【332】ここで明かす事
青きものと再会したルース達は、ブリュオンが満足するまで話し終わって一息つく。
この2体は、互いを揶揄いながら話しているようで、聴いていて面白かったと言うのは口にしない方が良いであろう。
そして青きものはブリュオンに向けていた視線を、ゆっくりとルースへ向けた。
『君の闇の鎖は、まだあるようだね』
目を細めて言った青きものに、ソフィーは眉根を寄せて尋ねる。
「前にも言っていた、その“闇の鎖”って何なの?」
『私にもハッキリした事は言えないけど、元々彼は、闇の魔のものと結びついているんじゃないのかな。今は勇者という立場にもなっている様だし、闇の鎖がある以上、そこへ行かなければならない運命…なのだと思うんだ』
“結びついている”と聴けば、ルースには思い当たる出来事があるため素直に頷いてみせた。
「そうですか。…私は闇の魔の者に対峙する運命なのですね」
しかしルースの言葉に、フェルが納得できないと口を開く。
「ルースは、そこでなんで納得できるんだよ。物分かりが良すぎだろう。今のを聴けば、どう考えても勇者になる前から、ルースはそいつと戦わなきゃならない事が決まってた、って言われてんだぞ?」
フェルは眉根を寄せてルースに言うも、その顔は心配してくれているのだとわかりルースは微笑んで返す。
「物分かりが良い訳ではありませんよ」
ルースはここにきて、ようやく決心がつく。
この彼らであれば、ルースが何を言っても自らを律して未来を切り開いてくれるだろう。そう信じて言葉を紡ぐ。
「少し、座りませんか?」
ルース達は人気のない山の中で、ここまで随分と長い間立ち話をしてきている。これから話す事は今まで言えずにいた話であり、少し長くなりそうでもあるのだ。
それに彼らが以前と違う運命を辿っていると知れば、多少なりとも動揺を与えるだろう。
そう思って、ルースは先に腰を下ろした。
この話で、ルースは皆に何を言われようともそれを甘んじて受け入れる覚悟も持ち、前回の記憶を伝える決心をしたのであった。
ルースが思いつめた表情である為、皆は何かあるのかとルースの傍に腰を下ろしていく。ルースは未だ不思議な人物であり、今のように触れれば消えてしまいそうな雰囲気をする時もあった。
「これは、今までお伝え出来なかった事です…。私が取り戻した記憶というのは、この国の王子であった子供の頃の事ではありませんでした。子供の頃に行方不明になった…という話は、私も城で初めて聞いた事です」
ルースは城を出てから皆に王子だったのかと聞かれた際、そうだという話をした。そして王子は療養中であると公にはなっているが、自分がこうしている事で、実はそれは行方不明を隠す為の発表であったと皆に伝えていたのだ。
「私が取り戻した記憶とは、この時間の子供の頃には繋がってはいませんでした。私がこの時間に戻ってきた時、多分ここにいたはずのルシアスは、消えてしまったのだと思います」
ルースが言っている事はとんでもない事であり、皆には全く意味の分からないものだろう。
「何を言っているんだルース?この時間…?」
キースがその言葉を聞き返せば、そこで初めてルースは、取り戻した記憶の時間軸を語り始めたのだった。
そうしてルースは、前回勇者として出発してからの出来事を語っていくのであった。
自分は一度、既に闇の魔の者と対峙した事があるのだと、ルースは後悔すら感じながらその話をしていく。
最後に仲間たちが呼ぶ声が、今のルースもハッキリと思い出せる。
「そうだった…のか」
と呟いたのはキースであって、他の3人は目を見開き動きを止めている。
ルースが話し終わっても誰も言葉を続けることが出来ず、重苦しい沈黙が下りていた。
「今まで黙っていて、申し訳ありません。本来ならば記憶が戻った時に真っ先に話す事でしたが、私の弱さからここまで話す事ができませんでした」
ルースは、地に着きそうな程頭を下げた。
