【53】薬屋の魔女
ルースとフェルは食料の買い出しを終えると、薬屋の店先に到着した。
丸い窓のあるその扉は色のすすけた緑色で、何故だか薬草という言葉を連想させるなとルースは思う。
その扉を開ければ、カランと乾いたベルの音が鳴り来訪者を知らせる。
「いらっしゃい」
店の中から女性にしては少し低めの声がしてカウンターを見れば、40代位の女性がカウンター越しにこちらを見ていた。
「こんにちは」
とルースは一声かけてから、大きくはない店内を見回す。フェルはここでは専門外だと言わんばかりに、ルースの隣で静かにしている。
「少し見てみましょう」
「おう」
入口の傍の棚から順に見て回れば、早々に傷薬が置いてある。
「フェル、どれ位買いますか?」
「そうだな…次まで何日かかるんだっけ」
「一週間と聞きました」
「じゃあ大きいの1つ、2人で使えるな」
迷わずフェルは大きな傷薬の容器を取る。
この傷薬は塗布薬で薬草をすり潰し粉末にした物に、粘度のある素材を混ぜ合わせ作られている。それを布に塗って、患部へと当てて使うものだ。
小さい容器は手の平に収まるサイズで一度に使う位の量が入っており、大きい物は10cm程の円柱の瓶に入っていた。回数で言うなら4~5回分になるだろう。
冒険者ギルドで売っている物は小さい物のみで、大きいサイズは久しぶりに見るなと、ルースは感想を漏らす。
「ん?あぁそうだな。ギルドの売店だと小さい物しか置いてないもんな。俺も見たのは、家にいた時以来だよ」
冒険者は余り荷物を持ち歩かない様にしている為、小さい物の方が良く売れるし、ルース達も今までは小さい物ばかり使ってきた。
「大きい物は、使用期限を考えて買って欲しいの。それは一か月位よ。余り永く置くと薬の効果が落ちるから、気を付けてね」
2人が話していると、後方のカウンターから声が聞こえて来た。どうやら2人の会話から、アドバイスをしてくれたらしい。ルースは振り返ってお礼を伝えた。
しかしルースは聞くまでもなく、薬は全てにおいて使用期限がある事を知っている。そしてこの傷薬は、ながく置き過ぎると中身が乾燥して使えなくなってしまうのだ。ただしルース達にはマジックバッグもある為、そこは心配していない。
ルースの返事に満足したのか店主は頷くと、自分の手元に視線を戻した。
「では、大きいのを1つですね」
後でまとめて出しましょうと商品を戻し他の物を見る。
3cm位の丸い球は煙幕…これも必要かなと、ルースはフェルを見る。
「んん?これも必要なのか?」
視線を受けたフェルは、ルースの前にある物を指さして尋ねた。
「これは煙幕を作り出す球で、地上の魔物であれば効果はあると思います」
ルースの説明を吟味する様に、フェルが瞬きを繰り返す。
「私はフェルと出会う前、危険な気配のする大型の魔物に追いかけられた事があります。一応そういった事も想定して、目くらましを持っていても良いかと」
「え?その時は大丈夫だったのか?」
「何とか…命からがら逃げのびました」
とルースが苦笑すれば、その表情に「買っとくか」と危機感を覚えたフェルが頷いた。
その並びには閃光弾だ。これもあった方が良いだろう。
「これも一応買いましょう」
フェルは品物の前に置いてある商品名を見て、こちらも素直に頷いた。
「その辺りの商品は、湿気ると使い物にならないから気を付けてね」
再度背後から、店主の声が聞こえた。
一見店主は何かの作業をしているように見えて、こちらもしっかりと気にかけているらしい。アドバイスをしてくれる店主に笑みをて向け、ルースは「はい」と返事をする。
見ていた所を通り過ぎポーションの棚に近付けば、ポーションは1本銀貨5枚。しかもそれは、シンディが持たせてくれた物よりも小さかった。
ルースのポーションは、さすがに1年も経っているので使い終わっている。大切に使ってはきたが、前半はマジックバッグもなかった為、薬効がなくなる前にはと使い切ってしまっていて、ルースはポーションをみかけるのは随分と久しぶりだなと、そんな事を考える。そして、村にいるであろうシンディとマイルスは元気にしているだろうかと、別の思考を飛ばした。
「これは、ルースが使っていた物より小さいんだな」
