【63】感想と希望
ルースとフェルは4時間ほどを図書館で過ごし、先ほど退館してきたところだ。
銀貨1枚ずつを支払ってすぐに出てきては勿体ないと思うかもしれないが、これでも2人はスキルの本を読み終わった後、ルースは魔法詠唱の本を読みはじめ、その間フェルは魔物図鑑を眺めていたりと有意義な時間を過ごしたのだ。
しかし、フェルが飽きてきていたらしいと気付いたルースが、「帰りましょうか」とフェルに声を掛け出てきたのである。
ただ、フェルはフェルで飽きてきたことを言葉にはせず、ルースが真剣に本を読んでいる事を理解して、図鑑や絵本を広げたりと時間を潰してくれ、互いの妥協点が4時間という事に過ぎなかった訳である。
「図書館に来れて良かったです。これからも何かあれば、図書館という場所で調べる事が出来ます」
「あぁそうだな。ちょっと高いとは思うけど、まぁそれなりに楽しかった」
フェルが率直な感想を伝える。
ルースもフェルも始めて見る優美な建物と無駄のない高級な部屋、そして大量の本という圧巻の景色に、楽しかったかと聞かれれば迷わず“とても“と答えるだろう。
「世の中には、あんなに凄いもんがあるのかと、正直ビビったわ」
「そうですね。私達は言ってしまえば田舎者ですから、これからもっと色々な所へいけば、更にその数だけ驚くものがあるのでしょうね」
雲の流れる空を見上げながら、ルースはフェルにそう話す。
「ああ。そうかもな」
フェルもルースがみている空を見上げ、2人は久々の休日をのんびりと過ごしていた。
そして2人は昼食を食べた公園に差し掛かるも、先程まで魔法の練習をしていた者達も引き上げたらしく、今は人のいなくなった公園が目に入った。
「もう誰もいなくなったようですね」
「ん?ああ。流石にあれから時間も経ってるし、みんな帰ったみたいだな」
まだ上空には青い空が広がっており夕方と呼ぶには早い時間であるが、人の気配がなくなった北側のエリアは、静寂が広がる少し寂しい場所へと変わっていた。
2人はそれらの景色も味わいながら賑わう町中へ戻ると、食堂で早めに夕食を摂り冒険者ギルドの宿へと戻っていった。
-----
ルースとフェルは部屋の床に腰を下ろし、飲み物を用意してから話し出す。
2人はクエストの日も、その日一日の事などを話し合う習慣がついている事もあって、何を言わずとも2人はこれから今日調べたスキルの事を話し合うつもりであった。
実際、図書館の中では会話をすることも憚られ、余り話も出来なかったのだ。その為“部屋に戻ってからだな“と、暗黙のうちに2人はそう思っていた。
「割と疲れたな」
フェルの第一声はそれで、ルースも素直に頷く。
「そうですね、クエストとは違う意味で疲れてしまいました。どうでしたか?図書館は」
ルースは、初めて訪れた施設の感想をフェルに尋ねる。
「ん~なんていうか…さっきも言ったけど、とにかく驚きの連続だった」
ふにゃりと笑ったフェルが、ベッドに背をあずけて伸びをする。
「私も同じですね。図書館という名称は以前から知っていましたが、実際にみるものは想像の域を超えていました。本があんなにあるなんて、どれだけお金がかかっているのかと、言葉も出ませんでした」
ルースの話にフェルもうんうんと頷いて、話はスキルの事へと移っていく。
「それで、ルースのスキルが凄い事は分かったけど、あんまり良く分かんなかったな…俺のは純粋な者って理解した位だし」
「そうでしたか。私はスキルというもの自体が凄い物だと知りましたが、私の“倍速“は、今まで考えていた通りのものでした。“波及“も…想定内だったと申し上げておきます」
「え?ルースは新しいスキルも、効果が分かってたのか?」
「ええ、何となくですが。私の“倍速“とセットとして作用しているのではないかとは、思っていました」
ルースはフェルを見つめ、困ったように眉を下げた。
「大まかに言えば、私の“倍速“をフェルへも作用させているもの…という事です」
その言葉を聞いたフェルは、もたれかかっていたベッドから勢いよく背を起こし、ルースへ身を乗り出した。
「ええ?!って事はもしかして…」
フェルは教会の後に話した事だと気付いたのか、ルースを真っ直ぐに見据えた。
それに困ったように頷いて、ルースは話を続ける。
「この“波及“というスキルは、私がフェルと出会った後に現れたのだと思います。それから1年間ずっと一緒にいたフェルが、私の“倍速“というスキルの余波…とでも言いましょうか、その“倍速“の影響をフェルが受けてきた為、そしてフェルが頑張って日々を過ごしてきたからこそ、先日のステータス確認でそれが著しく数値の上昇として現れていたのだと考えました」
ルースの話を吟味するように、フェルは黙って考え込んでしまった。
ただその表情は苦い物ではなく、話の内容をしっかりと理解するために考えているものだ。
「あー…わかった。俺の数値が爆上がりしたのは、ルースの“倍速“が影響してたからなんだな?」
