【37】帰路
翌朝ルースはパチリと目を覚ますと、今どこにいるのかを思い出し、まだ薄暗い部屋でゆっくりと起き上がる。
フェルは寝ているらしく、布団がこんもりとしていた。
家の中の気配を探るもまだ静かなもので、ロバートさんも寝ているのであろうと思う。
ルースは音をたてない様に気を付けながら、剣を持ってそっと部屋を出ると、昨日案内された居間を抜けて、外へと出て行った。
それから、家の前で素振りを始めたルースは、ただ黙々と昇り始める陽の中で、無心に剣を振るっていたのだった。
しばらくして家の扉が開き、ロバートが顔を出した。
「おはよう。ルース君は早いね。朝食が出来たから、そろそろ入っておいで」
「おは…ぅございます。はい」
ルースが言われて家に入れば、テーブルには朝食の用意がしてあり、その横でフェルがスープを運んでいた。
「ルース、おはよう」
「おは…ぅございます」
そう言って入ってきたルースが剣を置けば、3人は席に着き朝食を食べ始める。
「いただきます」
「あー旨い」
温かなスープを口に入れたフェルが、感想をもらす。
フェルが言う通り、カブや大根など色々な野菜を入れて煮込んだスープは、朝にぴったりの優しい味がする。
今朝のロバートは、昨日の重たい空気がなかったかのように振舞っていた。
娘の大事な事柄が書かれて手紙だったのだ。きっと、2人の前では無理をしてくれているのだろうと、ルースは感じていた。
3人の食事が終われば、2人は出発の準備に取り掛かる為、一度部屋に戻る。
「よし。布団も畳んだし、忘れ物もないな」
ルースが話し辛いので、代わりにフェルが室内の点検に声を出す。
ルースはフェルに頷くと、剣を腰から下げてロバートのいる居間へと出て行った。
テーブル席に、ぼんやりと腰かけていたロバートが、2人に気付き頷いた。
「色々とお世話になりました」
フェルが話せば、ルースもお礼を伝える。
「いや、何もない所で悪かったね。昨日は2人がいてくれて良かったよ…」
ロバートは眉を下げて、懐から丸めた手紙を取り出した。
「これは、私からノーラへの手紙なんだが、届けてもらえないだろうか」
と、ロバートが2人の前に、その手紙を差し出した。
ルースとフェルは一度顔を見合わせて頷きあう。2人はこれからカルルスに戻るのだし、どのみち依頼主にも報告に行く為、手紙を預かったところで“ついで“になるのだ。
「はい。勿論かまいません」
フェルがそう言って受け取れば、それをまたルースへ渡す。大事な物…というか、書類関係はなぜかルースが持つ事になっている様だ。
それを黙ってルースが受け取れば、ロバートがもう一度、2人の前に手を出してきた。
「なんでしょうか」とロバートの手の前にフェルが手を出せば、その手の上には500ルピルが乗せられていた。
「ロバ…トさん、ついで…すので…」
ルースがそう言えば、ロバートは首を振る。
「これはクエストにはならないかも知れないが、ちゃんと料金は払うよ。その方が私も気兼ねなく、頼むことができるからね」
ロバートにそう言われてしまえば、返す言葉もない。
その言葉にルースが頷けば、フェルが「しっかりノーラさんにお渡しします」とロバートへ笑顔を見せた。
しかし、ロバートはいつこの手紙を書いたのだろうか、とルースが考えていると、その顔を見たロバートが苦笑する。
「昨日の夜は、流石に眠れなくてね…時間も持て余していたし、君たちも居るうちにと、ついつい手紙を書いていたんだよ」
であれば、ロバートは殆ど寝ていないという事だろう。
「なに、体調も悪くないし、1日位寝なくても大丈夫だよ」
とロバートは笑う。
夜中に書いていた手紙なら、文字が見え辛く大変だっただろうな、とルースは親の思いに、心が温かくなるのを感じた。
「昨日の夜、あれからずっと考えていたんだ。娘の杞憂が私なら、私が動けば良いだろうってね」
そう言いながらロバートは、2人に微笑みかけた。
「その手紙には、私が村を出てカルルスに移住する旨を綴っているんだ。きっとノーラが読んだら、驚くだろうとは思うんだけどね」
「え?この村を出て、カルルスに行くって事ですか?」
フェルがビックリして、そう問いかける。
「良縁なのは確かだろうし、ノーラの懸念は私だ。その愁いをとる為には、私がノーラの傍に行けば済むからね。私は、そう決めたんだよ」
2人へ向けて、ロバートは優しく微笑んでいる。
ルースもフェルも、このロバートの件については口を出す権利はない。なので、ただ黙ってその言葉を受けとめるに留めた。
きっとロバートは、ノーラの手紙の中に含まれる思いをくみ取って、一晩中、考えていたのだろう。自分が住んでいる場所を離れてまで、娘の為に決断をするということは並大抵の覚悟でなないはずだと、ルースは親子の絆と思いの深さが心にしみいると同時に、羨ましさも感じる。
それにしてもそんな大切な事を、2人に伝えてしまって良いのだろうかとルースは心配するが、ノーラには話さないでくれと口止めはされはしたが、ロバートには特に気負いもないようだった。
