【51】スライムの検証
「はぁ…はぁ…はぁ…」
フェルの粗い息遣いが、森に溶けていく。
後から加わったルースも、少々息が上がっていた。
「何だよこれ…逃げられたら追いつけないって…」
「そうですね。思いのほか俊敏でしたね」
「スライムやばっ…」
ピョンピョン跳ね回って逃げるスライムは、軌道が読めない為に、追い詰める事もできない物だった。見つけた時は静かにじっとしていたのに、いざとなれば逃げ足が速い魔物となった。
さて、また凍らせはしたがどうするか。このまま持って帰るか、それとも種を壊してみるか…。
そう思ったら、解凍して種を壊せば体はどうなるのだろうかと、ルースは自分の目で確かめたくなってくる。もし種を壊して体が崩壊してしまっても、もう1匹いる為クエストに影響はないはずだと、凍らせたスライムを前にスールは思案していた。
「フェル、これの種を攻撃してみましょう。種を破壊するとどうなるのか、検証してみたいです」
ルースは、冒険者ギルドで説明を聞いてきたが、この種を壊すと形状がどうなるのかまでは聞いておらず、勿論見た事もない。
「ではフェル、お願いしますね」
ルースが先に氷を解除し、そこでフェルが剣で突くという話になった。
「おう、いつでもいいぞ」
フェルは剣を両手で握り、スライムの近くで突き出して構えている。そこへ頷いたルースが、氷結魔法を解除する。
「“撤回“」
スライムが一瞬で氷のオブジェから元のゼリーへ戻ると、解凍されたスライムはまだ半分眠っているかのように動かない。
その隙にフェルは、スライムの体に見えている種へと剣を突き出した。
― ムニッ ―
― ズブズブッ ―
― グサッ ―
剣は半透明の体を通って、中心にある物へと到達して刺さった。するとその中心の種は壊れて、2人が見つめる中で溶けるようにして消えた。
ゆっくりとフェルが剣を引き戻す。2人の視線は目の前のスライムに注がれこれ以上の変化がないかを見守っていれば、球体の体をなしていた半透明の体は、支えを失ったかのように水たまりの如くずるりと崩れた。
― ペチャッ ―
その状態になってから暫く固唾を呑んで見守っていたが、これ以上崩れる気配もないなと、緊張していた2人は肩から力を抜き、呼吸すら止めていた事に気付いて大きく息を吐いた。
「これ以上の変化はないようですね」
「そうだな…」
崩れても、まだゼリーに見える塊をルースが指一本だして触れてみれば、“プニッ“っと少しの弾力を感じただけで、火傷をしたりかぶれたりするような事もなさそうだった。
それを確認したルースは、スライムだった物をむんずと掴みマジックバッグへと入れる。続けて袋に手を突っ込むと、今度は先ほど凍らせたスライムを取り出した。
「これも同じ処理にしましょう。ギルドに出す時はやはり、動かない方が良いと思いますので」
ルースの話に、フェルもそうだなと思う。
ギルドのカウンターに出した時にでも間違って解凍されてしまえば、このスライムが受付の前で先程の様に跳びはねて大騒ぎになりそうだと、その光景を想像したフェルがブルリと体を震わせた。
「それに、私が何の魔法を使えるのかを、余り大っぴらにしたくない事もありますし」
と、ルースはもう一つの理由も添える。
もし凍ったままギルドへ提出すれば、ルースが水魔法を使えるのだと皆に知れ渡る。別に知られても構わないが、もし他の魔法を人前で使う事になった時に、いくつもの属性魔法が使えるのかと騒がれれば面倒事になる可能性もある。そう考え、他人に知られる情報は少ない方が良いだろうと思っての、ルースの判断だった。
これにフェルは頷いただけで、異論はない。
「ではまた、お願いします」
再度フェルがスライムの種を突いて処理をすれば、2匹目のスライムも確保できた事になる。
「スライムは、動きを止めないと種を壊すのは無理そうだな」
フェルは魔物の動きを思い出し、渋い顔をする。これはD級クエストのはずだが、D級で本当に討伐できるのかと思っていた。
「確かに気付かれてしまったら、凍らせて動きを止めないと難しいですね…しかしそれは、こちらに気付かれてしまったらという前提での話です」
「ん?気付かれない事なんてあるか?」
「私たちの場合それはしないと思いますが、例えば罠を使って、気付かれぬ内に何かに閉じ込める…などすれば、先ほどの様な動きは出来なくなりますので、何とかなるかもしれません」
ルースは凍らせて動きを止める事ができるが、そもそも魔法が使えても、火魔法しか持っていなければ素材を傷めるため魔法は使えず、魔法と言っても対応できる属性が限られている。
それに皆が皆、魔法を使えるわけではない為、魔法が使えない者がスライムと戦うときは、それなりの方法を考えなければ、捕まえることすらできないのでは、とルースは思う。
