【40】臨時パーティ
流石に帰ったその日は夜も遅くなったので、ルースとフェルはキニヤ村から帰った翌日に、借りていたマジックバッグと手紙をそれぞれに渡し、クエストは全て完了と相成った。
返却の際、マジックバッグを借りていたアランにバッグの事を教えてもらえば、それは見た目とは収容量が異なり、アランの物は見た目の100倍は入る物だという。
そのバッグの中には“時間停止機能“がついている為、食品の鮮度を保つために使ったり、それこそ倒した魔物をそのままバッグに入れれば、解体しないまま劣化もせずに持ち運べるらしい。
そして、入れたものの重さを気にする事なく持ち運べる、という優れものの魔導具だという事だった。
アランのバッグはこれでも小規模な物らしく、それすら中古でも100,000ルピルはするとのことだ。
100,000ルピルと言えば銀貨10枚、今のギルドの宿代1000日分だ。2人の日々の収入を合わせても、買えるのは随分と先になりそうな物であった。
そして手紙を渡したノーラの方はと言えば、2人の前で読んだ訳ではない為、その後どんな反応だったのかは分からないが、きっと大変な事になっているのだろうと想像する。
まぁきっと祝い事になるのだろうなと、ルースとフェルは顔を見合わせて笑った。
それから暫くはルースの声の事もあり、町の外に出るクエストを控えて町中のF級・E級クエストを熟し、気付けばカルルスに来てから一か月が過ぎていた。
「あと一か月で、他の土地へ移動する事にしましょう」
ルースは喉の引っ掛かりもなくなり、少し低くなった声でフェルへと伝える。
冒険者ギルドの宿での優待期間は最長2か月だ。
それも残すところ後1か月となった。
「あーそうか…この町に来て、もう一か月経ったのか…」
「そろそろ町の外で、クエストを受けましょうか」
「そうだな。ルースの魔法は、もう大丈夫なのか?」
そもそも、町の外でクエストを受けられなかったのは、ルースの魔法が使えなくなった為である。それが最近では、魔法の練習時にも安定して発動できる様になっていた為、ルースはもう大丈夫だと判断したのだ。
「はい。長い間すみませんでした。そちらはもう大丈夫そうです」
申し訳なさそうにルースが言えば、それはルースが悪い訳ではないと、フェルが言ってくれる。
ルースが不調だった間、思いのほかフェルが気遣ってくれ、クエスト先でのやり取りやギルドの対応も、率先してやってくれていたのだ。いつもはルースに頼りきりのフェルも、ルースが困っていれば自然に助けてくれる優しい男である。
「大声を出さなければ、問題ありません。では今日は、外のクエストを中心にみてみましょう」
そう話し合った2人は、冒険者ギルドへと移動する。といっても目と鼻の先なので、すぐに辿り着いてしまうのだが。
先にギルドで朝食を済ませてから、掲示板の前へと移動する。
この頃にはちらほらと、冒険者たちもギルドへと集まり始めていた。
「おはよう。ルース君、フェル君」
2人が掲示板を眺めていると、後ろから声が掛けられた。
振り返って見ればその声の主は、前に世話になった銀の狩人のニードだった。
「銀の狩人の皆さん、おはようございます」
「おはようございますっ」
ルースとフェルが挨拶を返せば、ニードの周りにいるメンバーも挨拶をしてきた。
「これからクエストですか?」
ルースが、ニードの手にする物を見て4人へ尋ねれば、肯定の頷きが返ってくる。
「俺達は、これから西の森へ行って、“ビッグボア“の討伐をするつもりなんだ」
ニードは、手にしているクエストの書類をヒラヒラと振る。
「ビッグボア?」
フェルが知らない単語にそう呟きをこぼせば、クーリオが大きな姿を覗かせてフェルを見る。
「なんだフェル、ビッグボアの姿を見た事がないのか?」
フェルに掛けられた言葉ではあるが、隣のルースもフェルと共に頷いた。
「ビッグボアは猪に似た魔物でね、とても旨いんだぞ?」
2人の動作を見たカーターは、そう言ってニヤリと口角を上げる。
「そんなこと言って、カーターが炎で焼いてしまえば、皮は使い物にならなくなるから止めてくれよな」
と、スカニエルがカーターを睨め付けた。
「では、肉も皮も素材になる魔物、という事ですね?」
ルースがそう声を掛ければ、ニードが苦笑しつつ「ルース君、ナイス」と呟いていた。いつもこの2人で延々と言い合いでもするのだろうと、それを聞いてルースも笑みをもらす。
「ああ。ビッグボアは、肉も皮も高値で売れる魔物でな。西の森で目撃情報があった様で、クエストが出ていたんだ」
と、クーリオが話を引きついてくれた。
「そうだ。2人がまだクエストを受けていなかったら、一緒に行かないか?」
ニードからそんな話が出るが、E級の自分たちが同行して良いのだろうかと、戸惑うルースとフェル。
