【39】泣きっ面に蜂
「すんげー疲れたな…」
「はい」
2人は歩きながら、そんな会話をしていた。
先程切り出した素材は、牛のクエストで借りたマジックバッグに入れさせてもらった。一応、帰りは使って良いと言われていたこともあり、肉は布で包み、皮と一緒に入れさせてもらっている。その為、荷物の重さは変わっておらず、それだけはとても助かっていた。
先の戦闘で疲れてしまった2人は、言葉少なく、黙々とカルルスを目指して歩いて行った。
やはりあそこで時間を取られてしまったために、朝出てきた村からは夕方までに着く事が出来ず、辺りは夕闇に染まりつつある。
予定では、早々にカルルスに戻るつもりでいたのだが、これは仕方がないとはいえ、少々キツイことは確かである。
「なぁ…今日中に戻れるかなぁ」
「たぶん…」
ルースから心もとない返事が返ってくるも、疲れ果て、突っ込む事さえできないフェルであった。
服も魔物の解体で汚れてしまっており、早く帰ってさっぱりしたいのにと、2人はそんな事を考えつつ、夜遅くになって、やっとカルルスの門前へと辿り着く。
だが、辿り着いた時にはもう夕食の時間をとうに過ぎている頃で、その為大きな門は閉ざされていた。
取り敢えず、門の横にある小さな扉へと向かってみる。
「開けてもらえなければ、野宿って事か?」
「ええ…」
2人のしおれた声が、夜の闇へと溶けていく。
門が締まっているカルルスを初めてみた2人は、夜勤で配置されている門番がいる事も知らずに戸惑っていたが、扉を叩いてみるしか方法が浮かばず、それを叩く。
コンッコンッ
すぐに中から反応があり、カチャリと鍵を開ける音がして扉が開いた。
しかし、ガルムの血で汚れた少年2人が暗闇の中で立っている姿に、ギョッとして狼狽えた門番は槍を向け、動かない2人へと声を掛けた。
「…人間か?」
「「………」」
まさか、そんな問いかけがくるとは思っていなかったルースとフェルは、血で汚れている自分達を忘れて固まっている。
「おいっ」
再度声を掛けられ我に返ったルースが、ペコリと頭を下げてお辞儀をした。
「こんば…は。とぉれま…か?」
とぎれとぎれの言葉で一層怪しさを増してしまった2人に、更に槍を突き出されて後退るルースとフェル。
「え?夜は通っちゃダメなのか?」
フェルが困り果てて声を出す。
「怪しい奴らだな…」
容赦のない言葉を掛けられ固まる2人は、自分たちの姿を確認してルースが眉を下げた。
「俺達は、怪しいものじゃないです!E級冒険者のフェルとルースです!」
焦ったフェルが、そう大声で訴える。
フェルの大声を聞きつけたのか、門番の後ろから別の人物が顔を出した。
「おや?君たち、どうしたんだ?その恰好は…」
そう声を掛けてきたのは、銀の狩人と一緒にいたときに見掛けた門番のサムだった。
「サム、知ってる奴か?」
「ああ。前に、別の冒険者と一緒にここを通った少年達だよ。それで、どうしたんだ?その血は…」
サムは門番と話してから、続けてルースとフェルへ問いかける。
ルースが解体の時に付いた血で、服が汚れている事を聞いているのだろう。
「これ…まものの処理で…」
ルースの解体技術が未熟なため、服を汚してしまったと言いたいのだが、うまく説明する事ができない。
「ん?魔物と言ったのか?…確か冒険者登録は、したばかりのはずだったな?」
「はい。俺達はまだE級です。さっきキニヤ村から戻ってくる途中で、魔物に襲われて…」
フェルがそう伝えれば、門番2人の顔色が変わる。
「おい…」
「ああ…」
門番たちに緊張が滲む。
「怪我はなさそうだな。魔物が出たのはどの辺りだ?」
最初に立っていた門番が、2人へ尋ねる。
「この先の道、森が近付く辺りです。ここから半日位の場所でした」
と、フェルが大体の場所を伝える。
「この前も、あちら側で出たって話だな。今度はこっちの道か…」
「物騒だな…」
そう門番たちは話しているが、早く町に入りたいルースとフェルは顔を見合わせた。
「あぁ…悪い。一応、冒険者カードを出してくれるか?」
そう言ったサムは、2人の冒険者カードをもう一人の門番と確認し、ルースとフェルへやっと町へ入る許可が出た。
「悪かったな」
門番はそう言って謝ってくれるが、怪しい者を町へ通さないのが門番の仕事だ。
「お騒がせしました」
と2人は謝って、無事に町へと入っていく。
やっと入れた町も、2人の血で汚れた服は目立つ様で、すれ違う人もこちらに気付けばギョッとした顔をする。
これは早く帰って着替えなくては…。2人は足早に、冒険者ギルドへと入っていったのだった。
やっと冒険者ギルドへ入ればもうほとんど人はおらず、数人が奥のテーブルで食事をしている位で、後は受付に立つ職員一人だけだ。
