【52】予想外
プラントの反応を見たルースは、キョトンと首をかしげた。何か間違えたのかと口を開こうとすれば、プラントはスライムから視線を上げて2人を見た。
「3体…ですか?」
見たままを問いかけてくるプラントに、2人は頷く。
3匹のスライムを置いたはずなので、3匹に見えているはずだが…と、ルースは何がいけないのかが分からず戸惑っていれば、一つ息を吐きだしたプラントが、小さな声で言う。
「スライム討伐を受けてくれるD級冒険者は、殆どがスライムを初めてみる方々なのです。お二人もそうだったのでしょう?」
ルースとフェルは顔を見合わせた後、プラントに頷き返す。
「そのため殆どの方達は夜まで掛かっても1体狩れれば良い方で、中にはクエストをキャンセルされる方もいらっしゃいます」
言われたことを吟味すれば、さもありなんとルースも納得する。
「確かにあれは、気力も体力も削られるしなぁ…」
フェルは追いかけっこを思い出しているらしく、遠くを見ながら一気に疲れた顔になった。
「それが、こんなに早い時間で…少し驚いてしまいました」
と、プラントはそう説明した。
「それにスライムは見つけるのも難しいので、3体も討伐できたのは凄いとしか申し上げられませんね」
プラントはそう言って、繁々とスライムを見ている。
「見つけられたのは偶然です…確かに低級だからと気安く受けたクエストでしたが、思っていた以上に大変でした」
ルースは苦笑いを浮かべて頭をかく。
「それにこれはとても状態が良い素材です。買取り価格も良い物になるでしょう」
ルースの言葉に頷きつつ続けたプラントの言葉に、フェルはスライムを見下ろしながら嬉し気に目を細める。そして、そういえばとプラントに視線を戻したフェルが質問を口にした。
「何でこんなに大変なクエストが、D級なんですか?」
ルースもそれは疑問に思っている事なので、頷いた。
「それは、魔物の強さを基準にしているからですね。ですが、D級冒険者は一度受けてみて、二度と受けなくなります。その為受けてくださる方々は、C級冒険者たちばかりなのですよ」
と、プラントは苦笑しながらそう教えてくれた。
D級クエストなのでクエスト自体の報酬は少ないが、スライムを納品できれば魔物のポイントも素材の買取り料金もある為、C級が受けても何ら問題はない。
そしてC級になっているのなら、魔法がなくてもスライムを倒す事ができるようになっているのだろうなと、カルルスで世話になった冒険者たちを思い浮かべながら、納得したルースである。
「すみません。話が長くなってしまいましたが、こちらの処理をさせていただきますね」
とプラントは手際よく、スライムの完了手続きを始めてくれた。
その時に“一緒に“と、今日採ってきた薬草も買取りをお願いする傍ら、もしこのスライムにある程度の価値があるのなら、見かけた時に狩っておこうと思考を飛ばしていたルースである。
程なくすればプラントの処理が終わり、2人へと視線を戻してにっこりと笑顔を見せる。
「はい、こちらで本日のクエストは完了となります。薬草はまとめて900ルピル程度、スライムは1体で8,000ルピル程度になると思いますので、後ほど入金をさせていただきます」
今度はルースとフェルが、プラントの話に目を見開く。スライムが1匹8,000ルピルにもなるという、その金額に驚いたのだ。
「はい?8,000…ですか?」
「はい。これは状態が良いですし、大きさもあるのでその位にはなるかと思います」
プラントから間違いではないと返事をもらったフェルは、ビックリしすぎて声も出なくなったらしい。
あの危険なビックボアが1体で10,000ルピルの買取りだったのに、この跳ね回るだけの…確かに大変ではあったが、そんな魔物が随分と高額だった事に驚きを隠せない2人だった。
「おや?買取り額をご存じではなかったのですか?」
「はい…」
「冒険者の中には、この買取り額を先に聞いてからクエストを受ける方もいらっしゃるんです。でもそんな方達は大概、クエストを辞退してしまいますけどね」
プラントは苦笑しつつ、2人へそう話す。
言われてみれば、金額を聞いてからこのクエストに手を出す者もいるだろうと、安易に想像がつく。だが実際にそのクエストを受けてみれば魔物は見つからず、たとえ見つかっても捕まえる事も難しい魔物だと知るのだろう。
ルースとフェルもその話に失笑が漏れる。
「何にしても、予想以上でありがたいです」
ルースが正直な感想を伝えれば、フェルも隣で何度も頷いていた。
「それは良かったですね。ではこれで終了となります、お疲れさまでした」
プラントが2人に労いの言葉を掛けた頃、冒険者ギルドの中もちらほらと人が入って来るようになった。どうやら冒険者が、クエストの完了報告に集まってくる時間になったようだ。
