【46】心からの感謝
「出発されるのですね」
ハーディーがカウンター越しに、そう声を掛けてきた。
今は冒険者ギルドがまだ賑わっていない朝の時間、ルースとフェルは早朝から冒険者ギルドへときて最後の食事を摂った後、ハーディーのいるカウンターで出発する旨、挨拶を済ませたところだった。
つい先日、2人はやっとD級へとそろって昇級し、これからは魔物の討伐クエストも出来るようになりましたねと、喜んでくれたハーディーだったが、冒険者ギルドの宿の件もあり、そろそろこの町を出る予定だと、先にハーディーに伝えてはいた。
2人は、F級の優待を最大限に使って今まで過ごしてきたのだが、D級へと昇級したことで特例措置も終了となり、それを機にこの町を離れる事にしたのだった。
「寂しくなりますね…町の皆さんも、お二人が居なくなると、残念がるでしょう…」
ルースとフェルは諸事情により、町中のクエストを多く受けて来た。その為、町の人にも知り合いが増え、道を歩いていれば色々な人から挨拶をされる位には、2人の顔は住人たちに知られるまでとなっていた。
「また頼むよ」
「この前はありがとう」
面倒なクエストを主に受け持って熟していた事もあり、そんな2人は住人達からの評判も良かった。
礼儀正しいルースと明るく朗らかなフェルは、カルルスでは割と有名人となっていたのだった。
それも今日で、2人は卒業する。
冒険者は、いつかこの町から出ていく者とわかっているが、2人がこの町を出ると住人に挨拶をしていれば、「今までありがとう」と果物を渡されたり、お菓子を差し出してくれたりと、ルースとフェルとの別れを惜しんでくれている様で、2人も2か月過ごしたこの町に、感謝の言葉で一杯だった。
そして今は、ハーディーとの別れの挨拶を済ませ、旅人姿でマントを羽織り、冒険者ギルドを後にしたのだった。
2か月過ごしたギルドの宿も、2人がいたという形跡すら消して、ガランとした部屋を見れば、ルースもフェルも何か感慨深いものを感じ、顔を見合わせて微笑みあった。
さあ、カルルスから出発だ。
こうして、冒険者としての最初の時間をこの町で過ごした2人は、まだ人通りの少ない町中を歩いて、カルルスの門まで向かった。
「フェル…あそこに」
小声でフェルに呼びかけたルースが指さす方を見れば、先日のクエストで見知ったノーラ・ロドロスの姿が見え、ルース達が歩く道を横切っていった。
そしてノーラと一緒に歩いていたのは、彼女の父親であるロバートの様に見えた。2人が楽しそうに話しながら消えていった方向を、ルースとフェルも「よかったな」と見送った。
噂で聞いたところによれば、早々にこちらへ越してきたロバートとノーラが、あの後大喧嘩となったらしく、ノーラは泣きながら怒っていたという事だった。
よくよく話を聞けば「私の為にそこまでするなんて」と、自分の為にロバートが犠牲になったのだとノーラが落ち込み、「そうじゃない」と力説するロバートとの会話が“大喧嘩“として広まったらしいと分かったのだが。
今見た限り、2人はとても仲の良さそうな様子だった事から、そのやり取りも落ち着いて2人はまた仲の良い親子へと戻ったという事だろう。
そうなれば、あとはノーラの結婚という祝い事が待っているはずだ。
「本当にカルルスでは、色々な人に出会いましたね」
「そうだなぁ。ルースから聞いていた話と違って、皆良い人達だったな」
フェルの言葉に、ルースは歩いていた足を止めた。
数歩先に進んだフェルが振り返れば、「何の事ですか?」とルースがフェルに尋ねた。
「ん?ああ…ルースが、カルルスに着く前に言っていただろう?町の人は “自分の利益を考えて動いている人ばかりだ“って」
フェルの返事に目を瞬かせるルース。
確かにそれは言ったが、それは“気を抜けば足元をすくわれるぞ“という意味で言ったのであって、町の人がそんな人だと言った訳でもない。それに親切にしてくれた町の人達には、ルース達も敬意を払って接してきたからの対応であって、ただやみくもに親切にされたという事でもない。
「フェル、ここではたまたま良い人達ばかりでしたが、これからも気は抜かない様にしましょうね」
「おう…」
しかしフェルの言った通り、カルルスの町は思っていたよりも、自分たちを気にかけ気遣ってくれる人がとても多かった。それはとても運が良かったのだと、ルースは思っている。
しかもカルルスはまだ、都会とは距離のある地方の町なのだ。
