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【54】移動手段

「「おはようございます」」


 翌朝、冒険者ギルドへいつもの様に顔を出したルースとフェルであったが、マントを纏ったそのいで立ちに、ギルド職員のプラントは2人がもう出発する事を悟った。


「おはようございます。もうご出発されるのですね」

「はい。これから出発したいので、宿の清算もお願いします」


 プラントは言われた事を即座に処理していくと、昨日の入金も済ませている事を2人へ告げた。

「スライムと薬草の入金をいたしましたので、ご確認いただけますか?」

 2人のカードから魔導具を参照して、その内容を見せてくれた。


「はい、確かに確認いたしました」

「ご確認ありがとうございます。…次の町はスティーブリーですね?」

「ええ。図書館へは初めて行くのですが、図書館とはどのような所ですか?」


 ルースは図書館という名前は知っていたが、それがどういった物なのかを知らない。当然村には図書館はなく、話題に上る事ものなかった。

 同じく知らないフェルも、隣で興味深げに聞いている。


「ええと…そうですね。図書館とは皆が気軽に本を読めるようにと、領主や国が管理してくれている場所です。本は高価な物なので自分では買えませんからね。稀に個人が所有する本を、皆に読ませてくれる所もあるらしいのですが、スティーブリーは領主が運営しているはずです。1つの建物全体を図書館と称し、その中に本がたくさん所蔵されていて、興味のあるもの知りたいものを借りて読ませてもらう…という感じですね」


「借りる…では、借りてきて家で読むことも出来るのですか?」


「残念ながらそれは出来ないそうで、図書館にいる間だけ読める、という事の様です。私も利用した事はありませんが、図書館に入るのにもお金を支払って中に入り、その上入口では身元確認のために、冒険者カードの提示も求められるみたいですね」


 プラントの説明に2人は頷いた。高価な本を読ませてもらえるのはありがたいが、その建物の中でしか読めないのは少々残念に思うルースである。


「そこには、どれ位の本が置いてあるのですか?」

 ルースの想像するものは、この冒険者ギルド程の空間に本が置いてある位の数である。50冊位が壁に沿って並んでいる本棚に納められ、その部屋の中で読むのだろうかと思っていた。

 村には本が並んでいる所がなかった為、それは素晴らしい光景だなとワクワクしている事は、顔に出さない様に気を付けていたルースだった。


「どれ位…私も冊数までは存じ上げませんが、調べものをするなら図書館に行けと言われる位、色々な方面の本が置いてあるとの事です」


 プラントの知らない事まで尋ねてしまっているらしく、少し申し訳なさそうにする職員に、これ以上は行ってみないと分からないのだなと、プラントにしつこく聞いた事を謝罪した。


「「お世話になりました」」

 それからルースとフェルは出発の挨拶を済ませると、サンボラの冒険者ギルドを出発した。





 町を歩きつつ、早朝から出ている屋台で朝食を買って食べ、再び歩き出す。

 このサンボラの町には約一か月滞在していたが、この町の冒険者は出入りが激しいのか、数日もすれば見掛けていた冒険者は見なくなり、新しくまた知らない冒険者がいるという具合で、銀の狩人の様に新人の面倒をみている冒険者もいないようだった。

