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【341】苔生す橋

 左手に崖を見ながら、ルース達が山を回り込むように北へと進んで行けば、1時間も歩かぬ内にそれは見えてくる。


「あれか?」

 フェルが一早く気付いて声を上げた。


「はい。前の記憶では、あれ以外に渡れる所はありませんでした」

「それじゃ、まずは確認してみるか」

 キースも見えてきた橋の様なものに、焦点を向けて言う。


 そしてルース達は、丸太が渡してある場所に集まった。


 向こう側まではたったの8m程。

 下が川などであればまだ余裕で渡れそうなものだが、ここには下に何もない。渡るためにはその足元を見なくてはならず、そうなると必然的に視界に入る闇に吸い込まれそうな錯覚を起こすのだ。


 デュオが小石を拾ってポンッと投げ入れてみたが、やはり石がどこかに当たる音はいつまで経っても聴こえてはこなかった。


「深いのか底なしなのか…まるで、この山だけが切り離されてるみたいだね」

「そんな感じだな。下はどうなってんだろうな?」

 デュオとフェルが崖の際で下を覗き込むように見ているが、見ているこっちがハラハラしてしまう構図である。


「さて、まずは第一関門といったところだな」

 フェル達から視線を移して丸太を見たキースは、腕を組み、谷底の事よりも先に行く方法を考え込んでいる。

「そうですね。風をどうにかできても丸太に苔がある為に滑りやすく、前回も足場に苦労していました」


 ルースは、前回の記憶を辿る。

 目の前にある丸太には、記憶の通り表面には苔がびっしりとついており、それが却って足場を悪くしているともいえた。折角渡してある丸太だが、実は一筋縄ではいかないのだ。

 前回最初に渡ったフェルも途中で何度も足を滑られていたものの、その体幹のお陰でバランスを取り直して何とか渡り切ったという具合だった。


 ルースとキースが丸太の前で考え込んでいれば、谷底を覗いていたフェルとデュオがやってくる。

 ソフィーは崖から5m程離れ、聖獣達と一緒にその様子を見守っている。ソフィーはネージュに、崖に近付き過ぎるなと止められているのだ。


『何をそんなに悩んでるんだ?』

 と声を掛けたブリュオンに、キースは振り返って説明をする。

「苔のせいで足場が悪いから、それを先にどうにかするつもりなんだが…」

『そんなに悩むことか?』

 キースの返答に、ブリュオンがバッサリと言い切った。


 ルースとキースは何か方法があっただろうかと顔を見合わせるが、そう言われても何も思いつかずに首を傾ける。


『君はいつも説明が足りないんだよね』

 と、今度は青きものが声を上げる。

『足りないとはどういう事だよ!じゃあなんて言うんだよ!』

『何て言うって言われても、何を言おうとしているのか私が知る訳ないじゃん』

『グッ、そうだった…』

 何故かブリュオンが悔しそうにしているが、一体何の事なのかルース達にはさっぱりわからないのである。


『まあ、黄きものに名案でもあるのじゃろう』

 そこで纏めるように、ネージュが言い添えた。


 その声に、助けが入ったとばかりにブリュオンが青きものから視線を剥がし、首を縦に振った。

 そして一瞬光に包まれたかと思えば、再び小さくなったブリュオンがルース達のところへとチョロチョロと近付いてきた。


『儂は元々苔がある所にいたからな。儂には何も問題はないんだぞ?』

 言わんとする事を何となく理解したルースは、目を瞬かせてブリュオンを見下ろす。


『任せておけ』


 そう一言告げたブリュオンはスルスルと丸太の上に乗ると、ルース達が止める間もなく渡り始めたのだった。


「え?大丈夫なの?」

『自分で言っているゆえ、問題はなかろう』

 ルース達の後ろで、ソフィーとネージュの話し声がする。


 ルースはブリュオンの姿を目で追うも、ルースの目は次第に大きく見開かれて行った。

「え?どういう事?」

「どうなってんだ?あれ…」

「……」

 デュオとフェルは口をあんぐりと開け、キースは瞠目して見つめている。


 手の平よりも小さくなったブリュオンへ、下から吹き上げる風は影響を及ぼす事なく、ブリュオンは平然とその丸太を渡っている。

 それはブリュオンが体勢を低くし丸太に密着して歩いているからかも知れないし、小さな手にある爪が上手く苔を掴んでいるからかもとも考えられるが、その両方が意味のある事かも知れない。


