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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第九章 ~心~

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【342】かつての友

 魔巣山の地に下り立ったルース達一行は、目の前にそびえる赤い山を見上げていた。


「赤いな」

「ええ…」

 フェルの呟きを肯定するルースも、同じものを見つめている。


 足元から続く赤い地面、それは朝陽に反射しているからではなくこの山本来の地面の色。樹木も生えてはいるがそれは全て葉を落としており、全体が枯れた山の様子を呈している。

 枯れた樹木は所々で朽ち果て、ルース達の行く先を塞いでいる様にさえ感じた。まるで“死に絶えた山”とも呼べるこの場所を、ルース達は登って行くのである。


 ルースは思う。多分もう、彼は自分達がここへ足を踏み入れた事を知っているであろうと。


「それじゃあ、行くか」

「はい」

「うん」

「ああ」

「ええ」

 フェルの掛け声で、動き出さない足を無理にでも動かす。


 風で遮られていた土地は禍々しい気配を発し、それを拒もうとする体を叱咤して、なだらかに続く傾斜を登って行く。

 景色という景色は灰色と赤色にまみれ、代わり映えのしない傾斜を延々と登って行けば、いつもの軽快な話し声は消え、皆先を急ぐことに意識を集中させていると分かる。

 道という道はないこの山で倒れた木々を跨ぎ越し、葉の無くなった葦の様な草を薙いで、ゴロゴロと横たわる石を踏む足の裏には少しずつ疲労が溜まって行く。


 ネージュの背にはソフィーが乗り、その後ろにはソフィーを守る様に聖獣が続いている。

 その聖獣達はネージュと青きもの以外はまた小さくなっており、シュバルツはネージュの背に、ブリュオンは青きものの頭の上に乗っていた。


 ソフィーの前を歩くルースが後ろを振り返れば、眉を下げて景色を見ているソフィーが目に入り、その後ろ、聖獣が通った跡には、緑の草が場違いの様に生えているのが見えた。

 少なからず、聖獣の周りには禍々しい気配がない所をみれば、やはりこれも聖獣が持つ力の一旦であろうとルースは思い、また前方に視線をむけ黙々と進んで行くのだった。


 途中、皆が集まれそうな場所を見付けて休憩を取る。そこには一応ネージュが結界を張ってくれた為、気配に押しつぶされそうな事はなかった。その中で、皆はまるで周りの景色を視界に入れたくないと言うように、黙々と食べ物を口に運び水分を補給した。


「ねぇこの山に来てから、魔物が出て来ないわね…」

 ソフィーが落としていた視線を上げ、ルースを見る。


「はい。以前もここには魔物はいませんでした」

「というよりも、ここには生き物の気配すらないよな…」

 ルースに続き、キースも気付いた事を口にした。

「ああ、言われてみれば何の気配もしないよな」

 フェルの言葉に、デュオも頷いている。


『ここは破滅の地、だからだろうね』

『魔物も獣も、流石にこの気配の中では生きてはいけないだろう。ここは、理からも外れてしまっているとさえ感じるな』

 青きものとブリュオンは以前この地に来た事がある。その彼らが言う言葉は、心に深く圧し掛かったのだった。



 そんな寂しい山を登る事丸一日、何にも襲われる事なく、ルース達は大きく拓けた平らな場所へと辿り着いた。その時空は既に茜色に染まり、周辺を囲む立ち枯れた木々が一層寂しさを演出する。


 そこへ辿り着くと、ソフィーがネージュから降りて皆に声を掛けた。

「私ずっと考えていたんだけど、新しいスキルの“調和”をここで試してみたいの。良いかしら?」

 と、ソフィーは新しいスキルについて何か思い付いたようで、荒れ果てた平地を見回していった。


 前回のソフィーはこの場所に着いた時に、この平原を浄化魔法(カタルシス)で蘇らせていたのだ。

 それでこの最後の決戦の地は枯れた山から隔離されたように緑に覆われ、一時的とはいえ、吹き抜ける風も心地よい物へと変わっていた。

 しかしそれを待っていたかのように闇の魔の者が現れ、ルース達は死闘を繰り広げていったのである。


 その場所で、今回もソフィーが何かをするつもりだと言った。

 前回と似た行動へと移行していく事を感じつつ、ルースは覚悟を決めてソフィーの提案に首肯した。勿論ルース以外の皆もソフィーの提案に頷き、そんな皆に笑みを浮かべてソフィーは話す。