ポツリと小声で言ったフェルの言葉も、小さい店の店主にはしっかり聞こえていた様だ。
「小さいって、大きい瓶をまだ持っている?だったら瓶があれば、それに入れてあげるわよ?」
店主の声に、ルースは思考する。
使い終わった瓶は捨てていないが、その大瓶では一体いくらになるのかと緊張が走る。
「それは瓶の値段も含まれているの。中身だけだったら銀貨3枚ね」
この瓶が銀貨2枚もするのかと、ルースとフェルは顔を見合わせてから視線をポーションに移動する。
「びっくりした?ポーションを入れる瓶には、保存を永くできる魔法が付与されているの。その為よ」
店主がさらりと説明してくれた。
それを聞いたルースは、シンディから渡されたポーションを、もっと大切に使えば良かったと後悔する。
別に無駄に使った訳ではないが、少し多めに使ったりして使用期限を気にしていた事は確かだった。
シンディもそれを教えてくれれば良かったのに…とルースは口の中で呟く。ルースも薬作りの手伝いをしていたが、下準備はシンディが一人でしていた為、ルースはただ入れ物に入れていただけだったのだ。
「ルース…ポーションもあると便利だよなぁ…」
2人共魔物のクエストを受けるようになってから、少なからず怪我をする。
今まで薬屋までわざわざ出向いてポーションを買いに来たことがなく、傷を負えば傷薬で対応していたのだが、深い傷ではそれだと治りが遅く数日はクエストに影響を及ぼす。
「そうですね…銀貨3枚ですが」
ルースはフェルの顔を覗き込み、高値だが良いのかと目線で尋ねる。勿論お金は2人で出し合うのだが、高額な物は2人の同意が必要だ。
「お守り代わりに買おう」
「そうですね。この量で良いでしょう」
小さい瓶に目を向けてから、ルースはカウンターへ足を向けた。
「すみません、ではあの量をこの瓶に入れてください」
シンディから渡された瓶を、ルースは店主へ差し出す。
「わかったわ。あら?この瓶はアヴニールさんの所の物かしら」
店主は、青い眼を瓶に向けて首をかしげている。
「瓶で何かわかるのですか?」
ルースはこの瓶しか見た事がなかったし、ここの店頭にある物はサイズが違うので、形が違うのだと思っていた。
「ええ。瓶はその店ごとに仕入れ先が決まっているの。ただ、その魔女の下で修業した人が同じものを使う事はあるけどね。普通、店では一人の錬金術師から仕入れる事にしているから形や色、付与の魔法の掛かり具合が店それぞれなのよ」
店主が説明している間にフェルもルースの隣で店主の話を聞いている。
「これは、アヴニールさんという方の店の瓶なのですか?」
ルースは先程聞いた名前を確認する。
「ええ。王都のグローリア・アヴニールという人が使っている物と、同じね」
そこまで言われ、ルースもその名を思い出した。
シンディが教えてくれた師匠の名前だと気が付いたルースは、服の上から胸元を握り締めた。
「それにしても、見ただけなのに良くわかるんですね…」
それを不思議に思ったフェルが呟いた。
「ふふ。薬師…魔女は横の繋がりが広いのよ。直接会った事はなくても、殆どの魔女の名前は知っているし、ポーションも瓶を見れば誰が作ったものかも大体わかるの」
「すげぇ…」
いったい国中には何人の魔女がいるのか知らないが、それらの殆どの瓶を把握しているとは、どれだけ覚えればならないのだろうと、ルースは尊敬の眼差しを向ける。
その顔を見た店主が「でもね」と話し始めた。
「種明かしをすれば、系譜で特徴があってね。お弟子さんは似たような形の物を使う事が多いから、大まかに言えば20種類位を覚えていれば、後は派生形になってるのよ」
といって店主は微笑んだ。
その説明に納得したルースは、それにしても魔女の繋がりは凄いのだなと、シンディ自身の話を余り聞かされていなかったルースは、シンディは凄い人だったのだと改めて感じていた。
それからも店内を見て回り、最終的にはポーション、傷薬、煙幕弾、閃光弾、化膿止め、痛み止め、そのほか麻痺を解除する薬も念のためにと購入し、少し支払いは嵩んでしまったが、旅に必要と思われるものを手に入れて、2人は薬屋を後にしたのだった。
ちなみに瓶の事は「その方のお弟子さんのポーション瓶です」と話せば、店主は「やっぱりね」と納得した様に笑っていた。