【56】戦い方
フェル達3人が話を続けていれば、焚火の周りでは既に寝る準備をしていたらしく、少し経って静かになった頃には辺りは真っ暗で、視界を照らすものは目の前の焚火のみとなった。
「俺達は少し離れます」
「ああ。余り遠くへは行くなよ?」
フェルの言葉にそう返したダスティは、荷物を置いて行った2人を目で追った。
その2人がかろうじて見えるくらいまで離れ、柔軟体操を始めた事で、その行動の意図するところを理解したのだった。
ダスティも野営の時はいつも、パーティメンバーと交代で火の番をする前、剣の練習をしたりメンバーも各々が鍛錬を積んでいた事を思い出す。
まだ少ししか話していないが2人共よい眼をしているな、というのがダスティの感想であった。
自分の事を怖がらないという意味ではなく、眼に力が宿っている様な生気のある眼だとそう思ったのだ。
「上位の冒険者になる奴ら、なのかもな…」
ダスティは剣の打ち合いを始めた2人を見ながら、ぼんやりと独り言ちていたのだった。
「君たちも眠るといい。俺が見ているから、何かあれば起こしてやる」
そう言ってくれたダスティに甘え、剣の練習を終え戻ってきた2人は程よい疲労感に満足しつつ、ダスティの傍で仮眠をとる事にした。
後ろにある木に寄りかかり2人が目を瞑れば、疲れていないはずの体からスッと力が抜け、すぐに眠りに入っていった。
-----
それは夜半、月明かりが闇の中での道しるべとなる頃だった。
ルースとフェルはダスティの声により、浅い眠りから覚醒する。
「ルース、フェル、起きろ」
小声ではあるものの、その声の中には有無を言わせぬものを感じ、ルースとフェルはすぐに目を開く。
2人が声の主を見れば、起こされた意図するところを悟り、剣を腰に装備して態勢を整えた。
「いる…」
何かは分からぬが魔物の気配が近付きつつあると、ルースとフェルは顔を見合わせて頷いた。
ダスティを見れば足音を忍ばせ、御者の傍へと近付いて行き何かを伝えている。
多分、皆を起こして隠れていてくれとでも言っているのだろうと、周りの気配を探りつつそう解釈するルースだった。
「どうやら焚火に、魔よけの丸薬を投下していなかったらしい…」
戻ってきたダスティがそう告げた。
魔よけの丸薬は先日の薬屋で見たものだが、主に買い求めるのは、こういった人を乗せて旅する馬車の御者や一般の旅人だ。特に夜など、魔物が活発になる時間に休憩を取る者達は、予め焚火に魔よけの薬を焚いて、魔物を寄せ付けない様にしているのだ。それを今日はしていなかった為に、魔物が現れたのだろうとの事であった。
「2人はD級だったな?」
そしてダスティに聞かれたことに、ルースとフェルは即座に頷き返す。
ここはこの人の指示に従って戦うのだと、何を言われずともわかっていた。
この嫌な気配をさせている魔物の正体はまだわからないが、この人がいれば大丈夫だという事も同時に感じていた。
「俺は探査を使えないが…多分複数、いるようだな」
ダスティの言葉を受けたルースが、「私が確認します」と申し出た。ここは秘密だ何だと言っている場合ではない。
ルースが2人から少し離れて風魔法で音を拾えば、その音は北からで数は5体であろうと感知した。
「北に約1km、数は5体位です」
ルースの短い言葉から、ダスティとフェルは状況を把握する。
「群れ…だな。俺が前に出る、君たちは乗客のところまで行かせない様に、援護を頼む」
「「はい」」
こうして話している間には、それらが発する足音も直接耳に届くまでになっていた。
3人は自分の役割を理解して、最適と思われる行動に出る。
森までは500m、ここは平原であり隠れる場所はない。
遠くの木々から飛び出してきた動く影が見えれば、その方向へとダスティが即座に駆け出す。大きな剣を抜刀して。
ルースとフェルも前に進み出て、剣を手に足を開く。軽く腰を落として準備をしてから、ダスティの後姿を目で追った。
―― ガキンッ! ――
薄暗い暗い月明かりの中、剣が硬い物に当たる音がして戦闘が始まった事を知る。
ルース達の後方、馬車の乗客たちは静かに身を潜めているらしく、物音ひとつ立てない事に「そのまま静かにしていてくださいね」とルースは心の中で願った。
「ルース」
「はい、ガルムです」
もう何度もかかわりあった魔物だと知った2人は、落ち着いて対応にあたる。
前方のダスティは既に3匹を引き付け、一人で戦っている。そこから飛び出した残りの2匹が、ルースとフェルへ向かって迫ってきた。
ガルムは速い。
