【348】最終話-ひかり
ルースはカルディアを勇者の剣に受けとめた後、3日程眠ったままの状態が続いた。
その間、緑豊かになった魔巣山を下山したフェル達は、進んで来た道を辿り戻って行った。眠ったままのルースは大きくなったシュバルツの背に乗せ、険しい山を通過し、皆はウィルス王国の山の麓まで戻ったのである。
そこでルースが目覚めるのを待ち、ルースが意識を失った後の出来事を伝えた。そのルースとはミンガの町の手前で別れ、フェル達4人だけで王都まで戻って行ったのだ。
ルースは、勇者ルシアスとして続けた旅が終わりを迎えてから数か月、仲間である友と別れた後、付いてきてくれたシュバルツと共に再び旅をしていた。
ルースが自分を取り戻す為に出発した旅は、その全ての記憶を取り戻し、そしてその根本にあった目的も果たす事ができた。
そして年が明けた今、ルースは21歳となっていたのだった。
ルースはこれまでに見た賑わう街道とは趣の異なる自然豊かな道を辿り、目の前に延びる自分の影を見つけて足を止めた。気付けばいつの間にか陽は傾き始め、黄色くなり始めた空を振り返りルースは沈みゆく太陽を見つめる。
この数か月、シュバルツと共に歩いてきた道のり、その手の中にはいつも古の友の存在を感じていた。
そうしてこれまでの旅を思い出しながらその剣に手を添え、心温まる思い出を伝えながら、彼が心から休まるようにと祈ってきたのだった。
今歩くこの道は、フェルと最初に出会った道だ。
その頃はまだ自分の足で歩きはじめて間もなき時、見るもの聞くもの全てが珍しく新鮮で、そして畏怖するものでもあった。
そんな中で出会ったフェルとは親友と呼べる迄の付き合いとなり、今も目を瞑ればすぐ傍に存在すら感じるとルースは思う。
『おい、どうやら煩い奴が来たようだぞ』
目を閉じていたルースは、肩に乗るシュバルツの声で瞼を開く。そして視界の先の太陽の中に、黒い影が落ちていると気付く。
ルースは目を細め、その場で影の到着を待った。
「おーい!ルース!」
フェルの元気な声が周りの木々に響く。
『あいつは変わらんな』
「フェルはあのままで良いのです。真っ直ぐなままで」
『そんなものか』
シュバルツと気軽な会話を交わしつつ、ルースは近付いてきた者達に手を振り返す。
そしてその人影が一か所に集まれば、これまでの静寂であった時間は終わりを告げた。
「久しぶりだな、ルース」
フェルはニカッといつもの笑みを浮かべ、嬉しそうに言う。
「はい。皆が元気そうで良かったです」
「ルースも元気そうで良かったわ」
皆はルースの肩を叩き、ルースとの再会を喜んでくれていた。
「王都からだと、やっぱり少し遠いね」
「まぁ、国土の半分くらい距離はあるからな」
デュオに同意するのはキースで、2人も疲れた顔に笑みを乗せてルースを見た。
「それにしては、随分早かったのですね?」
ルースは王都からここまでの距離を考え、合流はもう少し後になるかと思っていたのだ。
「ああ。宰相が馬を貸してくれたから、カルルスの町まで馬に乗ってきたんだ。王都までの帰りにエポナが背に乗せてくれたから、オレとフェルはそれで何とか馬にも乗れるようになったんだ」
そのフェルとキースの後ろにソフィーとデュオを乗せてきたのだと、キースは説明してくれたのだった。
積もる話もあるが、ルース達は再び夕陽に背を向けてゆっくりと歩き出していく。
「そう言えば、ブリュオンとアルデーアの姿がありませんね」
フェル達と共にいる聖獣は今、ソフィーの傍にいるネージュだけとなっていた。
「えっと、アルデーアはまたジャコパ村に戻るって、ルースと別れた後にすぐ戻って行ったよ?」
「ブリュオンは王都までの途中で、『今度はこの辺りを根城にする』と言って去って行ったな…」
どうやら2体の聖獣は、再び自由に暮らし始めたようだとルースは微笑んだ。
「で、シュバルツはどうするんだ?」
と、そこでフェルがルースの肩に乗るシュバルツへと視線を向けた。
『我はどうせこの先、有り余る時間がある。暫しこのルースと別れるまでは、共に居ることにした』
「そっか。んじゃ俺達ともずっと一緒だな?」
嬉しそうに笑うフェルに、シュバルツは鼻で笑う。
『フンッ。ルースがお前に愛想が尽きれば、お前からは離れるぞ?』
「そんじゃ大丈夫だ。だよな?ルース?」
フェルは、疑う事を知らぬキラキラした目でルースを見た。
「ええ」
ルースは腰の剣にそっと手を添え、フェルに微笑みを返した。
「でもさ。フェルってばルースから預かった地図の見方が分からなくて、役に立たなかったんだよね?」
と、デュオは手に持っていた地図をルースに返しながら、そう言ってチラリとフェルを見た。
