【48】久しぶりの教会
「ここですね」
2人は町の中心から離れた、静かな立地の教会へたどり着いた。
ルース達はこのサンボラの町に着いてから、かれこれ1か月は経っていたが、冒険者ギルドとは離れて建つ教会へと足を運ぶのは、今日が初めてである。
村の教会よりも一回りは大きな建物を見上げ、ルースは一つ息を吐く。
教会は民家や商店の外観とは異なり、何とも厳かな雰囲気がするのは、ルースの気のせいではないだろう。
「大きいな…村の教会とは大違いだ」
ルースの隣で教会を見上げているフェルも、そう感想を漏らす。2人はそもそも、教会へと来ること自体が一年振りだった。きっとフェルは、村でいつも見ていた教会との違いを、実感しているに違いない。
「やっぱり町の教会は、金がかかっていそうな感じだな…」
と不敬な事を言うフェルを置き去りにして、ルースは教会の扉の中へと進んで行った。
「こんにちは。どなたかいらっしゃいますか?」
ルースの声は、人のいない礼拝室に響く。
夕日を受けて天井近くの色とりどりなガラスからは、中央の祭壇の足元へと虹色の光を落としている。
遅れて入ってきたフェルがルースの隣に並んだ時、祭壇近くの側面扉から人が入ってきたのが見えた。
その人物は2人へ目を留めると、ゆるりと面相を崩し人好きする笑みを浮かべた。
「こんにちは。何か御用でしょうか?」
見覚えのある黒い丈長のゆったりとした服を纏った男性が、2人へ話しかける。
「こんにちは。司祭様にお時間がございましたら、ステータスの確認をお願いしたく参りました」
ルースがそう言って司祭へ向けて頭を下げれば、フェルもあわせてくれた様で隣で衣擦れの音がする。
「はい、勿論大丈夫ですよ。ステータスの確認でしたら、こちらへどうぞ」
続けて身振りを添えて、ルース達を司祭が入ってきた扉へ促す。
2人が言われるまま後ろをついていけば、礼拝室からほど近い場所の扉を開けた司祭と共に、2人もそこへ入室した。
その部屋は、宿の一室分程の広さだったが天井は高い。そして大きな窓から外の光が入り込み、清い空気が満ちている様な、気持ちの良い部屋だなとルースは感想を抱く。
ガランとした空間の一方の壁には村の教会で見覚えのある物が見え、視線を落とせばその下部に、乳白色の半球が台の上に乗っている。
「村のと同じだな」
フェルが小声でルースに囁けば、それにルースも頷いた。
「今日のステータス確認は、どなたがなされますか?」
司祭から問いかけられれば「二人共です」とフェルが申告する。
「俺が先でも良いか?」
「どうぞ」
こそこそと打ち合わせをした2人に微笑んだ司祭は、こちらへと手振りで招き、フェルは司祭の傍まで近寄って行った。
「もう始めても、よろしいですか?」
司祭からフェルへと確認されれば「はい」とフェルはそれに答えた。
「それでは、始めます」
司祭はステータス掲示板の中央まで進み出ると、声を整えるように一つ息を吐いてからゆっくりと目を瞑った。
「“世界の理、万物なる尊き光よ。今この者へ与えしギフトを表し、この者の未来を導き給え”」
司祭の言葉が終われば、壁の掲示板が乳白色に光る。そして手元の半球が虹色へと変化すると、司祭がフェルを振り返った。
そして“どうぞ“というように司祭が脇に移動したところで、フェルは司祭が立っていた場所まで進み出ると、台の半球にそっと手を乗せた。
―ブワンッ―
虹色の珠が輝きを増し、上部の枠に文字が現れた。
~~~~~~~
『ステータス』
名前:フェルゼン
年齢:16歳
性別:男
種族:人族
職業:騎士
レベル:10
体力値:160
知力値:70
魔力値:0
経験値:51
耐久値:42
筋力値:55
速度値:50
スキル:加護
称号:―
~~~~~~~
壁の文字を凝視したフェルは、少ししてから手を離す。
「やべー俺、めちゃくちゃ伸びてる…」
小声で独り言をいいながらルースの隣へ戻ったフェルは、目をウルウルさせている様に見えた。
「では、次の方どうぞ」
あくまで事務的な司祭の声に促され、ルースはステータス掲示板の前までくると、一つ息を整え、半球へと手を添えた。
―ブワンッ―
虹色の珠が輝きを増し、再び上部の枠に文字が現れる。
~~~~~~~
『ステータス』
名前:ルース
年齢:16歳 (前回:15歳)
性別:男
種族:人族
職業:剣士
レベル:13
体力値:200 (前回:120)
知力値:95 (前回:80)
魔力値:100 (前回:88)
