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【36】お節介

「おじゃまします」

 ルースとフェルがロバートに促されて家の中に入れば、そこは居間の様ですぐ横に台所があり、2人には見慣れた大きさの建物であるらしかった。

 そして気付けば、美味しそうな匂いもしている。

 そういえば先ほどロバートが、夕食を作ったと言っていたなと思い出す。

 “ぐぅー“

 ルースの隣から音が聞こえてそちらを見れば、さすがのフェルも赤くなって苦笑していた。


「あぁ、お腹が空いているよな。座っててくれるかい?」

 とテーブル席を勧められ、2人は剣を外してそこへ腰かけた。


 程なくすれば、台所から2人分の深皿を持ったロバートがやってきて、2人の前に置く。ゴクリと喉が鳴ってそれを覗き込めば、赤いスープに赤い野菜や白い野菜など、ゴロゴロと具だくさんのスープが湯気を立てていた。

 ロバートがパンなどを持ってきて料理が並べられ、3人はそろって夕食をいただく事になった。


「「いただきます」」


 一口スープを口に含めば、少し酸味があるがまろやかな味で、それに肉のうまみが絡み、体に染み渡るように入っていく。


「旨い…」

 フェルの声にロバートが目尻を下げる。

「そうか。口に合った様で良かったよ。何せ男の一人暮らしだから、割とこんな料理ばかりなんだ」

「おぃしいです」

 ルースもちゃんと伝えたくて声を出すが、やはりかすれてしまっている。


「おや?声変わりかな?」

 ロバートに聞かれ、ルースは素直に頷く。

「うちには娘1人しかいないから、何だか新鮮だな」

 そう言ってロバートは、ルースに微笑みかけた。


「ノーラさんと2人家族ですか?」

 と、フェルが唐突に尋ねるので、ルースがフェルの服を引っ張れば、ロバートが笑って「そうだよ」と言う。


「妻を早くに亡くしてね、娘と2人きりなんだよ。その娘も今は、カルルスの宝飾店で働いているんだけどね」

 テーブルの隅に置いたまだ読んでいない手紙を、ロバートは切なげに見る。

「先に読まれな…くて、よか…たのですか?」

 ルースは、未読の手紙を見ているロバートに尋ねた。


「最近、文字が読み辛くてね…明日、明るくなってから読もうかと思ってるよ」

「目が…ぉわるい…ですか?」

「いや、年齢からくるヤツだよ。小さい文字が見え辛くなってね。明るい所ならまだ、何とか読めるから大丈夫だよ」

 と、ロバートが苦笑してスプーンを動かす。


 そこで視線を感じたルースがフェルを見れば、フェルは目線で何かを言っている。それがもし「ルースが読んでやれよ」という事なら、ルースの声は聞き取り辛いのだから、それは無理というものだろう。

 そう思ってルースが首を横に振れば、フェルは「じゃぁ俺が…」と小声で言う。フェルがそう言うのであればと、ルースは苦笑する。


 食事も終われば、ルースはテーブルの食器を下げる手伝いを申し出る。

「ありがとう」

 ロバートと2人で台所までそれを運ぶ。


「俺が、ノーラさんの手紙を読みましょうか?」

 台所にいた2人の後ろから、フェルがそう声を掛けた。

 言われたロバートは少し迷った顔をしたが、「じゃあ、お願いしようか」と言って、3人はテーブルまで戻っていった。


 ロバートが手紙の紐をほどけば、パラリと広がったそれには、優美な文字がチラリと見える。

 ロバートから差し出された手紙を受け取ったフェルは、コホンと喉を整えるように咳払いすると、姿勢を正して読み始める。


「愛する父さんへ。元気にしていますか?私は元気にしています。ここしばらく、家に帰っていなくて、ごめんなさい。お店が少し忙しくて、なかなかお休みが、まとまって取れずにいます。ですが、もう少ししたら、会えると思うので、それまでは、もう少し待っていてください」

 ここまでフェルは、一気に読み上げる。


「ノーラは宝飾師でね、午前中は家でデザインをして午後は店で接客をしているらしいんだよ。繁盛店らしくて、なかなか休みが取れないと前に言っていたんだ」

 と、ロバートがノーラの話をしてくれた。ロバートの一人娘は忙しくしていて、なかなか帰ってこれない様だ。


 そしてフェルは一息つくと、また手紙を読み始めた。

「実は先日、つとめ先の…ほうしょく店で…こよう…ぬし…から…」


 ルースは隣でフェルを見つめていたが、どんどん言葉の流れがよどみ始める。

 聞いている限り、特に難しい事を書いている訳でもなさそうだが、どうしたのだろうかとルースが思っていると、フェルが手紙から顔を上げて、泣きそうな顔でルースを見た。


「ど…しました?」

「ルース…代わってくれ」


 そう言われてルースがロバートを見れば、口元を隠しても肩が小刻みに動いている。どうやら笑っているらしい。

 それはそうであろう。

 自分から読ませてくれと言っておいて、読めませんので代わってくださいと言われれば、何の冗談かと思うだろうが、どうもフェルが考えていたより、手紙の読み上げは難しかったらしい。