「いいえ、それも影響していたというだけの話です」
と、ルースから細かい訂正が入る。
「フェルが、毎日剣の練習とクエストを真面目に熟してきた事に対し、このスキルが相乗効果を乗せたに過ぎません。だからフェルの頑張りがなければ、結果は違った物になっていたでしょう。先日もお伝えしましたが、フェルの努力があってこそ、フェルのステータスが結果を出してくれたと、私は考えています」
ルースはフェルのステータス上昇は、まぎれもなくフェルの努力の結果だと思っている。それがたまたまルースが近くにいた為に、ルースのスキルが若干影響してしまったに過ぎないのだから、そのスキルのせいだとは考えないで欲しいと訴えた。
「ああ…そう思う事にするよ。確かに俺自身が何もしなければ成長もクソもないんだし、俺の努力の上にルースの倍速がおまけを乗っけてくれたって事だろ?」
ルースの懸命な説明の意味する事を解ってか、フェルはそう言葉を紡いだ。
それにホッとしたルースが、面相を崩して大きく頷いた。
「はい。なので、これからも気を抜かずに頑張りましょう。そうすれば、フェルの希望にも早く近付くかもしれませんしね」
「きぼう?」
ルースから出た単語に、フェルが首をかしげる。
俺の希望ってなんだっけとブツブツ言いながら、フェルはそれを考えている様だった。
「フェルは“聖騎士“になりたいのですよね?」
ずい分前に聞いた話だが、ルースは「忘れてはいないですよ」とフェルに言う。
「ああ、それの事か…」
少し冴えない顔になったフェルが、力なく笑顔を見せた。
フェルは普段、自分の魔力が出現していない事には触れないでいる。言っても仕方がない事であるし言ったところで魔力が出てくるわけでもない。
それに、それを考えてしまえば気分が重くなってしまうのだから、普段は極力考えない様にしてきたのだ。
それを今持ち出してきたルースに、フェルはコテリと首をかしげる。
「フェル。スキルの説明は、読みましたよね?」
その問いに、フェルは何度も読み返したので首を縦に振る。
「俺が“純粋“ってやつだろう?」
と笑って言えば「そこではありませんよ」と、ルースから突っ込みが入った。
「ん?どういう事だ?勿体ぶらないでくれよ、ルース」
ブスッとした表情でフェルが言う。
「すみません、勿体ぶった訳ではないのですよ。そもそもフェルのスキル“加護“とは、聖職者に多く出るスキルだとありました」
ルースはフェルの表情を確認しつつ、慎重に言葉を続ける。
「ああ、最初に書いてあった」
フェルは何度も読んだので、覚えているぞと返す。
「フェルの職業は何ですか?」
ルースの言わんとすることが見えないまま、フェルはその話に乗る。
「俺は騎士…だけど?」
「はい。今は騎士ですね。そしてレベルが上がって魔力が出現すれば、“聖騎士“になる事ができます」
ルースの話に頷くフェル。魔力が問題なんだよなぁと思いつつ…。
「フェルの“加護“は聖職者に多いスキルです。という事はフェルもそちら側になれるのだと、私は解釈しました」
ルースの回りくどい言い方に今一つピンときておらず、フェルはなんでだ?という顔をした。
「私は“加護“の項目を読んだとき、フェルは聖騎士になれる者だと直感しました。加護は“聖“のつく職業に出る。フェルに当てはめると聖騎士が一番近い職業です。これから聖騎士を目指すフェルに“諦めるな“という意味で、先にスキルが出現したのではないかと私は感じました」
ルースの説明にフェルは大きく目を見開いた。
「え…」
小さな声で落とされた一言は、静まり返った部屋に溶けていく。
「俺…聖騎士になれるのか?なっても良いよって、スキルが言ってくれているって事か?」
少しパニクっているフェルの口から、そんな呟きがもれた。
それに黙って頷いたルースは、「よかったですね」と声を掛けた。
「それに加護のスキルは、結局効果と呼べるものが固定ではないとの事でした。人により加護の恩恵が違うと書かれていましたので、フェルの加護がどんなものか…聖騎士へと進むために、それも関わってくるのかも知れません」
ルースはそう言って口を閉じた。
フェルはそんなルースをじっと見つめ、言われた言葉を記憶に留めるかのように確認する。
「“加護“が聖騎士への鍵になる…のか?」
「まだ何も分かりませんが、フェルに聖騎士になれる可能性があるのだと知れた事は、図書館での一番の収穫だったと、私は思っていますよ」
ルースはそう言って、満面の笑みをフェルへと向けた。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
昨日はサイトリニューアルでしたね。筆者は、作業画面の仕様が変わっていて、未だ戸惑っております。笑
今回のリニューアルから予約投稿が10分単位になった事で、いつもは手動で更新してはおりますが、自力が無理な場合は「20時20分」の投稿になります。
余談はさておき、明日も引き続きお付き合いの程よろしくお願いいたします。