 だがそれ以前に、皆が驚いているのは丸太を渡っている事ではなかった。


 それは、ルース達の目の前で苔生(こけむ)した丸太を渡っていくブリュオンが歩いた所、その苔の中から小さな草の芽が生えて行き、一筋の草の道を作っていたからだった。その一つ一つは小さな草の芽ではあるが、ルースは目から鱗が落ちたような衝撃を受けたのである。


「そういう方法もありですね…」

 ルースは、もう渡り切るブリュオンを見て呟く。


「どうしてブリュオンが歩いた所に、草が生える?」

 ブリュオンが歩いた場所にある小さな芽を見て、キースが誰にともなく問いかけた。

『それは聖獣だからじゃのぅ』

 キースの問いに答えたのはネージュだが、それでは意味は全く分かるはずもない。


『白きものも、言葉足らずだった…』

 青きものは首を振りながら、呆れたように呟いた。


『聖獣は元々“聖魔力”を纏っている。我らの聖魔力は、時に草花を芽吹かせるもの』

『浄化作用もあるからね』

 それを説明してくれたのはシュバルツで、青きものはシュバルツに補足するように伝えてくれた。


「そうでしたか」

 ルースは納得した様に言って、向こう岸に渡ったブリュオンを見つめた。


「へえ…何か凄いんだな」

「うん。ビックリだね」

「聖獣の力か…」

「聖獣って生命の源みたいね」

 ソフィーに褒められた聖獣達は機嫌良さそうに顔を緩めたが、その違いは余り分からないのだった。


『おーい!渡ったぞ!そんでどうする?』

 その時、対岸に渡ったブリュオンが声を掛けた。ブリュオンは自分であれば渡れるのだと言いたかったらしいが、しかしそれだけではルース達はまだ渡れないのである。


 ルースはそこでキースを振り返る。

「キース、魔法をお願いできますか?」

「勿論構わない」

「以前話してくれた、嵐の時に使った魔法です」

「了解だ」


 とルースとキースが話しているが、そこへデュオがルースの肩を叩く。

「ねえ、ブリュオンが何か言ってるけど?」


 デュオの声でルースとキースがブリュオンへと視線を向ければ、尻尾をパタパタとさせているトカゲが見えた。すっかり忘れるところだった。


「ありがとうございます!ブリュオンはそこで待機していてください!」

 風の音に消されないように、ルースは声を張り上げる。

『わかったー!』

 と軽い返事が返ってきたところで、ルースは皆に丸太近くまで集まってもらうよう指示をだした。


「キース、向こう岸まで届く10m位の大きさで、丸太を中心に維持できますか?」

「ああ、出来る」

「ではそれを維持している間、私も魔法を発動させます。その後皆に渡ってもらいますので、そこまで維持をお願いいたします」

「わかった」


 それからキースは言われた通り、丸太を中心にして丸い球を作り出していく。そして丸太を包み込み、向こう岸まで到達させると、次にその球の周りに風を纏わせていった。


「“気泡球(ウォータースフィアー)“」


「“殺滅嵐ヴァイオレントストーム“」


 キースの出した気泡球でルース達と向こう岸のブリュオンまでも包み込み、その中は下から吹き上げる風が遮断され無風となる。だがその球の周りには風が渦巻き、下からの風を弾き飛ばすようにゴーゴーと音を立て、その風はルース達の後ろにある木々をも揺らしていた。


 現状を確認したルースは、そこから一歩前に出ると丸太に手を添えて詠唱する。


「“樹人の手(セルバメレーナ)“」


 ルースの魔法で出した蔦は、ブリュオンが歩いた草を辿る様にスルスルと伸びていき、同時に横へも広がって行った。互いに絡まり合うように丸太の周りを埋めて進んで行く蔦を、後ろの皆は面白そうに見つめていた。


「わぁ、足場が広がって行くわ」

「これなら下に落ちないね」

 ソフィーとデュオの声に、ルースは首を振る。

「まだです。これでは蔦が重さに耐えられないでしょう」

 そう言ってルースは、蔦が向こう岸まで到着するのを確認すると、再び魔法を唱えた。


「“土壁(アースウォール)“」


 ルースはその蔦を軸にして、更に土で足場を作って行ったのだった。

 そうして出来た橋は横幅が1m程もあり、風もない上に足場もしっかりしている。これならば、無事に皆が渡る事が出来るはずである。

だがこれは、キースが風を押さえてくれている上で成り立つ魔法だ。その為ここを皆が安全に渡り終われば、この足場は再び無くなるだろう。


 こうしてルースとキースの魔法によって皆が無事に崖を越え、ルース達は魔巣山の地へと下り立ったのだった。


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