【339】友に誓う未来
「昨日さらっと聞いたけど、山じゃなくて崖だなこりゃ」
フェルが岩に手を掛け、跳躍するように足場を探しながら登って行く。
「フェルはまだいいよ、身体強化かけてるんでしょ?」
「そう言うデュオも、斥候スキルが入ってるだろ?足音で分かるぞ?」
フェルとデュオは先頭で、互いのスキルが羨ましいと言い合っている。
今日登っている山は、垂直とまではいわないが結構な急斜面になっており、足場は張り出した岩くらいの物だ。その為予めソフィーはネージュの背に固定する形で跨り、ネージュがゆっくりと跳躍するように山を登っているのである。
そしてフェルとデュオは先程の通りにスキルを使い、軽々登っている様にさえ見えている。
「魔力が先か、頂上が先か…」
キースがルースの隣で呟く。
ルースとキースは風魔法を補助として、その岩山を登っていた。
「大丈夫ですよ、キース。昨日のステータスを視た限り、この位の魔力消費量では余裕で辿り着くはずです」
「ルースがそう言うのなら、大丈夫って事か」
ニヤリと口角を上げるキースは、こういう意味もあってステータス確認をしたのかと気付いている。
しかしいくらまだ余裕があろうとも、この山を越える頃には体力も魔力も減っているはずであり、そこで暫し回復のために休息が必要であると皆も理解している。
そんな皆の中でシュバルツは、悠々と空を飛びながらルース達の視界の中にいる。多少は木々もある為、疲れればそこで休憩もしているらしい。
そしてブリュオンもキースから離れ、ルース達の周りを自力で登っている。今は体長30cm程まで大きくなっている為、間違えて踏み潰す事もなさそうである。
「ブリュオンは、もう少し大きくならないのか?大きい方が楽そうだが?」
『ここの岩場は脆いからな。余り大きくなりすぎて、儂のせいで落石してはまずいだろう?』
チョロチョロっと舌を出したブリュオンは、キースの目線の先の岩の上でそう答えた。
「一応、考えてはいたんだな」
『失礼だな…お前も…』
と、キースとブリュオンは相性も良さそうに話しているのを横目に、ルースは足を止めて背後を振り返った。
この山を登り始めてから、既に6時間程が経過している。
その間3回程休憩を挟んでいるが、皆の速度は落ちていない為に、今はもう山の中腹を過ぎている。そこにはまだ所々、日陰になる部分には白い雪が残っていた。
その雪が残る山から見下ろす国土は、遮る物がないことで、西にあるルカルトの港に船が停泊している様子さえ見えた。おぼろげに浮かぶ船が、光る海に浮き上がって見えるようだった。
そんな景色を見ているルースを見たキースも、ルースの視線を追いかけるように顔を向ける。
「あれはもしかして、ルカルトか?」
「ええ。方角からして多分そうでしょう。少し遠いので、町がある、としか分かりませんが」
「そうか…」
キースには、友と呼べる者達があの海にいる。
家族の様に親しんだ仲間達とは、キースは別れも告げずに旅に出たのだ。
それを見ているキースの目は細められ、まるで愛おしいものを見るかの如く幸せな表情をしているが、それを敢えて言う必要はない。
ルースは視線を山へと戻し、自らの行く先を確かめるように、再び一歩ずつ進みはじめるのであった。
そうして辛うじて皆が集まれる程の岩場で昼食を済ませたルース達は、その日の夕方前には山を下り始めた。
崖の様な山肌は頂上を過ぎればその姿を一転させており、まるでウィルス国側からは険しい山に見えるようわざとそうした様にも見え、フェル達は驚いた様に生い茂る木々の中を緩やかに下って行く。
「まるで違う山に来たみたいだね」
デュオも目を見開いて、木々溢れる山を見下ろす。
「そうですね。ある意味ではあの崖の様な山肌のお陰で、この山を登る者も少ないのでしょう。その為、こちら側には、手付かずの自然がまだ残っているのだとも考えられます」
ルースは深い森に包まれた山を下りながら、自らの想定を述べた。
