース達が最近受けているクエストは、少しずつだが色々な種類の魔物を受けるようにしている。こうして魔物の知識を増やす事と戦い方を学ぶために、あえて行っていることであった。


 そして、ここでつまずく2人。

 今までの魔物は気配があったり殺気を出していたり、何よりそれらは動き回るものであった為2人にも感知する事が出来ていたが、スライムの様に気配が薄くとも地面をウロウロしている魔物でもない限り、2人が何とかして蜘蛛の巣を探し当てねばならないのだ。


 取り敢えず2人は一旦足を止め、少しでも何かの気配がないかと周辺を探る。

 やはり何も感知は出来ないが、本当に周辺にいないのかも実際に歩いて見て回らないと、確認はとれない。

 ルースは念のために集音も放ってみる。

 少しでも動いていれば、何かしらが聞こえると思ったが、しかしそれも期待した結果には至らないものであった。


「皆さんは、どうやって探し出すのでしょうか…」


 集音もダメでしたとフェルに伝えたルースが、そう独り言ちる。それにはフェルも答える事が出来ず、2人は黙り込んでしまった。思っていたよりもこのクエストは難度が高いなと、なかば肩を落とし2人は再び森の中を歩き始めた。


 そもそも蜘蛛というものは木々の間に巣を巡らし、そこにかかった物を捕まえながら生息するものだ。その為、自分はただそれに獲物がかかるのを待っているだけで、なんならそれまで眠っていたりするのだろう。

 ルースは何か方法はないかと、思考の中へと沈んでいった。


 自分が今使えるものは剣。だが剣は見つけてからしか使えない。では魔法…風魔法の集音では見つけられなかった。土魔法…石礫(いしつぶて)でも飛ばしてみれば?しかしそれをしたところで、無差別に放っても周辺全体に行き渡らせる事もできず、結果は得られないだろう。では火魔法…元々森の中では燃え広がる恐れがある為、火は極力避けたいものだった。そして水魔法…水を一面に降らせれば驚いた蜘蛛が動く?否、ここにも雨は降るのだから、水を降らせたくらいでは何の反応も示さないだろう。


 ルースは自分のできる事を考え、黙々と足を動かす。

 フェルも歩きながら周辺に目を凝らし、気配はないかと気を張って歩いて行った。



 それから暫くしてルースが立ち止まる。

「ん?どうした?いたのか?」

 突然立ち止まったルースへ、キョロキョロと周りを見ながらフェルが聞く。

「いえ、ちょっと試してみたい事を思い付きました」


 3歩ほど先へ進んで立ち止まったフェルへ、ルースは自信のなさそうな顔を向けた。

「おう、やってみてくれ。この際だ、何でも試してみるのは悪くないし、それで成功すれば今後も役に立つしな」

 まだ何の説明もしていないのだが、フェルはニカッと笑ってルースを見た。


 自分を信頼してくれているのか、この際だからと投げやりなのかは分からないが、そう言ってくれたフェルに頷いて、ルースは微笑みを浮かべた。


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