【35】配達先
翌日の夕方前には、キニヤ村へ無事到着し、今2人は村の入口に立っていた。
仔牛を連れていた為、2人で歩く時よりも当然ペースは遅くなったが、まあ、それでも許容範囲内だろう。
そして魔物に会う事も危惧していたが、こちらも幸いそれは回避できた様で、2人はホッと胸を撫でおろしていた。
後は仔牛と手紙を渡せば、一応届け物は渡したことになる。
「先に牛…か?」
「はい」
2人は頷きあって村の中へと入っていく。
村を出たばかりの2人には、目の前に広がるのんびりとした雰囲気は、少々ホッとする気もする。
人も少なく緑豊かな景色に、少なからず癒される思いの2人だった。
「誰に持ってくんだっけ…」
「ブルーノ・フぁロス…さんです」
「おう」
フェルの問いにルースがクエストの書類を確認すれば、取り敢えずはそのまま道なりに奥へと進んで行く。
「あれっあそこに人がいるな」
フェルが奥の畑で立っている人を指さす。
そろそろ畑仕事が終わろうとしている時間の為、人が少ないようではあるが数人の姿を見つけ、ぎりぎり間に合ったという所だろう。
これ以上遅くなっていれば皆家の中に入ってしまうだろうし、人に聞く事もできなかっただろうとルースは思った。
「あの人に声を掛けてみよう」
フェルに続いてルースも歩いていくが、ルース達が気付く前に牛を連れた見知らぬ者がいれば、当然村の者が先に気付く訳で、畑にいた村人から2人のそばに近寄ってきた。
「何だ?どうかしたのか?」
近付けば2人が少年だった為だろう、多少警戒を解いた村人が、そう言って2人に声を掛けてきた。
「俺達は、カルルスの冒険者ギルドのクエストで、この牛をブルーノ・ファロスさんに届けに来たんです」
フェルの言葉を聞いた村人は、笑顔を見せて頷いた。
「そうか。遠くから大変だったなぁ。ブルーノの家はあそこだ」
と、後ろを向いて村の奥を指さす。
「あの青い屋根の家…ですか?」
「ああ。家の裏で動物を飼っているんだ。行けば鳴き声がするから、すぐに分かるぞ」
「わかりました、ありがとうございます」
フェルがそのまま歩きだそうとすれば、ルースが声を出す。
「ぁの…ロドロスさん…家は…」
ルースの言にそんなのもあったなと、フェルが話を引き継ぐ。
「すいません。手紙も届けるので、ロドロスさんの家も知りたいんですが…」
村人はルースから視線をフェルに向け、そういう事かと頷く。
「手紙…ノーラか?ロバートも喜ぶな」
カルルスの町へ、彼の娘が行っている事を知っているらしい男性は、嬉しそうにロドロス宅も教えてくれた。
「ありがとうございました」
今度こそ2人は会釈をして、ファロス宅へと歩き出した。
少ししてその村人から離れれば、フェルが小声で言う。
「明日はロバートさんって人、皆に色々聞かれるんだろうな」
と、可笑しそうに笑っている。
村では小さな話も皆に筒抜けになる為、今日の事が翌日には村中で知らぬ者はいないという有様だ。
それを知っている2人はフェルの言葉に笑いながら、仔牛を届けに青い屋根の家へと向かった。
そのファロス宅へ近づけば、教えられた通りに動物の鳴き声が聞こえてくる。
“ココッ コッコッ“
鳴いているのは鶏だろうし、家の前には猫が丸まって寝ている姿も見える。
「いるな…動物」
フェルの言葉にルースも頷けば、2人は家の前に辿り着く。先程こちらに気付いた猫は、既に姿を消していた。
仔牛の綱をルースに預け、フェルは家の扉をノックする。
コンッコンッ
「こんにちは!」
フェルが元気よくそう声を出せば、ルースの連れている仔牛がビックリした様で、嫌がる様に3歩後ろへ後退し、当然ルースも引きずられてよろける。
「………」
体勢を立て直してフェルを睨めば、ルースへ振り向いたフェルが「へへっ」と苦笑する。
「わるい…」
と、一応謝るフェルだった。
「はいはい」
遅れてその頃、中から声がしたかと思えば家の扉が開き、細身の男性が顔を見せた。
その人物は一瞬キョトンとしたものの、仔牛を目に止めると満面の笑みを浮かべる。
「ああ…」