ルースとフェルもそれなりにスピードは上がってきているが、ガルムの段違いの速さは四つ足との違いだと言えるのかもしれない。しかし何とか相手のスピードを殺しつつ、ルースとフェルは魔物へ確実に剣を当てていく。
ルースは風魔法を纏い、筋力の無い分をスピードで補う。体は軽くなり剣は素早く反応する事で、ガルムの牙と爪を器用に往なし、ステップを踏みながら、後方へとガルムの注意を向かせぬよう次々に剣を繰り出していった。
― ガンッ! ―
剣に弾かれたガルムが、後退するように間合いを取った。
その体にはルースが付けた傷が多数。それでも闘志をむき出しにしている姿は、ある意味では見習うべきところである。
『ギャウンッ!』
ダスティの方角からガルムの悲鳴が響く。
向こうはもう終わったのだと理解したルースが、一気にガルムとの距離を詰め、大きく開いた口へと剣を突き出した。
― グサッ! ―
その口の中へグググと剣を押し込めば、身をよじっていたガルムは動きを止めた。ルースが剣を引き抜くと同時に後方へ跳び退れば、ドサリとガルムの体は崩れ落ち土埃を上げ静止した。
一方、フェルはルースが視界の中で戦っている時、ルースから少し距離を開けてもう1匹のガルムと対峙していた。このガルムは前に見た物より少し大きいなと、冷静に分析しつつも目線はガルムの足元に据えられていた。
この魔物は動きが速い為、動いたと思った時にはもうフェルの目の前にいるのだ。そのため動き出す前の溜めの一瞬を見逃さぬよう、フェルはその足元を注視していたのだった。
“動く!“
そう思考した時には剣を横に振り、迫る魔物に一太刀を浴びせる。
―― ザクッ! ――
フェルは先日確認した自分のステータスから、スピードよりもパワーを生かした戦い方にシフトしようと考えていた。自分の利点はパワーだ。剣が当たればそれなりにダメージを与える事ができるのだから、それを当てるためには今までよりも一拍早く出る必要があるのだと、フェルなりに考え行動するのだと決めていた。
ここではそれを実行しているに過ぎず、今の手応えで、自分の考えが間違っていないのだと感じていた。
視線はガルムに固定しつつも、フェルはそのタイミングを考えながら剣を振るっていったのだった。
― ガキッ! ―
ガルムに弾かれた剣を構え直す前に、取って返したガルムが突っ込んでくれば、それを左の盾で振り払うようにガルムの顔面へと叩き込む。
『キャンッ』
思った通りに盾が顔面に当たったガルムは、悲鳴を上げて横に飛ばされた。
着地に失敗したガルムだったが、しかしすぐに体勢を立て直すように起き上がり後退すると、フェルと間合いを取った。
“殺れる“
フェルの思考に直感が降る。その思考に促されてフェルが駆け出していけば、ガルムが再度フェルに飛び掛かる様にジャンプした。
フェルが瞬時に力を込めた剣を横流しに振れば、それはガルムの赤い胸を切り裂き血が飛び散った。
『ギャンッ!』
ガルムが悲鳴を上げて後方へと飛ばされ倒れるも、まだやれるのだという眼をフェルに向け、ヨロヨロと立ち上がり唸り声を上げた。
そこへ間髪入れず突き進み剣を振りぬけば、避けそこなったガルムの首がコロリと地面に落ち、そして後を追うようにしてその体も崩れ落ちた。
フェルが息を整えルースを見れば、ルースの対峙していたガルムも土埃にまみれ倒れていた。
ルースとフェルは視線を合わせ、終わったなと言うように互いに頷きあった。
その頃には、前方で戦っていたダスティがこちらへと歩いてきており、「お疲れさん2人共」と気軽な声を掛けてきた。
「「お疲れ様です」」
2人が揃って声を出せば、ダスティから笑みを向けられる。
「やはり剣は使えたな。2人共筋が良い」
途中から2人を見ていたらしい言葉で、ダスティが賞賛を送ってくれた。
「「ありがとうございます」」
異口同音で再び話せば、仲が良いなと笑われた。
何事もなかったかの様に余裕をみせているダスティは、2人が1匹ずつを相手している間に手早く3匹を倒していた。
そして魔物の動きがなくなったことに気付いた乗客たちは、パラパラと焚火の傍に姿を現し始めたようで、それに気付いたダスティがそちらに軽く手を上げて“もう大丈夫だ“と合図を送った。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
ブックマーク・★★★★★・いいね!を頂きます事、モチベーション維持に繋がりとても感謝しております。
明日も引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。