この先には、誰も足を踏み入れる事もない魔巣山がある。その為、わざわざあの岩山を登ってまで、こちら側へくる目的もないだろう。それに、もしこんな所で魔物と遭遇したら最後、逃げる為に山を駆け下りていく事も出来ないのだ。
だからこそ、ここには覚悟を決めた者しか訪れる事はないだろうと思われるのだ。
そして軽快に山を下りて行くと、視界の隅に揺れている下草の陰から白い耳が飛び出ているのが見えた。
「あ、獣がいるね。捕まえる?」
デュオが魔弓を構えて言うが、それをソフィーが止めた。
「別に食べ物がない訳ではないから、やめておきましょう。その為にたくさん食料も仕入れてきたんだしね」
「うん、そうだね」
そうソフィーに言われ、デュオは素直に弓を下ろした。
確かにここには沢山の獣の気配はするが、人間に怯えて逃げていく様子もないとルースは気付く。
キースもそれらの気配に気付いたのか、肩を竦めて言う。
「ここの獣は、人を余り見た事がないのだろうな」
「それだけ人は来ない場所なのね」
「そうらしいな」
キースとソフィーが話している間、ルースは辺りを見回していた。いつもなら、ここで何かを言うフェルの声が聞こえないのだ。いったいどこへ行ったかと思っていれば、前を歩くデュオが声をあげる。
「あ、フェルがあんな所にいる…」
デュオが指をさした場所は、随分と下りて行った先にある木の上だった。
「何をしているんでしょうか、フェルは…」
『あいつは、木の実を獲っているぞ』
その時シュバルツが上空から舞い降り、ルースの近くの木に留まってそう言った。
そのシュバルツからの報告でここまでの緊張が一気に解かれ、皆は気の抜けた顔になって笑いあった。
「おーい!旨そうな実がついてるぞ!」
そして少ししてフェルの声がルース達の下へ届くころには、皆は額に手を当てて苦笑する事になっていたのである。
「フェルは何しに来たんだか…」
「まぁ、フェルが通常通りで良しとしましょう」
「ふふふっ」
「あははっ」
それから暴走気味のフェルを回収したルース達は、その日の内に山の麓まで一気に下って行ったのである。
そうして日も沈みかけた頃に、ルースが言った魔巣山の麓へと辿り着いたのだった。
フェル、キース、デュオ、ソフィーは、その視界の先にある赤い山を見て、言葉もなく立ち尽くした。
5人が立つ足元には草花が溢れ、その地を埋め尽くさんばかりに青々としているのに対し、向こう側に見える山は、生気を失い立ち枯れた様子の木々が物悲しさを呈していた。
そしてその間にはルースが言った通り、地をくり抜いたが如く暗い闇がポッカリと口を開けていたのである。
「あれが魔巣山か…?」
「想像以上だな…」
「話には聞いていたけど、普通じゃないってわかるね」
「ええ、禍々しい感じがするわね…」
ルースは皆の言葉を聞きながら、多少言葉は違うが、前回も同じ会話を聞いた事を思い出していた。
【あれが魔巣山…】
【想像の範疇を超えています…】
【異様な雰囲気の山ですね】
【とても嫌な…気配がします】
そんな前回の記憶に蓋をし、ルースはその追想から浮上する。
あの時はその彼らとは3日をこの地で過ごした後、向こう側に渡ったその日、ルシアスの記憶は終わってしまったのだった。
ルースは残された時間の寂寥感に苛まれながらも、皆の背中に新たな未来を誓うのであった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>
そしてブックマーク・★★★★★・いいね!を頂きます事、モチベーション維持に繋がりとても感謝しております。
このルースの物語を投稿し始めたのが2024年1月22日の朝でした。
そして今日は2025年1月21日、あっという間に丸一年が経ってしまいました。笑
毎日の投稿を目指してはじめたはずが、それは果たせぬ事となりました。
しかし皆さまに支えられ、こうして1年続ける事ができましたことは、誠に有難く感謝しております。
いつもお付き合い下さる皆さまに、心からの感謝を…。
そして物語も終盤。
ルース達の旅に、最後までお付き合いいただけますと幸いと存じます。
2024.1.21 盛嵜 柊