【62】図書館のひと時
ルースとフェルはその本を持って、窓際の席に座った。
その席にある木でできたテーブルとイスは、シンプルな造りに見えて町の食堂で見るようなささくれた所はなく、きれいに磨かれて光沢があり上品なものであると一目でわかるものだ。それは窓から入る木漏れ日を受け、少しまぶしい位であった。
顔を上げて室内を見渡せば、入口には先程の男性がカウンターの奥に座り手元を見ているだけで、他にこの部屋は人がいないのだと、今更ながらに思ったルースだった。
隣に座ったフェルは、本の表紙を見つめている。
「読みましょう」
と小声で促して本を開き、“はじめに“と書いてあるページを見つめる。
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『はじめに
この本は、皆が持つ“ステータス“に表示されるスキルという項目の基本とも呼べるものを記載しているが、ここに書かれたスキルは全体からすればほんの一部に過ぎない事を、先に明示しておく。
この本に書かれているスキルは一般的と呼べるものであり、希少なスキルや特殊なスキルはまだ研究の最中にあり、それは我々探求者へ贈られた神々からの宿題であると考えている。
そもそもスキルとは全ての者が持てる訳ではなく、出現すれば幸運であると考えておくと良いギフトだ。そして、いつ出現するかも定かではない為、晩年になってスキルを持ったという事例もある。
ここに記載する内容としては、その一般的なスキルの名称と効果など、研究に基づいた内容を記載している。
後世の、迷える者達の参考になれば幸いである。』
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このページは筆者がこの本を書くにあたっての、読者へ宛てたメッセージが書かれていた。スキルとは奥深いものなのだなと、ルースはこれを読んだ感想を抱く。そして本の視覚的感想を言えば、思ったよりも大きな文字が並び子供でも読みやすく書いてあるのだろうと、ルースはフェルの頷きを待ってページをめくった。
次のページは“目次“と書かれ、スキルの名称が一覧で記載されていた。その名称から読みたいページを探せるようになっている様で、ページ番号が関連付けられていた。
そのページを上から指でなぞり見ていけば、“倍速“という文字が載っていた。フェルからの視線を感じてルースがそちらを見返せば、「それも見てみれば?」と小声でフェルが話しかけた。
静かな室内に気遣い頷きで返して、ルースは“倍速“のページを探すためパラパラと本をめくり、下部のノンブルを確認していく。
そして見つけた当該ページで本を大きく開く。2人の前に置いた本に身を乗り出すように、フェルとルースは無言で本の文字を目で追った。
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『“倍速“
スキルの中で比較的出現率の少ないものではあるが、一般的と分類される“常時発動型“のスキルである。
このスキルは内面の成長速度に影響を及ぼすものであり、実際の足の速さや動く速さなどとは一切関係しない。
このスキルが現れた者は、自分のステータスにおける成長速度を速める為、他の人と比べ倍のスピードでステータスの数値上昇が見込まれる。それは職業のレベルにも影響を与え、一般に比べると職業のレベルも上がりやすくなっているといえるだろう。
もしこのスキルが発現すれば、体力・知力・魔力・筋力など自分の目指すところを意識し経験を積むことで、格段にステータス値は上昇し人よりも早く成長していると実感するはずである。
ただしこのスキルを持っていても進歩する事を怠れば、ステータス値の上昇も目立つものとはならない事は実証済みだ。その点は本人次第といえるスキルである。』
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読み終わったルースは、視線を本から上げた。
特に知らない事が書いてあった訳ではなく、筆者には申し訳ないが“やはり“と思う程度の内容だった。ただ、しっかりと自分で読んで確認できた事は良い事であり、その点は確認してよかったなと思ったルースであった。
そして隣のフェルはまだ読んでいる様なので、そのままフェルが読み終わるまでルースも静かに待っていれば、少ししてフェルが顔を上げてルースを見た。
「すげーな」
と、フェルが小声で言う。
その言葉に困ったような微笑みを返したルースは、静かに本へと視線を戻すと再度目次のページを開き、文字を指でなぞっていった。
そしてふと目についた文字で指が止まる。そこには“偵察“と書かれている項目があった。
そこを指さしてフェルを見れば、フェルも意図を察して頷き返してくれたため、その番号のノンブルを確認しながらパラパラと本をめくっていく。
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『“偵察“
このスキルは一般的なもので、多数の者に出現する“一時発動型“のスキルである。
主に動作をするうえで有効であり、静かに行動する・気配を完全に断つなど、文字通り偵察を行う際に役立つ。
それに付随して発動中は身軽な行動をとる事ができ、スキルを発動させる前とは雲泥の差で、視力・聴力・脚力・腕力などが一時的に上昇し、体が軽くなったかのような錯覚さえ起こす。
しかしこのスキルは、一時的発動型スキルのため体に負荷をかけて作用する事でそれを実現しているに過ぎず、長時間の使用や無理をし過ぎた場合などは体に害を及ぼす恐れもある為、寝たきりになりたくなくば使用の際は短時間に留め、無理をしないよう気を付ける事をお勧めする。』
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読み終わったルースは、静かに息を吐きだした。
このスキルは銀の狩人のスカニエルが持っていたスキルで、見せてもらった時にはとても便利だなと軽く考えていた。しかしこの説明を読む限り使用方法によっては危険が伴い、体がボロボロになるかもしれないのだと注意書きすらあった。
スカニエルは短時間の使用であったから大丈夫だとは思うが、このスキルを使った後は体に影響があったのかと少し心配になった。しかし、銀の狩人は仲間想いのパーティであるしスカニエルに無理はさせないだろうと、自分が心配するまでもないなとルースは口角を上げた。
「ん?どうかしたのか?」
フェルも読み終わっていたらしく、ルースの変化に気付いて声を掛ける。
「いいえ、銀の狩人の事を思い出していました」
そう小声で返事をすれば、フェルの表情も溶けたものとなって頷いた。
「次はフェルのスキルを見ましょう」
わき道にそれてしまったが、今度はフェルのスキルページを探す。パラパラとめくっていけば“加護“という文字が目に留まった。
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『“加護“
一般的なスキルの中では珍しい特徴がみられるもので、聖職系の職業を賜った者に現れる事が多い“常時発動型“のスキルである。
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ルースはここまで読み進めて、ピタリと動きを止める。
“聖職系“の職業?