「ロバ…トさん、すこし聞きづらぃかも知れま…んが、代役でわたしがお読み…ても?」

「ああ。じゃあ…ルース君だったかな?頼めるかい?」


 ロバートの優しさに頷いて、フェルから手紙を受け取る。多分ゆっくり読めば、何とかなるだろう…。


「実はせんじつ、勤め先…宝飾店で、雇用主から、私への結婚の…話がありました」

 ルースがここまで読めば、ロバートの喉がヒュッと鳴った。聞こえたルースが顔を上げると、ロバートは手紙を凝視している。ルースは、そっと視線を戻して続ける。


『そのお相手は息子さんでした。雇用主である“ハートランド“さんにはとても良くしていただいている中で、息子さんである“ネッド“さんとも、一緒に店で働いていて顔を合わせています。優しくてとても素敵な方です。

 そしてそのネッドさんが、私の事を気に入ってくださってこのお話が出たそうです。ただの従業員に過ぎない私には、とても良いお話である事は解っていますが、でも、このお話は辞退しようと考えています。

 お店が繁盛している事もあり、今までも里帰りが難しく、年に一度しかできなかった事を考えると、結婚をしてしまえばきっと、お父さんに会う事が難しくなるのは目に見えています。だから私は辞退を伝えて、今のお店を辞めようと思っています。

 それで一度そちらに戻ろうと思っていますが、突然帰ってきて驚かない様、先に手紙を書いて送ります。大好きなお父さんは、いつまでも私の味方でいてくださいね。ノーラより』



 ルースが読み終わると、室内に静寂が訪れる。

 手紙から顔を上げれば、向かいに座るロバートが目に入り、ルースは又視線を落とす。

 今の手紙は、自分たちが見てよかった物なのか…そう思ってフェルを見れば、フェルも何ともバツが悪そうな顔でルースを見ていた。

 完全に個人の話で、尚且つ、嬉しさと寂しさが滲み出ていてた手紙だ。良い結婚ではあるものの、父親と会えなくなるのが辛いのだ、と言っている様にも見えた。

 父と娘しかいない家族の絆は、親のわからないルースであっても、容易に想像できる物だった。


「そうか…」

 その時ロバートからかすれた声が聞こえ、ルースは顔を向ければ、少し泣きそうに見えるロバートの、口元が動く。

「あいつももう22だからな…。考えていたつもりだったが…そうか、結婚か…」

 ルースとフェルが口を挟むことは出来ない。これは2人の…親子の問題なのだ。


「ルース君、読んでくれてありがとう。一人で読んでいたら、色々と大変だったかも知れないよ…」

 ロバートは2人に気を遣ってか、そんな事を言ってくれる。

 ルースは首を横に振り、「出過ぎた真似をしてすみません」と謝る。


「じゃあ、腹も膨れた事だし、部屋に案内しよう」

 そう言ってロバートは何事もなかったかの様に立ち上がると、奥へ続く扉を開けて2人を部屋に案内してくれた。

「この部屋は使っていないから、好きに使ってくれ。今、布団を持ってくる」

 と、ロバートは別の部屋から2人分の布団を持ってくると、「床で悪いが」と言いおいて部屋を出て行った。


 2人は渡された布団を床に並べ、寝床を作る。

「なぁルース…俺って余計なことをしたかな…」

 少ししおれているフェルがルースに尋ねてきたため、ルースは自分の意見を伝える。

「ぃいえ、わたしはそうは、思いません。フぇルは手紙…内容を知らなかった訳ですし」


 フェルも、読んだ内容が内容だったために、個人の事に触れてしまったと後悔しているようだ。きっとフェルはもっと気軽な内容…たとえば“来週帰るからね“とか、そういう物だと思っていたのだろう。今回は、ロバートさんから逆に気を遣ってもらったほど、寛容な人だった事に感謝する。


 荷物を下ろしたルースは、フェルに向き直る。

「気…しなくてぃいと思います。ロバ…トさんは何もぃっていなかったでしょ…?」


 フェルは顔を上げて頷くと、「そうだな」と気持ちの切り替えをした様だ。

「ああ…そうぃえば、剣のれんしゅうができなかった…で、明日はキッチリ…やりますから…」

 とルースは言葉を添えた。

「うげっ」とフェルが大きな溜息を落として、2人のキニヤ村の夜は、こうして更けていったのだった。


拙作にお付き合いいただき、ありがとうございます。

毎日更新中です!

引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。

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