 その為、この町では知り合っても仲良くなる冒険者はおらず、そういった意味ではルースとフェルもよそ者である事を肌で感じていた。


 こうして2人が町の門へ到着すれば、門の前には(ほろ)が付いた馬車が一台停まっている。

 それを見たルースとフェルは、顔を見合わせ門へと歩いて行く。


 もしかして、他の町へと人を乗せて運ぶ馬車ではないだろうか…。

 今まで時々、移動中などでこの様な形状の馬車を見てきた。その時は中に人が乗っており、これが乗合馬車なのかと既に学んでいた。しかしまだ、2人は利用した事はない。


「ちょっと聞いてみないか?」

 即座にフェルはルースへ聞いた。

「そうですね。方向が同じであれば、利用させてもらいましょう」


 2人は先を競うように、その馬車へ向かう。

 幌の中を見れば、1人2人は既に乗車している様で中で静かに寝ているらしい。

 馬の傍まで行けば、煙管をふかした男が立って道の先に目を向けていた。


「おはようございます。この馬車はスティーブリーまで行きますか?」

 フェルがその御者らしき男性に声を掛けた。フェルの声に2人へと視線を向けたその人物が、困ったように眉を下げた。

「おはよう。悪いがこの馬車はスティーブリーへは行かないんだ。途中までは同じ方向なんだが、南下して“ワッツ“という町へ行く予定だよ」


 返事を聞いたフェルが残念がる。

「そうだったんですか…わかりました。ありがとうございました」

 そう言ってフェルが踵を返せば、その男性から声がかかった。

「君たちはスティーブリーへ行くのかい?だったら途中までで良ければ、乗っていけばいいさ。まだ十分空きはあるしな」


 聞けば、あと10分位で出発するのだが、今日は余り乗客がいなかったらしい。乗合馬車は、いつも決まった日時に出発し、町から町を行き来している。


「ここからスティーブリー行きの馬車は10日に一度だから、次は…8日後だな」

 と、その御者はスティーブリー行きの運行予定まで教えてくれた。

 ワッツ行きもそれ位の間隔を開けて出発しているのだと言い、今日はたまたま、ルース達がワッツ行きを見掛けたという事の様であった。

 今後利用する場合はその辺りも確認した方が良いのだなと、心に留め置いたルースだった。


 その後は更に2人の客が乗り込み、馬車にはルース達を入れて6人の客が乗る事になった。


 運賃は、歩いて7日掛かるワッツまでが2,000ルピル、安くはないが高すぎるという事もない値段だ。

「一人しか乗らなきゃ赤字だよ」

 御者の“ラリー“と名乗った男はそう言って笑っていたが、ルースは確かにその通りだなと、値段設定の大切さもひしひしと感じた。

 そのルース達は、ここから3日歩いた所までを乗せてもらえる事になり、その分として半値の1,000ルピルを支払った。歩いて7日掛かる距離の3日分だ。まぁ妥当な値段である。


 こうして3日分の距離を馬車に揺られる事になったルースとフェルは、初めての馬車に目を輝かせていた。

 しかし、馬車は決して快適とは言えない乗り心地だった。


 馬車が走る道は、人と馬車によって踏み固めてできただけの物であるし、小石が落ちていたり落ち窪んだところもあって、乗り慣れている者であれば、あらかじめ尻の下に緩衝材として厚手の物を敷くのだろうが、残念ながら今の馬車の中には該当する者がいないらしく、大きく揺れれば「痛っ」と悲鳴が上がる事も多々。そういった事で乗り心地は期待したほど楽じゃない、という残念なものであったのは笑い話である。


 それでも、歩いて進む事とは比べるまでもなく時間を有意義に使え、朝も早い時間の出発という事もあり揺れる馬車で寝ている者もいた。

 ルースとフェルは、そんな人たちの邪魔をせぬよう会話を控え、過ぎてゆく景色を眺めている。

 2人が乗る距離は馬車で1日半。その間だけでも体を休めたいところである。


 それから暫く、陽も高くなれば寝ている者も起きだして、互いに見知らぬ者であるものの、旅の目的などの話をする者もいた。

 そして昼頃には、一時休憩だと馬車を停めて馬に水を飲ませ、その間には乗客たちも各々が昼食として、持参した食料を食べていた。


 馬車から降りて昼食を摂っている3人は、一か所にかたまって地面に座り話をしているらしい。ルースとフェルは彼らから少し離れ、手短にとお気に入りの干し肉パンをかじっていた。


「俺は納品に行くんだ」

 そんな声が聞こえてくれば「あの大きな荷物かい?」と会話もはずんでいる様だ。話している3人の顔には、楽しそうな笑顔も浮かんでいた。


 一方フェルはまだ数時間の乗車にも係わらず、なれない馬車の感覚に尻が痛み出したらしい。幸いと言えるのは、馬車の揺れで気分が悪くならない事だろう。

 馬車の揺れは横に縦にと予測がつかず、慣れない者は気分が悪くなる者もいるとの事だった。


「馬車って、見かけより尻が痛い物なんだな…」

 小声でフェルが言った言葉を拾ったルースは、困ったように眉を下げフェルを見る。

「馬車の見かけから、痛みは判断できないと思いますが、確かに思っていたよりも楽ではありませんね。ですが歩くよりも早く進んでいるようですし、旅人には便利な移動手段と言えます」


 ルースも小声で感想を返せば、フェルは頷きつつも残りのパンをパクリと口へ放り込んだ。そして口の中の香りを楽しむようにゆっくりと咀嚼し、時間をかけて飲み込んでいった。

 その間、旅人の3人に御者のラリーも加わり、食事を摂りながら休憩をしていた。


 ルースはその様子を少しの間眺めてから、視線を転じると、道の脇に停めてある馬車へと視線を向けたのであった。


いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。

明日も引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。

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