外へ出てきた男性は30代位、仔牛にその顔を向けて嬉し気に微笑む。
「キーニヤ」
そう声を発する男性に、何の事かと思ってみれば、仔牛のところまで行って頭を撫でながら、「キーニヤ」と呼んでいる。
きっと、この牛が来る前から名前を考えていたのだろうなと、ルースが微笑んでみていれば、その男性は2人へ振り向き、今気付いたかのように苦笑した。
「悪い、キーニヤしか見えてなかったよ」
そう言いながら頭をかいている。余程、仔牛が来るのを楽しみにしていたのだなと、初対面の2人にもそれが分かるほど、この人の態度はあからさまであった。
「あの…俺達はカルルスのディートルさんに頼まれてきました、フェルとルースです」
フェルがそう話せば、その男性も自分が“ブルーノ・ファロス“だと名乗った。
何だか順番がグチャグチャにはなってしまったが、これで一応、仔牛を渡したことになるのだろう。
「こち…に、サイン…」
ルースがクエストの書類を出して、ブルーノに差し出す。
「ああ、そうだったね」
と手早くサインをしてくれたブルーノは、仔牛の事が気になるらしく仔牛の頭を撫でまわしていた。
ルースがフェルに視線を送ると、フェルが暇を申し出る。
「ああ、ありがとう。ディートルさんによろしく」
そう言ってそそくさと、仔牛を連れて裏へと連れて行ってしまった。
ルースとフェルは、そんなブルーノを見送って一つ笑うと、次のクエストの手紙を渡しに、今度はロドロス宅へと向かった。
「よっぽど待ってたんだな」
「え゛え」
嬉しそうな人を見れば、届けたこちらまで嬉しくなるものだなと、2人は笑いながら歩く。
次のクエストでこの村の用事は終わるが、そろそろ夕日の赤い光が村を照らす時間となっていた。
「フぇル…今日は村の外…野営になりますね」
「あーそうなるのか。やっぱり2日じゃ終わりそうもなかったな」
2人はカルルスを出てから仔牛のペースに合わせて歩いていた為、クエストの日程が延びそうだなと話していた。普通に歩けば1日で済むかもしれないが、やはり動物を連れていたので、思っていたよりも時間がかかってしまっていた。
フェルの言葉にルースも苦笑を返すが、まぁ収入面では3日になってしまったところで、目標はクリアしている為、そこまで焦っている訳でもない。
今回は、一応何があるのか分からなかったので、保存食も多めに用意していた事も功を奏した。“転ばぬ先の杖“である。
そうこう話している内に、2人はロバート・ロドロス宅へと到着し、ルースがフェルに頷けば、フェルは扉をノックする。
コンッコンッ
「こんばんは。ロバートさんはいますか?」
今度は、普通の音量でフェルが声を掛けた。その様子にルースは苦笑している…“今更ですね“と。
「はい」
歯切れの良い返事がして、家の中から中年の男性が姿を見せた。
「私がロバートですが…どちら様?」
とその男性が声を出す。
「俺達、カルルスの冒険者ギルドから来ました、フェルとルースと言います。ロバートさんに、ノーラさんから手紙を預かってきました」
フェルがそう名乗れば、ロバートは目を見開いて破顔する。
「ノーラの手紙を持ってきてくれたのか、ありがとう」
と、一気に雰囲気が柔らかいものとなった。
ルースは、荷物から手紙を取り出しロバートに渡してから、手早く書類にサインをしてもらった。
「ありがとう」
ロバートは、その手紙を大事そうに握り締めている。
「君たちは、もう帰るのかい?」
ロバートがそう2人へ切り出したので、村の外で一泊しますとフェルが話した。
「じゃあ、今日はうちに泊まりなさい。この家には私しかいないから気兼ねしないだろうし、部屋もある。ついでに夕食も食べていくといい。今できたところだからね」
そうロバートからありがたいお誘いをいただいた2人は、お言葉に甘えて、喜んでお願いしたのだった。
「じゃあ入ってくれ」
そう言って2人を招き入れたロバートは、柔らかな表情をルースとフェルに向けたのだった。
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