フェルは騎士の職業でありまだ魔力も出現させることが出来ていない為、聖騎士になれる道は閉ざされているはずだ。しかしこのスキルの解説では、フェルが聖騎士になれるのだと書いてあるように見えて、ルースは本から視線をフェルへ向けた。
そのフェルは、一生懸命に本の文字を目で追っていて、どこまでを読んでいるのか分からないが、その事に気付いた様子もない。
ルースはフェルから視線を戻すと、それは一旦置いておいて本の続きを読み始めた。
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このスキルの名称である加護とは神々からの恩恵を言葉にしたもので、具体的に“何か“を意味するものではないが、魔の者が使う魔法に影響を及ぼしたり、外傷の治りが早くなったりする者もいる。
言い換えれば、このスキルに対してコレだと当てはめる効果はなく、人それぞれで先述の効果もあれば、聖気を操ったり聖なる物と疎通がとれたりする者もいて、まだまだ検証を必要とするスキルであるといえる。
ただひとつ言い切れる事は、この加護というスキルは心が純粋な者に出現する傾向があり、神々は私たちの心の中まで見えているのかも知れないと思わせるスキル、という事である。』
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ルースは読み終わり顔をあげ、何とあいまいなスキルなのだろうと遠くを見つめた。
悪いスキルではない事はスキルの名前から想像していたが、これを読んだ限り、加護というスキルが何をもたらすのか分からないという事だった。
そういう意味では可能性を秘めたスキルだと言えるのだろうが、スキルの意味を調べに来たのに、余計あいまいになってしまったなと、ルースは小さく息を吐いた。
そう考えてフェルを見れば、まだ本に目を留めている姿に、どうしたのだろうかと声を掛けようとすれば、フェルから小さな声が聞こえた。
「俺って心が純粋だったんだな…」
“そこかよ“という突っ込みはルースも喉まで出かかったが、ルースの気が一気に抜けてしまった事は責めないで欲しいところだ。
そして顔の締まりがなくなったフェルが嬉しそうにルースを見れば、フェルの目はキラキラと光り輝いていた。
(確かに貴方は純粋ですね)
そう思ってフェルに微笑むルースだった。
「よかったですね」
「おう」
小声のやり取りは短いものであったが、一応フェルのスキルもこうして調べる事もできた。
気を取り直して本を目次へと戻し、最後のスキルを調べる為にパラパラとページをめくっていく。
これだなと本を大きく開けば、隣のフェルも身を乗り出して覗きこんだ。
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『“波及“
一般的だが珍しいタイプのスキルであり、保持する者はこのスキルひとつだけを持っている訳でないことを始めに明示する。
このスキルは、もともと一つ以上のスキルを持つ者に対してのみ後発的に出現する。逆に言えば、波及スキルのみでは出現する事はなく効果もないという“常時発動型“のスキルである。
スキルとは通常、それが発動し現象となって作用するが、この波及というスキルに至ってはそれには当てはまらず、先に出現していたスキルに対して影響を及ぼす“浸透型“スキルであり、それを流布させる効果を持っている。
例を挙げれば、毒性無効のスキルを持つ者の周りにいる者にも毒性を効きにくくさせたり、身体強化のスキルを発動させれば、その周辺の者もいくばくかの身体強化の効果が得られるようになるというもので、一つのスキルの効果を外部へ影響させるスキルであるといえる。
その為先に述べたように、もともとスキルを持っている者にのみ後発で出現するスキルであり、先に持っていたスキルを周りの者へも影響させるスキルと認識してよいだろう。』