【45】マジックバッグ
ルースとフェルはカルルスの残り一か月、積極的に外のクエストを受けて過ごしていた。
E級では魔物の討伐クエストこそないものの、町の外へ出れば途中で大なり小なりの魔物を見かける。
そうはいっても先日のビッグボアの様な危険な物がでた訳でなく、森の浅い場所にいるウサギの様な姿をしたアルミラージや、ネズミが大きくなった様なアースラットと呼ばれる魔物など、薬草採取時に見掛ければ2人はそれを狩り素材として解体してから、その日のクエストと共に冒険者ギルドに買取りをしてもらっていた。
そして薬草といえばルースは他の冒険者よりも詳しい為、クエストで受けていない貴重な薬草も見つけそれも買取りへと提出すれば、ある程度の金額になる事もあった。
お陰で少しずつではあるが目標金額に近付き、そろそろ2人で金を出し合って、マジックバッグを買う事も出来そうになっていた。
そして冒険者ギルドの宿を出るまで後3日という今日、クエストの完了報告したその足で、先日の道具屋へと足を進めているところだった。
「まだ、あると良いのですけど…」
一応目標とする金は貯めてみたものの、あれから既に一か月が経とうとしているのだ。店頭にあの商品が残っているのかもわからず、ルースはそれを心配していたのだった。
「まぁどうだろうな…俺は期待しないでおくよ。無かったら、ショックすぎるからな」
マジックバッグの話をすれば、一番喜んでいたのはフェルだった。もし買えなければと考えるのなら、初めから諦めておこうとしているらしい。
しかしマジックバッグがないと、旅で困る事は目に見えている。同じ商品でなくとも、貯めた金で同等の物を買えないだろうかと、ルースは独り言ちた。
そうこうしていれば道具屋へと到着し、四角いガラスのはめ込まれた扉を開けて、店内へと入っていった。
2人が、そのまま中古のマジックバッグ売り場へと進んで行けば、店主が気付いて声を掛けた。
「やあ、いらっしゃい。久しぶりだね」
細身の店主は柔らかな笑みを、2人へと向ける。
「「こんばんは」」
一か月振りだが、自分たちを覚えているらしい反応に、2人も自然と笑顔になる。
「中古のマジックバッグだね?」
「はい。ある程度お金が貯まりましたので、又見に来ました」
ルースの言葉に店主は、笑顔で頷くとそのまま店の奥へと消えていった。
それを見送ってルースとフェルは、中古のバッグへと視線を向ける。だが……先日目を付けていた商品はもう、店頭から消えていた。どうやら既に誰かに買われてしまったらしい。
こういった中古のバッグは、言ってしまえば1点物だ。新品であれば、同じ商品も在庫しているであろうが、中古は人が持ち込んたものを買取り、点検・清掃して再販売している物なので、同じ商品が何個もある訳ではない。
「ないな…やっぱり」
ポツリとフェルが声を出した。期待はしないと言っていたフェルも、声は沈んでいる。
「そうですね、では他に買えそうなものがないか、見てみましょう」
ルースは気持ちを即座に切り替えて、小さめのマジックバッグを手に取った。
今ここで一番小さなものは、アランから借りた物より一回り小さい、横幅20cm位のショルダータイプだ。
アランの物は中古でも100,000ルピルだと言っていたから、少々くたびれているコレは…と値札を見れば69,000ルピルとなっていた。
「おや?そんなに金を貯めてきたのかい?」
と、店主が店へと戻ってきて、ルースが手にしているバッグを見て聞いてくる。
「いいえ、以前見た巾着がなかったので、小さい物を見ていたのですが…手持ちでは買えない金額でした」
眉を下げたルースがそう言って店主を振り返れば、店主の手には、前回見ていたマジックバッグが乗っていたのだった。
それを見付けたルースが目を見開いたところで、店主は2人の前に、手に持っている商品を差し出した。
「君たちがコレを買いたい様だったから、お節介で店頭から外しておいたんだよ。暫く待って買いに来なければ、また店頭に並べれば良いだけだしね。あの後にも、中古バッグを買いに来た人もいたからね。隠しておいて正解だったかな」
2人の驚いた顔を楽しそうに見ながら、店主は店頭にその商品がなかった経緯を伝える。
前回この店に来た時、帰り際にまた見に来るとは伝えていたが、この商品を取り置きしておいて欲しい、とはお願いしていなかった。もし取り置いてもらってやっぱり買えませんとなってしまえば、申し訳がないからと思っての事だった。
しかし、その2人の様子からコレを欲しがっている事に気付き、何も言わずにとっておいてくれた様で、ルースは礼を言いながらそのバッグを受け取った。
フェルも満面の笑みを浮かべ、ルースの手元を覗き込む。
それは前回見たものと全く同じ綺麗な巾着で、値札もあの時のままだった。
30,000ルピル。
2人はこのマジックバッグを買うためにこの一か月、少しずつお金を貯めてきたのだ。これがあれば、この先の旅はもっと快適なものになるだろう。
「それは正規品のマジックバッグだから、安心して使える物だよ。品物は私が保証する」
ルースとフェルの動きがピタリと止まる。
正規品?