経験値:77 (前回:65)
耐久値:45 (前回:40)
筋力値:53 (前回:48)
速度値:55 (前回:48)
スキル:倍速・波及 (前回:倍速)
称号:―
~~~~~~~
ルースは表示内容を確認すると、添えていた手を離してフェルの隣へ戻った。
「それでは、以上でよろしいでしょうか。何かご質問はありますか?」
それを聞いたルースが口を開く。
「あの…ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ええ、勿論ですよ」
その返事を聞いたルースが、ためらいつつも話を続けた。
「ステータスの事ではないのですが、私が住んでいた村では、この魔導具は礼拝室の中にありました。ですがこちらでは別の部屋にあったので、それがなぜなのかと少し気になりました」
ルースの問いかけに、司祭は微笑んで答える。
「そういう事ですね…確かにそれは気になるでしょう。このステータス掲示板には設置する場所の決まりがないため、その教会ごとの判断で設置場所を決めています。その上で村の教会では多分、部屋が足りずに礼拝室に設置してあったのだと思いますが、町規模の教会では、個室に設置する所が多いですね」
と、そこで一度司祭は言葉を止め、困ったように微笑んだ。
「皆さんは、ご自分のステータスが他の人に見られることを、余り良しとしていないのですよ」
と言葉を添えた。
司祭は言葉を選んでいるが、要は、他人に見られたくないから個室にしろ、とでも言われたのだろう。
人が多い町は大変なのだなと、ルースは司祭の心痛も含めて納得した。
村の規模であれば皆知り合いであるし、ある意味あけすけに自分の事を皆に話したりもするので、別にステータスを見られても何とも思わないのだろう。
だが、町規模の人々となるとそういった間柄でもなく、人に言えない事の一つや二つはあるのだろうし、ステータスも秘密にしておきたいという事らしい。
「理解いたしました。ありがとうございます」
ルースが司祭へ礼を伝えると、2人は気持ちとして銀貨1枚ずつを渡し、宿泊先の宿へと向けて静寂に包まれる教会を後にしたのだった。
「なぁルース…夕食は、買っていって部屋で食べないか?」
ステータスの確認をしてからソワソワとしているフェルが、ルースへ提案する。
ルースは特にこだわりもない為「いいですよ」と、そのまま店に寄り食べやすい食料を購入し、ここでも利用している冒険者ギルドの宿へ、足早に戻っていったのだった。
―バタンッ―
部屋の扉を閉めてから荷物を降ろし、2人は床に座る。
「今日の買取りは、高値が付くと良いですね」
ルースが今日のクエストで納品してきた素材の話を始めれば、ソワソワしているフェルが食料を広げながらルースへ視線を向けた。
「そんな事より聞いてくれよルース」
唾を飛ばしそうな勢いで、早口にフェルが話す。
「そんな事…とは失礼ですね。で、フェルはステータスの確認をしてよかったでしょう?」
焦らすように、敢えて話に乗らないルースである。
そしてルースの焦らしに気付いたフェルが、黙ってパンを食べだした。
先程購入してきた食料は、固めのパンに細かくした干し肉が練りこんであり、それが食べなれた干し肉とは思えない程の旨味を出し、パン全体にからんで焼き上げてあるという、サンボラでは一般的な食べ物である。
しかしルースとフェルは、この町に来て初めてこのパンを口にしたときは、食べ飽きていた干し肉がまるで別物になっている事に衝撃を受け、その美味しさもあって今では2人のお気に入りとなっている。
後は生野菜を盛り付けて酸味のあるソースをかけたものと、果物。今日の果物はアプルだ。赤い果実は少し固めの歯触りで、腹も膨れるからと2人が好きな果物である。
閑話休題
そのパンを食べ始めたフェルに、ルースは微笑む。
「わかってますよ、ステータスですね?スキルも出ていましたね」
今まで出会ってから1年、その間フェルからスキルの話は一度も聞いた事がない。その為、先ほど浮かび上がったスキルを見て、今回発現したものであろうと思い至り、ルースは友人の成長を心の中で喜んでいた。
「そうなん…ゴホッ」
食べながら話し始めたフェルが喉を詰まらせ、慌てて飲み物を含む。
「うぅ…危なかった」
と、真っ赤になってしまったフェルに笑うと、2人はゆっくりと食事を摂りながら、フェルが話したがっているステータスについての話を始めたのだった。