【61】町の北側
「ちょっと!真面目にやりなさいよっ!」
静かな公園で、のんびり食事をしていたルースとフェルの耳に届く声。
小声で雑談をしつつも大人しくパンをかじっていたルースとフェルは、その声にパンを持つ手を下げ“何事か?“と顔を見合わせた時、再度何やら叱責するような声がした。
「いつもいつも!真面目にやらないんだったら帰ってよっ!」
「おいっ言い過ぎだって…」
「何よっ!ちょっとかわいいからって庇ってもらえるなんてずるいわっ!私達は真面目に魔法を勉強しているのに、ふざけられてはこっちの士気が下がるのよ!」
「………ごめんなさい」
声の元を辿れば、どうやらルース達から少し距離がある場所で、魔法の練習をしていた者達からの様だ。
誰かが怠けてでもいたのか、怒った女の子が金切り声を上げているらしいなと、ルース達は顔を見合わせて再びパンを口へ運ぶ。
しばらく様子を見ていれば大声は納まったものの、大声を出していた女の子と注意を受けていた女の子は互いが視界に入らぬよう距離を取り、再び練習をはじめていた。
それを見守っている大人がいるようだが、その人は特に口を出さなかったのだなとルースは気付いた。
しかし、言われていた女の子を暫く見ていたが、ふざけている様子はない。ただ、周りにいる者達が的を利用して、初級魔法の水球の大きさや方向を制御したりスピードを上げたりと、精度を上げる練習をしている中、彼女も魔法を放ちはしているが、効果が小さい魔法…3cm位の水の球を出すのが精々のようで、確かに真面目にやっているのかと聞きたくなるような、拙い魔法ばかりを放っていた。
「出来ない事を怒っても、仕方ないだろうに…」
小さな声でフェルが呟き、その声を拾ったルースがフェルに視線を向ければ、フェルも魔法の練習をしている者達をじっと見つめていた。
フェルは以前、聖騎士になりたいのだと夢を語ってくれた事があったが、未だにフェルの魔力は出現していない。ルースが視れば、今もフェルの中に魔力を感じる事ができるのだが、それが一向に外に出てくる気配がないままだった。
そういう意味でも、フェルは魔法の練習をしている者達が気になったのだろう。
ルースとフェルは昼食を食べながら、言葉少なにずっとそちらの情景を眺めていたのだった。
それからは2人が食べ終わるまで騒ぎはなく、ルースとフェルは公園を出て図書館へと向かった。
公園でのことはルース達にはどうする事もできない為、2人は気にしない様に流し、今日の目的である調べものへと意識を向けた。
「でかくないか?」
「これが図書館…?なのでしょうね」
地図を辿って着いた先は北側の一番奥と言って良い場所で、木立ちに囲まれるようにして大きな建物が1つ建っていたのだった。
スティーブリーの冒険者ギルドも大きな建物だと感じたが、図書館はそれの二倍はあろうかという規模だ。
それに二階建ての建物は、何も知らなければ貴族の屋敷かと見まごう程に立派な物で、石造りの土台の上に立つ木造の建築物は、周りの木々に演出されているかの如く、風景の一部として切り取ってみたくなるような優美な建物だった。
2人はポカンとそれを眺めていたが、いつまでもここにいる訳にもいかず、なぜだか恐縮しながら図書館の扉へ向かった。
扉の横には“スティーブリー図書館“と、大きな文字で書かれた表札が掲げてある。2人はゴクリと唾を飲み込んで観音扉を開けると、中へと足を踏み出していった。
中に入ればそこはホールと呼ぶのか、広くとったスペースの中、目の前には二階へ続く緩やかに螺旋を描く階段がそびえ、それを挟むように見える左右の壁にそれぞれ両開きの扉がついており、落ち着いた深い焦げ茶色で統一された建物に深紅のじゅうたんが敷かれ、厳かな雰囲気をみせていた。
「ここは、靴のままで良かったのか?」
高級そうな絨毯が敷かれている為か、フェルが小声でルースに聞くが、ルースもそこまでは知らず眉を下げる。
「私にもわかりません…」
入口の前でこそこそ話す2人のすぐ横に、司書が座る受付と呼ばれる場所があるのだが、2人はまだそちらに気付いておらず戸惑っていれば、横の司書にも勿論会話が聞こえていたらしく、2人の視界の外から声が掛けられた。
「おはようございます。ここは土足のままで結構ですよ」
急に声を掛けられ少しびっくりした2人は、振り返ってそこに人がいた事を知り固まった。少々恥ずかしい思いをした2人は、赤くなった顔で受付まで進む。
「おはようございます。御覧の通り初めて来館したものです。ここはどのように利用すればよいのですか?」