昨日手紙に目を通してしまった2人に、きっと、気になるだろうからと話してくれたのだと思う。
ロバートからノーラへの手紙を託されたルースとフェルは、その大切な手紙を渡すべく一晩の恩に礼を伝え、再びカルルスの町へと出発したのだった。
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キニヤ村を出発した2人は、順調に北上する。
歩みの遅い仔牛もいない事で、2人は自分たちのペースで…いや、体力づくりの為、少しペースアップして歩いている。
ギルドでクエストを受けてから3日間を要してしまったが、帰路に手紙を預かった事で、ロバートさんから臨時収入も得た。
従ってクエスト全体で見れば、3日で2500ルピルとなった。こちらの面では、嬉しい誤算となったのである。
2人は何とか、今日中にカルルスへと戻る予定にしている。
日程がずれ込んでしまった事もあるが、早くこの手紙をノーラへ届けたいと、ルースもフェルもそう考えていた。
そして2人は休憩もそこそこに、道を急いでいた。
「フぇル…います…」
ここは、村を出てから半分程の距離に位置する場所だ。
ルースの声にフェルが振り向けば、ルースの顔には険しさが表れている。
「どうした?」
「1キロ…先の森…魔もの…です」
「こっちに気付いているのか?」
フェルも、少しは状況を判断できるようになってきた様で、詳細を確認しようとルースにそう問いかけるも、ルースは首を振り「わかりません」と言う。
「うごき…ないです。今のところ…」
「そうか…まぁ進まない訳にも行かないからな。このまま進むんだろう?」
フェルもあれから毎日、ルースと剣の練習をしているだけあって、フェルは剣の腕を上げている。
この感知した魔物が何かはわからないが、このままここにいても先には進めないのだ。
ルースとフェルは、なるべく気配を出さない様に気を付けて進む。そうは言っても、少年が気配を消したつもりになっても、然程効果はないのだが。
こうして進んで行けばハーディーから聞いていた一か所、森が近付く場所がある。道からは距離がある森だが、魔物が潜むには十分な場所だった。
ルースがその森を指させば、フェルが頷き返す。
気付かれぬように声を出さず、2人はそこへと差し掛かる。
だが、やはり向こうも気付いていた様で、近付いてきた2人へ向かって、森からキラリと光るものが飛び出してきた。道から森までは400m位離れているが、そこから何かが飛んできて、2人よりずっと手前に刺さる。
矢だ。
そして、続けて飛び出してきた魔物は、姿を見ればゴブリンが3体。
だが、ゴブリンが矢を射る事を知らない2人は、別の魔物も含まれているのかと焦る。
「ゴブリンと…矢?」
「まず…向かってくるもの…集中…てください」
「おう」
「道から出な…でくださぃ」
「おう」
なぜ、道から出てはいけないのかフェルには分からなかったが、今は言う通りにする。
すると、走ってきていたゴブリンが道まで来て、2人と対峙する。2匹はこん棒を、1匹は先の欠けた剣を振り回して、2人へかかってきた。その間にも、森から矢は飛んでくるものの、飛距離が足らずに2人の下へは届かない。
ルースはそれを見越して、みずからが射程距離に入らない様、道から出るなとフェルへ伝えていたのだった。
『ゴギャー!』
『ブュギー!』
ゴブリンは3匹いるが、2人は既にゴブリンとは戦ったことがある為、落ち着いてそれらに対応している。
だが、問題は弓だ。
あれは木々に姿を隠すようにしている為、ルースの魔法も届かず対応が難しいのだ。
矢を射るものがこちらへ出てきてくれないものかとルースが考えていると、仲間の劣勢が分かったのか、弓を持ったゴブリンが森から姿を現し、2人の傍へと走ってくる。当然矢を放ちながら、ではあるが…。
その姿を確認したルースは、こちらへ出てきてくれた事とそれがゴブリンであった事に、正直ほっとした。
そしてどんどん射程距離をつめてくるゴブリンアーチャーの矢が、偶然にも2人と戦っていたゴブリンを射抜いた。
『ギャーッ!』
そう叫んで1匹のゴブリンが倒れれば、あとの2匹も次々と切り付けられ、倒されていく。
ゴブリンアーチャーも、姿が完全に見える位置まで来て矢を放っていた。
だがそこまで近付けば、こちらからも射程距離である。ルースは慎重に1言1言を紡いで、魔法を放った。
「“風の刃“」
ルースの魔法は1回で成功し、ゴブリンアーチャーを切り裂いた。
『ギャアアアー!!』
当たったゴブリンは断末魔の声を上げ、2人を狙ったゴブリンの奇襲は、こうして失敗に終わったのであった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
明日も引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。