そしてこれから行く先では、良い人達ばかりとも限らない。マイルスもその点は十分に気を付けるよう、ルースへ言い含めていた。
「では行きましょう」
止めていた足を動かして、ルースがフェルと共に門へと辿り着けば、そこには銀の狩人と門番のサムが立ち、こちらをじっと見つめていたのだった。
手を上げてニコニコとしているカーター、真面目な顔のクーリオとスカニエルに、ニードとサムは少し眉を下げて微笑んでいた。
ルースとフェルは皆の前まで進み出ると、2人そろって頭を下げた。
本当にここにいる人たちには、とても世話になった。
サムには最初の日と血まみれの日に。そして言わずもがな銀の狩人とは、カルルスに来る前から世話になり、魔物に対する知識と戦い方、そして素材の取り扱いまで手取り足取り教えてもらった。
「「お世話になりました」」
2人は心からの感謝を伝えた。
そして顔を上げれば、皆は「うん」と一言いって頷いている。
「二人とも、随分と冒険者らしくなったよね。最初に道で見かけた時は、頼りない子供が肩を寄せ合っている様にしか見えなかったのに」
カーターが茶化した様にそんな事を言っているが、この言葉は2人にとっては本当の事であり、成長したと言ってくれていて正直嬉しい。
「おいっカーター、またそんな言い方をして…一言よけいだ」
いつもの様にスカニエルからカーターへ突っ込みが入る。
本当にこの2人はテンポが良いなと、微笑みながら少し斜めに考えていたルースだった。
「それにしても、本当に二人とも冒険者の顔になってきたね」
と、ニードが笑顔でフォローをしてくれる。
「ああ。もうこれからは、二人でも十分にやっていけるだろう。D級にも昇級したらしいしな」
クーリオも2人へ、労いの言葉をくれる。
「ほお…もうD級か。随分と早く昇級できたんだな」
サムがそう呟けば、「銀の狩人のお陰です」とルースは伝えた。
「こいつらは後輩の面倒見が良いからな。いつもヘラヘラしているが、冒険者としては立派な奴らだよ」
サムが、銀の狩人へ視線を向けながら言う。
「サムさん、ヘラヘラは余計ですってば」
と、カーターが眉を八の字にしながら反論すれば、お前の事だと笑いが起きる。
ルースとフェルは笑い合うその人達を見つめながら、ここまでの2か月を思い出し、少し感傷に浸りそうになっていた。
「余り引き留めては出立が遅れるから、カーターもそれ位にしておけ」
クーリオからそんな言葉がでれば、皆の表情が改まったものになる。
ルースは目の前の5人を見つめてから、再び深く頭を下げれば、隣のフェルも頭を下げた。
1.2.3.4.5…数秒かけてゆっくりと顔を上げれば、皆はまるで友人を見送ってくれるような、寂しそうな表情へと変わっていた。
「では、行ってきます」
敢えてそう言ったルースに、「行ってこい」と皆が声を掛ける。
「行ってきます!いつかまた皆さんに会いに来ますから、それまでお元気でいてくださいね!」
フェルが胸を張って伝えれば、
「おう」
「死ぬわけねーから安心してろ」
「二人も元気でな」
と様々な声が降ってきた。
それを受けて2人は歩き出し、大きく開いた門を潜ったところで振り返り、再度頭をひとつ下げると、ルースとフェルはもう振り返る事なく歩いて行った。
2人は朝日を背中に背負い、来た道とは逆の西へと進んで行ったのであった。
「あ~行っちまったな」
「そうだな」
カーターとスカニエルは、そう言って2人の背中を見つめていた。
銀の狩人は、いつも駆け出しの冒険者に手を貸し、行動を共にすることが良くあるが、ルースとフェルは何だかいつもよりも思い入れがある気がして、カーターは弟を見送るような気分になっていた。
「でこぼこコンビだったな」
クーリオが笑って言えば、皆が笑う。
「ルースは丁寧で勤勉だし、フェルは懐っこくてちょっと危なっかしいところがあって…」
とスカニエルが言えば、そのかたわらでニードは「カーターとスカニエルの様にはなってくれるなよ」と心の中で呟いていた。
こうして、カルルスで冒険者としてスタートしたルースとフェルは、新たな出逢いと記憶を求め、一路西へと旅立っていったのである。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
誤字報告も併せてお礼申し上げます。
明日も引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。




