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【55】B級冒険者

「出発するから、皆乗ってくれるかい」

 ラリーの声に、乗客はゆっくりとまた馬車に乗り込む。


 馬車に乗り込んだ乗客は、今度は服を出して尻の下に敷いたりする者も現れ、それを見て慌てて真似をしている者もいる。

 ルースとフェルがそのまま馬車の一番端に座れば、出発である。

 ラリーの話では、このまま陽が落ちる頃にはいつも野営で使っている場所に差し掛かる為、今日もそこで夜を明かすという事だった。

 だがその前にも一度、馬を休めるために休憩はするらしい。


「へぇ~16歳か。若いってのは良いね」

 その後、ルースとフェルもいつの間にか乗客の会話に巻き込まれ、話に加わっている。

「ただ若いだけで色々と経験は足りませんから、まだまだ修行中といったところです」


 ルースとフェルは途中で下車し、スティーブリーに行くのだと話せば、スティーブリーは大きな町で強い冒険者もいるらしいと教えてくれた。

 自分達もいつかはそうなりたいものだとルースが話したところで、馬車の中で紅一点の女性が話し始めた。


「目標は大きくないとね。私も昔は国一番の歌い手になると頑張っていたのよ」

 そう言った女性は視線を流れる景色へ向けると、寂しそうに微笑んだ。

 彼女は30代位で“ティカ“と名乗り、今は酒場で歌を歌っていると言っていた。夜な夜な町の酒場をめぐっては、客に歌を聴かせて生計を立てているらしい。そう話してもらったが、ルースとフェルには今一つピントこない職種であった。


「お前さんもまだ若いんだ。これからもその気持ちは、持ち続けて良いと思うぞ?」

 彼女の隣で60代位の男性、こちらは“ロミオ“と名乗った人物が、ティカにそう声を掛けた。


 ルースはその人生の先輩たちを見ながら、この狭い馬車という空間のひと時の出会いを、不思議に思っていた。歩いていればただすれ違っただけであろう人々が、こうして言葉を交わし想いを紡ぐ。尻は痛いが、馬車の移動も捨てたものではないものだと、ルースは思考を飛ばしていた。


「図書館か…あぁそういや、何か聞いた事があるな」

 フェルが2人の目的地を伝えれば、もう一人の40代位の男性が独り言ちた。

 この男性の見た目は、体を使った仕事というより商人の様な雰囲気をしている。

「以前スティーブリーに行った時、町の端っこの方に図書館という建物があるって聞いたよ。私は利用しなかったんだけど、本が沢山置いてあるらしいという話だったな」

 マーティンと名乗ったその男性が、聞いた話だと教えてくれる。

 “町の端“という一言だけでも、2人には有用な話である。


「沢山ってどれ位あるんですか?俺は本なんて、教会の教本位しか見た事がないんです」

 フェルがそう尋ねれば、「私もだよ」と返事があった。

 馬車の中の者達は、誰一人としてその図書館へ足を踏み入れた事がないらしく、マーティン以外は図書館という言葉すら知らないと言っていた。

 やはり普通は知りたい事があっても、図書館を利用する事もないのだろう。


 図書館を知っている者は少ない。

 今回ルース達は、スキルを調べるために必要な事だと考えた末に辿り着いた訳だが、他の人達はどうやってスキルの事を理解しているのだろうと疑問に思うも、スキルはある意味ではデリケートな話になると思い、それは口には出さずに皆の会話を聞いていたルースであった。



 こうして夕方になり、今日の野営地へと到着する。

 皆は次々に馬車から降り、腰を叩いたり尻をさすったりしている。

 同様にルースも体がギシギシいっている感じがする。無意識に、揺れに対して体に力を入れていたらしい。


「う…ガチガチだ」

「ええ。体中が凝り固まってしまったみたいですね。後で柔軟運動もしましょう」

「も…って事は、今日もだな?」

「はい、勿論ですよ」


 ルースとフェルがこそこそとそんな話をしていれば、御者のラリーが手慣れたように馬車から薪をおろして焚火を作っていた。


「ぐはーまだ揺れてるな」

 小声だが野太い声が聞こえてそちらを見れば、大柄な男性が伸びをして顔をゆがめていた。

 その顔を見れば強面と言われるような見た目をしており、他の乗客と、彼はあえて離れて立っているようであった。


 その男性は昼も乗車したままで、移動中はずっと馬車の中ではうつむいて寝たふりをしていた事をルースは気付いていたが、特に何をする訳でもない様だったので、気付かない振りを続けそっとしておいたのだった。