「そうか、罠…ね」
「ええ。落とし穴でも少しは効果があるとは思います。スライムが落ちたところで網をかぶせれば逃げられないはずで、そこで種を攻撃すれば良い話です」
「まあ何となく想像は出来るけど、それはそれで大変そうだな…」
「はい。その罠にスライムが掛かるのかは本当に運だと思うので、スライムが通りそうな場所から調べなければ、それも無駄足になると…」
「うぁあ…ルースが凍らせる事ができて助かった…」
「私もそう思います。だから…このクエストが数日前から残っていたのかと、今更ながらに思い至りました」
ルースの話にフェルも同意する。
一見、スライムは簡単だろうと思ってクエストに手を出せば、その時はじめて大変さを知る事になるのだ。
クエストの期限がなければ、捕まえられるまで挑戦できるが、きっと魔法がなければ1匹捕まえるだけで、何日もかかる事だろう。
そして一度その大変さを味わった者は、二度とスライムのクエストは受けなくなるのだろうなと、フェルはその者達の気持ちが痛い程良く解り、大きなため息を吐いた。
「スライムの買取り額をきいていませんが、後もう1匹位は欲しいですね」
「おう、そうだな。大きな魔物でもないし肉が旨い訳でもなさそうだから、1匹が高いってことはなさそうだしな」
フェルの買取り基準は“旨い“かどうからしい。
確かに美味しい肉だという魔物であれば、人気があるため買取りも高額になるというものだが、それとスライムを比べるのは、そもそも土俵が違うのでスライムが少々可哀そうである。
そんな他愛もない話をしつつも移動し薬草を見つけて…と何度か同じ行為を繰り返していけば、その後も緑のスライムと遭遇し、それも回収することに成功した。
見つける事が難しいと言われたスライムだったが、2人が薬草採取で動き回らなかった為、それが逆にスライムを見つけ易くし、すんなり3匹を見つける事ができたのだ。
この日のクエストはこれで終了し、2人はサンボラの冒険者ギルドへ戻っていった。
2人が町に着いたのは、夕方というにはまだ少し早い時間だ。町の中は人々で溢れ、夕食の買い物をする為か店先には女性の姿も多い。
サンボラの町は、カルルスの町よりも少し規模が大きい町だった。
商人も良く馬車で乗り付けている様であったし、仲買の中継地点なのか、この町の特産物などを買い付けにきているのかは分からないが、旅人も多く見かける所をみると、前者の可能性が大きいだろうとルースは思っている。
そんな人であふれる町中を、ルースとフェルは見慣れた冒険者ギルドへ戻る為に足を進めていた。
サンボラの町の中心にある広場には噴水があって、日中はそこで休憩をする者や待ち合わせをする者も多い様だ。今はまだ日が落ちる前の為か、噴水の水に手を入れて遊んでいる子供達もいる。
ルースの育った村では見かけない景色に、自分達も旅人であることを思い出す。
その噴水を通過して冒険者ギルドに着けば、中では冒険者が数人、受付で話をしている。
もう少しすれば、クエストの報告をしに戻ってくる冒険者で溢れかえるのだろうと、ギルドのゆったりしたひとときに戻れた事を安堵する。
「早めに戻れて良かったですね。今なら待たずに終わりそうです」
「ああ。混んでると大変だもんな」
「今日は早めに終わらせて、買い物に行きましょう。食料の買い出しもしておかないとなりません」
ルースに言われて今朝の事を思い出したフェルも、「そうだったな」と頷いた。
2人はスキルを調べる為、隣町の図書館へと移動するつもりなのだ。明日出発するとまだ決めていた訳ではないが、やらなければならない事は、先に済ませておいた方が良いだろう。マジックバッグもあるのだから。
2人は受付まで足を進め、今朝話をしたプラントの前に立った。
さっきまでプラントの前にいた冒険者は、どうやら処理を終え去っていったらしい。
「すいません。完了報告お願いします」
フェルがプラントに声を掛ける。
「こんにちは。今日はお早いお帰りでしたね。書類とカードをお願いします」
プラントに促され、言われた物を出す。
「今日はスライムだったのですね…」
書類を見たプラントは、残念そうな表情をして2人を見た。
「はい、思いのほか大変な魔物でした」
苦笑したルースがマジックバッグからスライムを出せば、プラントはそれを見て、大きく目を開いたのであった。
蛇足:一般的にはスライムの弱点を核と呼んでいますが、作中ではあえて“種“と表現しております。しかし、特に深い意味も他意もありません。笑
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