ルースは別れ際に再び皆と合流出来るようにと、昔マイルスにもらった地図をフェルに渡していたのだ。そこにはルースが今まで書き込んだ町の名前と、自分達の故郷の名前が書きこまれている。
「まぁ、フェルですからね」
「っておい、ルースまでそんな事言うのかよ…」
「でも、王都ではフェルは上手くやってきてくれたんだ。ルースに云われた通り、報告は全て終わったぞ?」
キースは一応フォローのつもりなのか、そう言って王都の事も軽く報告する。
こうしてソフィー達が今自由にしている事で全てが上手く行ったのだと察し、感謝を込めて頷いたルースだった。
少し前まで一人で歩いていたルースは、こうして仲間と合流し再び温かな時間が流れ始めたのである。
それから少しして空一面が茜色に染まった頃、ルースは変わらぬ懐かしい景色を視界に入れ一つ息を吐いた。
ルースの想いを感じ取ったのか、皆はルースの背後で足を止め、目の前に現れた小さな村を一緒に眺めている。そしてルースは振り返ると、赤く染まる夕陽に頬を染めながら皆に言う。
「ここがボルック村です。ようこそ、私の故郷へ」
そうしてゆっくりと歩き出したルースに、皆は笑みを浮かべて付いて行った。
ルースはミンガ村の手前で、一度故郷に帰りたいと言い皆と別れた。
これからはもう勇者ルシアスである必要もなく、また穏やかな日々を送りたいと願い出た事で、勇者であるルシアスはあの魔巣山で消えた事にしてもらったのだ。
だが心配していたであろうセレンティアにだけは手紙を書き、それをフェル達に渡して欲しいと頼んでいた。内容は自分が無事である事、そして国を頼むと、ただそれだけのものだ。その手紙は無事にセレンティアに手渡したとフェルから聞き、ルースはもうこれでルシアスとして思い残す事は何もなくなったのである。
そしてこれまでの事に区切りをつける為にも、懐かしい故郷へと向かってきたルースであった。
茜色に染まる素朴な村は、既に夕飯の支度をしている家の煙突から美味しそうな匂いを燻らせている。そんな時間のためか外に出ている者は誰もおらず、静かな村には風にそよぐ葉の音と家々から届く人々の気配だけとなっていた。
こうして静かに村の中を歩く事しばし、ルースは村の教会から辿った帰り道を思い出しながら目指す家に視線を向けた。その家にも窓から零れる灯りと人の温もり漂う煙が上がり、住人が幸せであろうと想像する事ができた。
そしてルースは、その村の外れにある一軒の家の扉前で立ち止まる。フェル達はルースの心情を察し、家の手前で立ち止まって見守っている。
ルースは後ろを振り返り、少し戸惑った様な笑みを見せた。
その笑みに、フェルが「行けよ」と家を指さしてルースを促せば、覚悟を決めたルースは緊張気味に頷いて、そっと扉を叩く。
コンッ コンッ
「はーい」
すぐに元気な女性の声が聞こえ、ルースは胸を熱くした。
そして開いた扉の中から、小さな女の子を抱えた黒髪の女性が顔を出したのだった。
その面差しは6年の月日を経ても変わらぬもので、ルースが心に思い描いていたその人が立っていたのだ。
「シンディ…ただいま帰りました」
その言葉だけで、様変わりした彼がルースだと気付いたシンディは、見開いていた目を細め口が弧を描く。
「お帰りなさい…ルース」
そう告げたシンディの溢れんばかりの笑みからは、一筋の光が零れ落ちたのだった。
― 喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~ ―
【-完結-】
皆さまこんばんは。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>
一年に渡るルースの旅は、このお話を持ちまして完結とさせていただきます。
本当に長い間、皆さまにはルースと共に歩んでいただき、筆者と致しましては、ただただ感謝のみでございます。
裏話的な事をこっそり言えば「結」に当たるカルディアの所など、最初はなにも設定出来ていないまま書き始めておりました。
「結」は最初の場面だよね、位で…。^^;
こうして書き進めながら出来上がっていった拙い物語ではありますが、誰かの心に少しでも“何か”を残せていれば嬉しいです。
因みに、フェルとソフィーの関係ですが、この後ゆっくりと距離を縮めていき、何かあるのはこの数年後になると思います。笑
という事で最終話、筆者に対し「頑張ったね」「これからも頑張れ」などのお気持ちが少しでもございましたら、★評価やいいね♡(今日から変更でしたか…)、ご感想などいただけますと幸甚と存じます。(ブクマも残していただけると嬉しいです^^;)
それでは皆様、本当に本当にありがとうございました!
また次の作品でお会いできることを楽しみにしております!!!
2025年1月30日 盛嵜 柊