「あ、プラントさん…私達はそろそろこの町を出ようと思っています。今までありがとうございました」
ルースの言葉を受けて「ああ」と何かに気付いたプラントが頷いた。
「図書館に行かれるのですね?」
「はい、そのつもりです」
「分かりました。では入金の事もありますので、出発される時にお声を掛けてくださると助かります」
「はい」
それではとルースとフェルは、混み合い始めた冒険者ギルドを後にする。
2人がギルドの扉を潜れば、そこから冒険者らしきものたちが、続々とこちらへ向かってくる姿が見えた。
疲れた顔が殆どだが、クエストを無事に終えてた達成感に満ち溢れ、嬉しそうな表情も見える。
自分達も今、似たような表情になっているのかと、少し顔の筋肉を引き締めるルースなのであった。
「じゃあ、買い出しだな?」
「はい」
2人は歩き出し店が立ち並ぶ方向へ向かう。
「今日中に準備が整えば、明日出発しましょうか」
「そうだな…スライムのクエストはおいしいクエストだったけど、今日で消化しちまったしな…」
フェルは、大変だった森の中の事は忘れたかの様に話す。
スライムのクエストは月に1度の頻度で貼り出されるらしく、次のクエストは一か月後になるだろうという話だった。その為、この町でスライムのクエストは暫くない事になる。
「確かにスライムの買取りは、良いお金になりましたけど…私はスライムを何に使うのかが知りたいです。食べるのでしょうか?それは何の料理に入っているのでしょうか?と」
「うぇっ」
ルースの話を聞いて、あのスライムを食べるのかとフェルが変な声を出した。
見かけはゼリーの様であったが、あれを食べろと言われても、素直に口に入れようとは思わないだろう。
それに味もなさそうだしな、と真面目に想像して心の中で呟いたフェルであった。
「でも、今日のクエストは勉強になりました。次はもう少し、手際よく対応できると思います」
「そうだな。俺達ならスライムのクエストも受けられる事もわかったし、ある意味では収穫だったな」
結局、冒険者ギルドを出た後も何を買うかという話よりも、インパクトの強かった今日のクエストの話になっていたのはご愛敬である。
ルースとフェルは旅の準備のため、まずは食料を買い求める。マジックバッグはあるが、さすがに収容量が小さいのでかさばる物は控え、それでも金額は気にせず、手軽に食べられる物を中心に2人の好きな物を購入していった。
D級になって約8か月、駆け出しの頃と比べて2人の懐は随分と温かくなっている。
あの頃は着ている服を頻繁に買えなかった事もあり、サイズの合わなくなった物でもギリギリまで我慢して着ていたが、今はサイズのあった物を着れるようになった。
しかし成長期でもあるため、予め少し大きめの服を買ってそれを着るようにはしているのだが。
かといって、以前防具屋で見たような防御魔法の付与された服が買えるのかといえば、そこまでの余裕はまだない。C級以上になって、大物のクエストを頻繁に受けるようにならなければ、10枚以上の銀貨をポンと払えるようにはならないだろう。
そんな訳で少しは金に余裕がでてきた2人だが、食料や薬など日々必要な物を買うには不自由していない程度、という感じである。
その為、今日の買取りの24,000ルピルは、これから旅に出る2人にはとても有難いものだった。
「フェル、薬の在庫は大丈夫ですか?」
以前のフェルは、自分の薬の在庫も把握していなかったが、ルースからちょくちょく聞かれることもあり、今ではフェルも自分の荷物の把握ができるようになっている。
「ん?ん~傷薬と化膿止め、痛み止めが欲しいな」
「はい。では薬屋にも寄りましょう」
「おう、頼むわ」
サンボラの冒険者ギルドにも売店はあるが、今日は色々な薬もみたいので町の薬屋に行く事にする。
ギルドの売店では良く売れるものを主に扱っていて、傷薬、毒消し、腹下しの薬、麻痺を解除する薬など、冒険者が常々持ち歩く物を常置しているのだ。
それ以外のポーションや魔力ポーションなど高額な物や、魔物よけの煙を出す丸薬などの専門的な物は、やはり薬屋へ足を運ぶ必要があった。
ちなみに、冒険者ギルドで売っている薬も町の薬屋の値段と同じであり、特に安いという事でもない為、手間を省きたい者はギルドの売店で、色々と揃えたい者は薬屋へという具合に冒険者が使い分けているため、商い間同士の苦情もないという事らしい。
ルースとフェルはいつも冒険者ギルドで買い物をしていたが、今日は旅に備える為色々な薬を見ておきたいと、薬屋に向かっているところである。
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