ルースは、この時間に職員がいる事に驚くも、まぁ扉が開いている以上、職員はいないとおかしいのか、とも思う。一応冒険者ギルドへ来てみたものの、もしかしたら、もう業務は終了し職員も不在なのではと心配していたのだった。
2人が受付まで行けば、汚れた服を着た2人に驚いた顔を見せた職員だったが、そこはやはり冒険者と接しているだけあり、すぐに冷静な顔へと変わる。
「こんばんは。まだ窓口はやってますか?」
フェルがそう声を掛ける。
「こんばんは。遅くまでご苦労様です。はい、まだ業務は行っていますよ」
にっこり笑って話をしてくれる職員は男性で、胸元のプレートを見れば“フランク・ローパ“と書いてある、2人は初めて見る職員だった。
「えっと…クエストが終わったので、その報告をしたいんです」
フェルがルースに代わりそう話すと、隣のルースはクエストの書類をフランクの前に出した。
「はい。では処理をさせていただきますので、カードもご提示ください」
言われて2人は、慌ててカードを出す。するとフランクは、テキパキと作業を進めて行ってくれた。
「では、こちらのクエスト2件は完了です。それにしてもお二人は、魔物にでも会われたのですか?」
血で汚れた衣服をまとった2人へ、フランクが心配そうに声を掛ける。
「あ…すぃませ…。よごれて…」
ルースが申し訳なさそうに眉を下げると、フェルが続きを引きついだ。
「クエストの帰りに、ゴブリンとガルムが出たんです。そのガルムを解体した時に、服が汚れてしまいました」
フェルの服も、ガルムを動かす手伝いをした時に血がついてしまい、2人共汚れている状態なのだ。
「そうでしたか。お怪我がないようで安心しました。ところで今、ガルムと言われましたか?」
フランクが2人へ視線を向ければ、ルースは牧場のアランから借りているマジックバックから、ゴブリンの耳とガルムの素材を取り出し、フランクの前に置いた。
それを見たフランクは、目を見開く。
「ガルムですね…」
そう呟いたフランクへ遭遇した場所も話し、それは森から出てきたと言えば、納得したようだった。ガルムは森の中にいる魔物なので、たまたま遭遇したルース達は、運が悪かったという事の様だ。
「それで、これの買取もお願いします」
「では、確認いたします」
ガルムの素材を見ていくフランクだが、段々と眉が下がってきた様に見える。
「解体は、初めてでしたか?」
その言葉に、2人は素直に頷いた。
「そうですよね…まだE級でしたね。という事は魔物にも初めて会いましたか?」
「いえ、ゴブリンとガルムは初めてじゃないです。前にも戦いました」
フェルの言に何かが思い当たったのか、フランクは2人の情報を魔導具で確認していた。
「ああ…先日のガルムが出た時に、居合わせていた方々でしたか」
「はい。その時は、銀の狩人の人に解体してもらったんで、自分たちで解体したのは初めてでした」
フェルの話に納得したのか、フランクが頷く。
「初めての解体であれば上出来…というところですが、素材としては少し値が下がりますね。それでもよろしいですか?」
「はい」
「では、ガルムの方はお預かりして、後日ご入金させていただきます。ガルムとゴブリンは、ポイントを加算しておきますね」
「ポイントを加算…?」
そこでフェルが呟いた。
「ええ。クエストや魔物にはそれぞれ、ポイントが設定されています。先日のガルムもそのポイントが加算されて、お二人はF級からE級へと昇級したのです。そして今回のゴブリンとガルムも、本日ポイントを加算させていただきます」
フランクはそう言って、手際よく魔導具へ入力してくれた。
「あり…とうござぃます」
話し辛そうにしているルースへ、フランクが笑顔を向ける。
「冒険者になりたての人達には、声変わりの方もよくいらっしゃいますから、気にせず話して下さって大丈夫ですよ」
と、男ゆえの苦労を解ってか、そう言って気遣ってくれるフランクであった。
「あり…とぅござぃます。それで…かぃたぃのコツ…ありますか?」
上手く解体できなかったルースは、何がいけなかったのかを知りたくてフランクに尋ねれば、フランクは快く目の前の素材を使って教えてくれる。
「まずは血抜きをしますが、時間がなければ内臓を傷つけない様、この肉の部分…このように筋肉の繊維が通っています。それに沿って刃を当てると、力むことなくきれいに切り分けできるそうです。それから、皮をはぐときは、後ろ…ガルムで言えば尻尾の方から刃を入れると、抵抗が少ないと聞いています」
ルースはそこまで気にしていなかった為、皮は頭の方から刃を入れて剥いだのだ。そういえばスカニエルも、尾の方からやっていたなと思い出し、「勉強になりました」とフランクへ、しっかりと頭を下げたのだった。