表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/348

【58】人は集う

 馬車を降りて歩き出せば、久しぶりの2人旅が始まる。

 サンボラの町まで移動する間、いつも2人で歩いて移動していた為、これでいつもの感じになったなとフェルが笑った。


「ここからスティーブリーまで、後3~4日というところでしょう」

「ああ。半分は楽できたから、思っていたより早めに着きそうだな」

「はい。また移動する際には馬車を使っても良いかも知れませんね」

「次からは移動する前に、調べとくって事だな?」


 フェルの返しに頷いて「私の考えが分かってきましたね?」とルースが口角を上げた。

「おう」

 一言返したフェルが嬉しそうに笑う。

 そんなのどかな会話を経て、2人は道を歩いて行く。


 スティーブリーへの道にも、人がまばらに歩いているのが見える。

 馬車を使う金を節約している者、次の馬車を待つ時間がない者など、その理由は様々だろう。

 そしてその中にいるルース達の姿も、景色の一部として溶け込んでいた。




 こうして3日を掛けてスティーブリーを目指して歩き、今日の夕方には町に着きそうだなと、道行く人が多くなってきた辺りでそう感じていた。


「もう少しの様ですね」

 他の道から来る者達も合流し20m間隔で人が歩いている位、道中はすっかり賑わいを見せていた。

「やっぱり大きな町には、人が集まるんだな」

「そうですね。この辺りの地域ではスティーブリーが一番大きな町だと聞きましたから、色々な人達が集まるのでしょう」


 混み合い始めた道を歩く2人は、何だか居心地が悪い。

 今までは余り人通りがない道ばかりを歩いてきたため、大げさに(たと)えるなら、異国に来た様なソワソワした気分になっていた。


「ちょっと森の中を歩かないか?」

 フェルが道の東側に見えている森を指す。その森は道から200mほど離れ、道に沿うように繋がっていた。

 方向さえ間違わなければ問題はなさそうだなと、ルースは気分転換も兼ね同意した。


 すぐさま2人は道を外れ、東へ向かう。

 下草を踏みしめながら薬草もあると良いなと、ルースはぼんやりと考えていたのだった。


 程なくすれば、然程木々が密集していない木立ちの中を歩き出す。

 もうすぐ昼になる事でもあるし、食事休憩をするのにも良いかもなと、フェルは周辺を見回しつつ楽し気に歩いていた。


「ルース、あの草は?」

「あれは…ヨモギでしょうか」

 フェルが指さす方を見たルースが、首を傾けならが言う。

「それは食えるのか?」

「ヨモギであれば薬草ですね。ですが、食用で使うところもあると聞きます」

「んじゃ、採ってくか?」

「そうですね」


 いつもの感じでサクサクと話を進め、そこに向かう。

 フェルもルースが摘む薬草を少しずつ覚えている為、次に草むしりのクエストがあれば、前よりスムーズだろうとルースが一人微笑んだ。


「ん?どうしたんだ?」

 笑っているルースに気付いたフェルが、ルースへ声を掛けた。

「いえ、以前のフェルは薬草を見分けられなかったでしょう?それが今では随分と覚えたのだなと、嬉しくなっただけです」

「そういう事か。俺だって嫌でも覚えるって…ルースがスパルタだからな」

「酷いですよ?フェル。私は優しく指導しているだけなのに…」

 すねた風を装ってルースが言えば、「バレバレだよ」とフェルが笑った。

 ルースもつられて一通り笑ってから、薬草を摘み終わり又歩き出す。


 そして昼頃になれば、休憩がてら昼食を済ませた。

 マジックバッグの中には、先日の干し肉パンは既になくなっており、今日は普通のパンとカップに入れておいた塩味のスープ、後は黄色い果物のナナバを1本ずつというシンプルなメニューとなっていた。


「料理できる人がいると便利だよな…」

 と、旅の間の食事に不満を漏らすフェル。

 しかしマジックバッグを手に入れるまでは、干し肉ばかりをかじっていたのだ。今の様な食事ができるだけで喜んでいたフェルが、それにも異議を唱えるようになるとは、人間とは何と欲深いのだろうかと、ルースは密かに苦笑した。