「あのー。俺達E級なんですけど、それってE級のクエストじゃないんですよね?」
フェルが、ルースも思っていた事を聞いてくれた。やはりフェルは、少し頼もしくなったようだ。
「ああ、C級クエストだ。だが、C級のクエストでもC級冒険者と同行するなら、一緒に行く事もできる。まぁ言ってしまえば、俺たちのパーティに臨時で2人が加わるという体だな」
フェルの問いに、クーリオがそう説明してくれた。
それを聞いて、隣でうずうずしているフェルを見たルースも頷く。
「では、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか」
ルースの言葉に、銀の狩人はそろって歓迎してくれたのだった。
こうしてルースとフェルは思いもよらず、ビッグボアのクエストに同行させてもらえる事になり、装備等をしっかりと確認してから、6人はカルルスの町を出発した。
「俺達、町の外のクエスト…魔物の討伐は初めてです」
ギルドからずっと興奮しているフェルが、ニードにそう話している。
「おや?そうだったのか。てっきりもう討伐クエストも、受けていると思ってたよ」
銀の狩人と以前会った時、ルースとフェルはガルムを倒しているし、ニードは既に、魔物と戦う位はしていると思っていたらしい。
「ニード、もともとE級じゃあ魔物討伐のクエストもないだろう」
「あ~そうだったな」
とスカニエルが話せば、ニードも納得した。
「それもそうですが、私が魔法を使えなかったので安全を考慮して、町中のクエストばかりを熟していました」
ルースは、先頭を歩く2人の後ろから、そう話す。
「ん?魔法が使えなかったのか?」
そこで、魔法使いであるカーターが、ローブをなびかせながら尋ねれば、「ルースは声変わりだったんです」と、フェルが説明した。
それは4人共すでに経験してきた事で、皆が“あ~“という顔になる。
「俺はすぐに治ったけど、でっかいクーリオは暫く大変だったよな~」
「でっかいと言うなよ、カーター」
そう言ってクーリオが渋面を作る。
確かに大柄なクーリオの声は、他のメンバーよりも声が低い為、子供の頃よりも随分と変わったのだろうと想像する。
「2人共、今日は見学してくれてても良いぞ?」
とスカニエルが話を戻せば、皆が頷いてくれる。
「いいえ。今日は参加させていただいて、勉強させていただきます」
ルースが素直に思っている事を伝えれば、「ルース君は本当に丁寧だよね」と、ニードが顔を綻ばせた。
そういうニードも、ルース達を呼び捨てにせず敬称をつけてくれている。そこでルースは、自分達への敬称は不要であり、銀の狩人の皆には気安く名前を呼んでもらいたいのだと、ニード達へ伝えておいた。
「俺も手伝います!」
そしてフェルも元気にニードへアピールするが、果たして自分達はビッグボアと戦えるのだろうかと、知らない魔物に対する知識を欲するルース。
「そのビッグボアは、どういった魔物ですか?……味ではなく」
と話の途中、カーターの目が輝いたのを見て、ルースは一言付け加えた。
それに気付いたらしいクーリオが、笑いながら答える。
「はははっ、味じゃない方だな?ビッグボアは、猪みたいな魔物だな。猪は見た事あるか?」
聞かれたルースとフェルは、首を振る。
「俺は、食べた事しかないです」
とフェルが言えば、ルースも同じだと答える。
「そうか猪もないか。まぁ…一言でいえば、向かってくる」
「向かってくる?」
「ああ。ビッグボアにこちらを認識されれば、勢いよく突っ込んでくる。体長は個体差があって幼体なら80cm位、成体なら3m位はあるな」
クーリオの話に、他の3人も頷いている。
「それで素早いだろ?向かってこられると、ついつい魔法を放っちゃうんだよな。ヘヘッ」
カーターは笑っているが、確かに身を護る為とっさに魔法を使ってしまうのは、当たり前だなとルースは思う。
「だめだぞ、燃やしちゃ」
ここでも、スカニエルの突っ込みが入る。
「カーターは離れて、ビッグボアが逃走しないように、魔法で誘導を頼むよ」
とニードが方針を伝える。
「はーい」
「で、前衛は俺とクーリオ、ルースとフェルは、後衛を頼むね」
「「はい」」
「猛スピードで向かってくるから、気を付けて」
2人はニードの言葉にしっかりと頷き、こうしてビッグボアの情報を共有しながら、銀の狩人と一緒に、西の森と呼ばれる場所へと、足を踏み入れたのだった。
いつも拙作にお付き合いいただき、ありがとうございます。
明日の朝は、『シドはC級冒険者』の番外編を投入いたします。
こちらの本編は完結しておりますので、まだお読みでない方もご一読下さると幸いです。
併せてお付き合いの程、よろしくお願いいたします。