 彼を視界からはずして、ルースはフェルと共に焚火から少し距離を取ってから腰を下ろす。


 その頃にはラリーも馬の世話を始めており、陽が落ちるまでの間に各自がすべきことをしようと、ここにいる全ての者が動いている様だった。


 これから暗くなれば、動ける範囲も狭くなるし何が起こるか分からない。不測の事態がないに越したことはないが、備えも大切である事はルースもフェルももう十分に学んでいる。

「先に、食事を済ませてしまいましょう」

 ルースは腰に下げたマジックバッグから2人分の夕食を取りだし、1人分をフェルに渡せば、いつもは大喜びで食べそうなフェルも顔を曇らせる。


「どうしました?」

「いや…体を動かしてないから、余り腹が減ってないんだ。ずっと揺れてたのもあったんだろうけどな」

 ルースの問いに苦笑しているフェル。

「この後すこし体を動かしますので、今の内に口に入れておきましょう」

「ああ…そうだな」


 2人は先に軽くパンを口に運び、最後にアプルをかじって夕食を終わらせた。

 その後周辺を見れば皆はこれから夕食を食べるらしく、ラリーが焚火でスープを作り乗客にも渡している様だった。


「君たちも食べるかい?」

 ラリーはそう言ってルース達にも声を掛けてくれたが、2人はこれ以上はやめておこうと丁重にお断りした。

「そちらの人も、食べるかい?」

 ラリーは離れて座った大柄な男性にも声を掛けているが、その人物も「気持ちだけもらっておく」と言って断っていた。


 ルースはおもむろに立ち上がると、フェルへちょっと行ってきますと伝え、その大柄な男性に向かって歩いていく。

「こんばんは。お隣に良いですか?」

 ルースが声を掛ければ、その男性は下げていた視線をルースに向け、目を瞬かせた。

「ん…ああ」

 少しためらいがちに声を出して、その男性は腰の剣を外し横に置いた。


 “やはり“とそれを見たルースは、自分の考えが間違いでない事を悟った。

「冒険者の方…ですね?」

 焚火の周りに集まる人達とは少し距離があるが、ルースは小さな声で問いかける。それに気付いたのか、男性も小さな声で話し始めた。


「ああ、君たちもだろう?よく俺に話しかけてきたな」

 と、自分で言った言葉に失笑している。

「はい。別に怖い方ではなさそうでしたので、先輩からお話が聞ければと、声を掛けさせていただきました。私はルースと申します」

 ルースの返しに驚いた様に目を見開いた男性は、自分は“ダスティ“だと名乗った。


「俺はこんな見た目だし、更に冒険者だというだけで怖がられてな。だから余り人とは話さない様にしている」

 と、まずは馬車で寝たふりをしていた答えをあかしてくれた。

 確かにダスティは大きい体躯に優しそうとは言い難い顔をしているが、雰囲気は殺伐としたものではなく、どちらかといえば穏やかと言った方がしっくりくる。


「気疲れしませんか?」

「もう慣れたよ」

 ルースの問いに、少し寂しそうに言葉を返す。

 しかし、そのように見られて慣れる者はいないだろうし、これも気を遣っていった言葉に過ぎないと思った。


 こうして暫くダスティと話していれば、フェルは2人の荷物を持ってルースの隣に腰を下ろした。

 ルースは、荷物を持ってきてくれたフェルへと視線を向けた。

「ありがとうございます」

 それにフェルは一つ頷いて、ルース越しにダスティへ自己紹介をする。

「俺はフェルっていいます」

 フェルはルースの表情を見て見た目と違う人物と気付いたらしく、自分も話に加わるべく移動してきたらしい。


「俺達はD級です」

「それはすごいな」

 と、嬉しそうに伝えたフェルに、ダスティは微笑みを向けた。

「ダスティさんは?何級ですか?」

 とその笑みを見たフェルは、遠慮がなくなったのか続けて聞いた。

「俺は…B級だ」

「おおっ!」

 フェルは凄いと小さな声を上げ、ルースは目を見開いた。


「ソロ…ですか?」

 ルースがそこで尋ねれば、ダスティは首を振るとパーティメンバーはこれから向かうワッツにいるのだと話してくれた。


「俺だけ別件があって、遅れて合流する予定なんだ。ワッツでは俺抜きで、先にクエストを熟していると思う」

 淡々と語ってくれるダスティは、パーティメンバーを思い出してか優しい表情になった。


 冒険者でソロをしている者は少数派である。

 やはりパーティメンバーは友としても近くにいる大切な仲間なのだなと、ルースとフェルはそんな事を思って、互いに顔を見合わせたのだった。


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