「出来ない事を望んでも、意味がありませんよ?でしたらフェルが、料理を勉強したらどうですか?」

 ルースの提案に「うげっ」とフェルが顔を歪めた。

 フェルは自分が器用でない事を解っているし、覚えられるとも思えなかった。そして自分が作ったところを想像したのか、その不味い料理を食べたかの様に口を引き結んだ。

「もう…言わない」

 がっくりと肩を落としたフェルは、自分で言い始めて自己完結したようである。



 こうして休憩も終わり、そのまま北へ向かうようにして暫く歩いて行くと、微かに人の声が聞こえた気がして、フェルが立ち止まった。

「どうかしましたか?」

「ん…気のせいかな?人の声が聞こえたんだ」

 フェルの話に、ルースも辺りの気配を探った。


「………、…」

「………」


 確かに何かが聞こえるなと、ルースがフェルを見て頷く。

「だろ?どうする?」

「まだ遠いようですし、特には何もしません。私達は予定通りに北へ向かいましょう」

「分かった、このまま進むんだな」

「はい、では行きましょうか」


 そのまま北へ向かって歩き続ければ、その声が耳に届く様になった。どうやら、ルース達が向かっている方角に人がいる様だ。

 2人は顔を見合わせる。

「何て言ってるか分かんないけど、どうやら一人みたいだな」

「そうですね…ちょっと確認してみましょう」

 問題がないかを確認する為、ルースは集音をかける。

 最近ではこの魔法を常時発動せずとも、ルースとフェルは気配で危険を察知する事も増えてきていた。


「“集音(ラサンブレ)”」 

 立ち止まり、音の発生源へ向かって探っていく。木々の間を縫ったそれは、ルースに一人の声を届けた。



「大気の涙ここに集わん。きたれ“水球(ウォーターボール)”」

「…だめね。魔力は込めているはずなのに…ふぅ、もう一回」

「大気の涙ここに集わん。きたれ“水球(ウォーターボール)”」



 どうやら一人で魔法の練習をしているらしいと、ルースは理解する。

「多分ですが、一人で魔法の練習をしている方がいるようです」

「ああ?何だ、そうだったのか…変な奴だったらどうしようかと思ったわ…」

 フェルは肩を下げると、力なく笑った。

「お邪魔しても悪いので、そろそろ道に戻りましょうか」

「おう、そうだな」


 そこで方向を西へと変えて暫く進めば、木々の外はオレンジ色に変わりつつある空と、町の防壁が遠くに見えた。


「もう町も近かったんだな」

 あと2㎞程で、門前へと到着するであろう距離だ。

「あそこで道に戻ってきたのは、正解だったのかも知れませんね」

「そうだな。それにしても人がいるな、門のところに…」

「ええ、やはり門前には列ができているようですね」


 2人が目を凝らせば、門の前には人らしきものが列を作って並んでいる。流石に大きな町だけあって、町へ入る為には時間がかかりそうだなと、2人は顔を見合わせ苦笑した。



 そうして遠くに見えた門が迫ってくれば、門の前には100人程の行列ができていたのだった。

 嫌だと言っても、列に並ばねばスティーブリーに入る事は出来ない為、新たに見る大きな町に期待と希望を膨らませ、ルースとフェルは人々が並ぶ検問の最後尾についた。


 辺りを見回せばここは徒歩の者が並ぶ列らしく、馬車は隣に列ができている。そちらは乗車する者と荷物の確認でもあるのか、進みが遅くなっているようだった。

 人と馬車が分かれて並ぶのは効率を考えての事だろうなと、しっかりとした考えと統率のとれた方法を持つ町に、ルースは今まで通った町とは規模が違う事を、ひしひしと感じていた。


 ルース達が並んだ列は時々進みが止まり、何やら別の場所へと連れていかれる者もいるようだった。何を基準に選別をしているのかが分からないルースとフェルは、それを見て少々不安に思っていた。


 フェルがルースを見ながらそちらを指さす。

「なぁ、俺達は大丈夫だよな?」

 また一人どこかへ連れていかれたのが見えて、フェルが心もとなくルースに言う。

「多分…?」

 なぜなのか分からないので、ルースはそう言うしかないのだ。そこからは黙りこんで、2人は自分たちの順番を待つ。



 そしてしばらくすれば、大きな門の前に近付く。

 それは今まで見た防壁の中では一番大きな門で、上の胸壁にも見張りがいるのか人が歩いている姿も見え、そびえたつ門は警備の厳重さを物語っていた。

 2人が緊張の面持ちで最前列へと進み出れば、「次」と呼ばれて門番の前まで近付いて行く。


「身分証を出してください」

 門番は感情のこもらぬ声で、ルース達へ話しかける。きっと一日中その言葉を口にしているので、そんな対応にもなってしまうのだろうと思いつつ、ルースとフェルは冒険者ギルドのカードを提示した。


 2人のカードに異常がないかと検閲されている間、ルースとフェルは不安を顔に出さないように気を付けながら、じっとその様子を見つめている。

「よし、通っていいぞ」

 許可の言葉が聞こえるまで、2人には随分と待たされた様に感じたが、何事もなくホッと胸を撫でおろしてギルドカードをしまいつつ門を潜りぬけた。



 少し進んでから立ち止まり、同時に大きく息を吐きだす。

「「はぁー」」

 町の中を眺めてみれば、多くの人で溢れそれらが夕陽に染まっていた。


「緊張しましたね」「緊張したな」

 同時に声を出した2人は顔を見合わせ苦笑すると、今日の宿を取る為にまずはいつもの冒険者ギルドを目指し、人の波に乗ってスティーブリーの町中へと消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