「“調和”って何かなって、その言葉の意味をずっと考えていたの。その言葉通りなら“つり合いを保つ”って事だけど、このスキルの意味は少し違うと思って…」

「それで?」

 フェルはソフィーの話に首を傾けながら、先を促した。


「このスキルは、聖女に初めて出たスキルだと言っていたでしょう?という事は、今回初めての事があったから、出たスキルだと考えたの」


「そうなると…聖獣…ですか?」

「そう、流石ルースね。この長い時間の中でも、聖女が4体の聖獣と出会う事はまずないと聞いたわ。だからそのお陰で出たスキルだと思って、私は4体の聖獣の力を調和させて使うスキルではないかと考えたのよ」


 そんなソフィーの話に、ルースは説得力があるとゆっくりと頷き、ルース以外の皆も感心した様にソフィーを見ている。


『ふむ、流石我の聖女じゃのぅ。歴代一の聖女と言っても、過言ではなかろう』

 ネージュは尻尾を振って、己の聖女であるソフィーを眩し気に見ている。

『それじゃ、私がここへ来た事は無駄ではないみたいだね』

 青きものも目を細めてソフィーを見た。

「ええ。だから皆の力を貸してね」


『当然じゃ』

『承知した』

『いいともー』

『了解だよ』

 ネージュ、シュバルツ、ブリュオン、青きもの“アルデーア”が姿を大きくしてソフィーの傍に集まり、顔を覗き込んだ。


 ソフィーは聖獣達を連れて平原の中ほどまで進むと、聖獣を見回して口を開く。

「ここで結界を張って欲しいの。でもそれは私の中を通してね。貴方達が私に触れる事で、スキルが発動するのではないかと思っているから」

 ソフィーの言に、聖獣達は理解したと頷く。

 そしてまずはソフィーの聖獣であるネージュからと、ネージュは結界を広げていった。


 “フワリ”

 口で表現するのならばそんな風に感じられる空気が、ルース達を通り抜けていったように思う。

 そして次はシュバルツが結界を発動させたのだとその動きから感じ取れば、再びルースの中を何かが通り過ぎていった感覚がした。

 それからブリュオン、最後にアルデーアが結界を発動させれば、ソフィーが目を輝かせて上空を見上げた。


「皆の色が交じり合って融け合って、綺麗で荘厳な結界が出来たわね…」


 ソフィーの声にルースも何気なく空を見上げれば、いつの間にか暗くなっていた空には月の他に虹色に輝く薄い膜の様な物が見えたのであった。


「え?何で結界が視えてるの?」

 デュオもその事実に驚き、思わずという風に声を上げる。

 以前ルース達が結界内に入った時には、感覚的にわかっただけで結界そのものが視えた訳では無かったのだ。


『ふむ…4体が揃ったからか、はたまたソフィーのスキルの影響か…』

 ネージュも心当たりがないようで、首を傾げている。


 その結界は平らになった赤い地を覆い、更に周りにある立ち枯れた木々も包んでいる。

 そして、それらは気が付けば少しずつ姿を変えて行っていると気付き、ルースは目を見張ってその様子を見ていた。


「うそっ…」

 デュオもそれに気付いたと、驚きの声を上げた。

「はあ?マジか…結界のせいって事だろ?」

「そのようだな…」


 フェル達が話している事は、周辺の景色が徐々に色付いている事を示している。

 結界に囲まれたこの広い平地は、徐々に平原と呼ぶにふさわしい色を付け、立ち枯れた木々からも新緑の葉が開いて行っていた。


『この中は今、聖域となったのじゃ』

『その為ここの地は、命を取り戻した』

『結界の中だけ、だけどな』

『へえ~私達の力が合わさると、ここまで聖域が効力を上げるんだね』


 ネージュに続き、シュバルツ、ブリュオンが言って、アルデーアは自分も知らない事だったと感心している。


 そうして新しく色を付ける景色を眺めていれば、いつの間にかこの空間の中は生命の息吹に溢れたものとなっていた。悪しきものを清めた結界は、諦めきっていた魔巣山の一角に一石を投じた結果となったのである。



「さて…それはいつまで維持できるのであろうな」


 ――!!―― 


 月が照らす木々の影に、それはいつの間にか姿を現わしていた。

 ルース達からは50m程離れた平原の端。

 今まで全く気配がなかった所に突然現れた黒い影は、長い髪を風に揺らし腕を組んでこちらを見ている。月の光が逆光である為か、ルース達からではその黒い人影の表情はうかがい知る事は出来なかった。


 一瞬にしてルース達に緊張が走る。

 それは聖獣を含めた全員であるのに対し、言葉を放ったそれは、気だるそうに組んでいた腕を解いて体を揺らした。


「……“カルディア”」


 無意識にその黒い人影を見て、かつて友と呼び合っていた時の名を囁いたルースなのであった。


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