またルースが知らない話になりそうだと、ルースは店主へ向き直る。
「正規品と、そうでない品があるのですか?」
ルースの問いに店主は頷く。
「マジックバッグは魔導具協会の認可を受けたものが、正規品として流通しているんだよ。収容量と時間停止機能の検査を通ったものが、正規品だな。それ以外、たとえば収容量が小さい物や時間停止機能が低下している物、そういった物も出回っていてね、安く売っていたりするから注意した方が良いよ。たまに、正規品の値段で粗悪品を売っている店もあると聞くから、怪しい店では買わない様、覚えておくと良い」
ルースは大きく頷いて、マジックバッグも奥が深い物だなと感心する。
そして、この機に使い方も確認しておくことにする。
「あの…マジックバッグの使い方も教えていただけますか?」
買う前ではあるが、仕様や注意事項などを聞いておきたいルースである。
それに快く頷いた店主は、マジックバッグの説明を始めた。
「この商品は100倍入る…というのは前回話したと思うけど、それ以上入れようとしてもバッグが拒否するから、そうなったら無理に入れないようにね」
「拒否…ですか?」
「そう。マジックバッグ全般、中に物を入れようとすれば、バッグの入口に近付けると吸い込まれるようにして入っていく。だから、バッグより大きな物でも入れる事が出来るんだよ。出す時は取り出す物を思い浮かべて手を入れれば、その物から手に触れてくるから、それを掴んで取り出すことが出来る」
ルースは、アランのバッグでやった事を思い出して頷いた。
「それで、中に物が一杯で入らなくなれば、バッグが物を吸い込まなくなる。そうなったら無理に入れない様に。壊れてしまう原因にもなるからね」
「はい。それで中に入れたものは、混ざったり…たとえば、臭い物と食料を一緒に入れたりして、食料に匂いが移ったりはしませんか?」
ルースの質問に、店主は笑みを浮かべて話を続ける。
「皆同じことを考えるね、そこは疑問に思うだろう。…だた、どうなっているのか私もわからないんだけど、中の物同士が互いに干渉する事はないんだよ。だから、匂う物…たとえば魔物を入れているところへ、服を入れても血は付かないし、パンを入れても臭くはならないよ。便利だよね」
フェルもそれを聞き、ウンウンと頷いている。
「そしてこのマジックバッグで言えば、これは一番小規模な物で、バッグの大きさという意味もあるけど、正規品では収容量が100倍だと一番小さい物という事なんだ。正規品では100倍から1000倍の収容量が、一般に多く流通している。大金を積めば、無限に入れる事ができる物もあると聞くけど、ここ位の店では、とうていお目にかかれる物ではないだろうね」
と、店主は笑う。
その話を聞く限り、100倍入る一番小さい物の中古で30,000ルピルなのだ。小型のショルダーバッグで100倍入る物でも100,000ルピルはくだらない。そうなると無限に入るマジックバッグなど、フェルではないが桁がわからない位はするのだろうと、ルースはしばしそんな事を考えていた。
この後も、使用時に気を付ける事など細かく確認した2人は、一か月間頑張って貯めたお金で支払いを済ませると、念願のマジックバッグを漸く入手し、浮かれた足取りで、冒険者ギルドへと戻っていったのだった。
※作中のアースラットは、多分筆者の想像物です。土に穴を掘って生息しているイメージで、補正をお願いいたします。笑
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