ルースは全く分からないのだとあかし、司書に尋ねる。
「ご利用ありがとうございます。初めてですと戸惑われる事でしょう。ここは図書館という本を扱っている建物で、領主の管理下にある行政機関となります。入館にはお一人様銀貨1枚がかかり、身分証のご提示もお願いしております。本は高価なものですから、盗難や破損、それらの被害を最小限にする為の処置であるとお考え下さい」
司書の説明にルースは頷く。
確かに、怪しい者や窃盗目的で来る者がいれば迷惑な話であるし、その者達は、金を払ってまで入館しようとは思わないはずだ。それにもし盗難があっても、入館した者の身元が分かっていれば、紛失した日に入った者が盗ったとすぐにばれて捕まえる事もできるのだろうと、ルースは納得して話の続きを待った。
「本は一階と二階にございます。主に一階は皆さまが気軽に読める本を揃え、二階は特別な許可を得た方のみが、利用できます」
「許可…ですか?」
「はい。二階には、古い書物や特に珍しい書物など閲覧制限がかかった物が置いてあり、貴族籍の方や賢者などの職種を持つ方、上位冒険者など一定の条件をクリアした方々のみに、閲覧が許可されております。その為一般の方は、一階のご利用のみとなっております」
話の内容を咀嚼すれば、ルース達は一階のみが利用できる事になる。その中に自分たちが読みたいものがあるのだろうかと、ルースは口を開く。
「あの…私達はスキルの記述されている本を読みにきたのですが、それは一階に置いてありますか?」
ルースの言わんとすることを察した司書は、笑顔を向けて頷いた。
「一階に殆どの本は置いてありますので、ご安心ください。スキルや魔法、魔物関連書物、それに小説、絵本、文学書などもこちらに揃っております」
司書の話にルースは安心して笑顔を見せた。
「では利用したいので、お願いします」
うんうんと、ルースの隣でフェルも頷いている。今回フェルは全くわからないからと、黙って見守っていたのだった。
司書は笑顔で了承すると、手続きを進めてくれた。銀貨1枚は少し高い気もするが、そこは値切れるとは思えないので、文字通り勉強代として割り切る事にする。
そして冒険者カードを提示すれば、入館の許可が下りた。
「先程おっしゃっていた本は、右手の扉の中にございます。わからない事があれば、部屋の入口にも一人司書が待機しておりますので、その者にお尋ねください。それではごゆっくりどうぞ」
そう言って頭を下げた司書と別れ、ルースとフェルは言われた右の扉を潜った。
その部屋を見渡してみれば、村の礼拝室ほどの一室に窓から木々の隙間から零れる光がキラキラと差し込み、窓際にテーブルが並べられていて、そこに座って読むのだろうかと思考する。そして窓から離れて立つ本棚は、ルースが思っていた規模より何倍も多く、その部屋半分が本棚で埋まり、その中にはぎっしりと隙間なく本が納められていた。
ルースの隣で、フェルがポカンと口を開けて目を見開いている。多分自分も似たような顔になっているのだろうと、急いて口を閉じたルースだった。
「おはようございます。何かお探しですか?」
その時ルース達の横から声がした。
確か入口近くに人がいると言っていたなと思い出したルースは、自分では本が見付けられないだろうと悟り、その声の主に尋ねてみる事にした。
「おはようございます。スキルの事が書いている本が読みたいのですが、どこにあるのかお教えいただけますか?」
ルースの問いに、「勿論です」と言ってカウンター越しに立ち上がった司書が、ルースとフェルを先導する形で奥の本棚へと向かった。
「この辺りがスキルに関する本となっておりまして、ここの隣は魔法関連、その向こう側には魔物の図鑑などがあります。お読みになる場合は、窓際の席をお使いください」
2人のいで立ちに冒険者だろうと推測したらしい司書が、そんな2人が読みそうなものまで教えてくれた。
「助かります、ありがとうございます」
ルースとフェルがお礼を言えば、司書は「ごゆっくり」と言って入口まで戻っていった。
それを見送って、2人は本の背表紙を読む。
ここはスキル関連だと言われたので、多分ここのどこかにスキルの一覧が載っている本があるはずだと、ルースは一番上の段から背表紙を読み始めた。
パーッとみて行って中段位まで差し掛かれば、フェルが「これか?」と本を1冊引き出した。
ルースの隣で目の前を眺めていたフェルが、するりと『スキルの種類と効果』という本を手に取ったのだった。
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