「…私は…ルースの話を信じるし、ルースが今まで話せなかった事も何となく理解できるわ。それに前の私にはネージュもいなかったみたいだから、その時の記憶は勿論ないけど、2度目の私があって良かったと思う」
と、皆の中で真っ先に理解を示してくれたのは聖女であるソフィーだった。
「…ああ、そうだな。それにその時の記憶があるルースがいれば、今回は違う方法も考えられるという事だ。それによっては勝率が上がるのかも知れないだろう?」
キースも真剣な眼差しで、ルースへと頷き返してくれた。
「ちょっと待ってくれよ…ルースはそんで今が2回目?それじゃあ前は殺されたって事なのか?」
フェルが動揺するように、ルースへと視線を向ける。
「いいえ。こうして生きている以上、殺されたわけではありません。むしろ遊ばれたのか気まぐれなのかはわかりませんが、もう一度やり直せと云われている様に、時間を戻されたのです」
「という事は、前回のルースはルシアス王子として、闇の魔の者と対峙したって事?」
デュオも話が混乱しているのか、一つずつ絡まりを解すように質問をする。
「はい。前回は二十歳になるまで王子として生きていました。そして勇者に選ばれ、そこに集められた皆と一緒に、魔巣山へ向かいました」
「そっか。だからあの時…」
デュオが何かに気付いて考え込んでいる。
「あの時?」
キースがその言葉を拾って何かと尋ねるも、デュオは首を振って説明する。
「キースは知らない事だよ。キースと出会う前、ルースが倒れた事があったんだ」
「あっ魔力酔いって言ってた時ね?」
「ああ…あん時は、一瞬目が覚めたかと思ったら、変な話し方してたよな。ちょっと偉そうに…」
デュオとソフィーが話している事で思い出したのか、フェルもそう補足した。
だが3人が話す内容はルースも知らぬ事であり、ルースも何の事かと首を傾けた。
「そうだったわね。いつものルースの話し方じゃなかったから、すごく違和感…というか、ルースがいなくなりそうで怖かったのを覚えているもの」
キースが振り返りルースを凝視すれば、4人の視線がルースに集まった。
「偉そう…?それは違和感だらけだな…」
「そう。それで今聞いた話でね、その時のルースは昔のルースになっていたんだなって思ったんだ。考えてみればその時の話し方は、“王子”と言われればすんなり納得できるし」
「そうね…そうかも知れないわ」
「うげ。ルースは昔、偉そうだったって事か…」
フェルが少しずれた事を言えば、キースが苦笑する。
「フェル、そこは偉そうだったのではなく、実際に偉い立場のものだったという事だ」
「ああ…そっか…」
キースの説明に不承不承という顔で、一応は納得したらしいフェルである。
「私が今お話ししたのは、青きものに言われた“闇の鎖”がそれであると思ったからです。私はあの時、闇魔法に侵食された事で時間を戻されました。それが鎖という形で繋がっているのだと考えられます。そしてその時に髪の色や目の色も、変わってしまったのだと…」
ルースは、青きものの顔をうかがう様に見た。
青きものは少し考える風であったが、その話に納得した様に頷いた。
『その話を聞けば、そう思い当たるのが自然かな。その鎖は最早“運命”とも呼べるものだろうね』
闇の魔の者とルースは、目に見えない鎖で繋がってしまっている。それはもう、運命というしかないのであろう。
「どっちみち、これからそこにいく訳でもあるし、今更運命だって言われても、今更だな」
フェルは良いこと言うだろう?というように鼻の下を擦る。
その言葉はフェルなりにルースを励ましているものだと分かり、ルースは強張っていた頬を緩めた。
「はい。今回こそは、勇者としての務めを果たします」
ルースは決意の籠った眼差しを、皆に向けた。
『ではその時は、私も駆けつけよう。でも私はここを長く離れたくはないから、白きもの、連絡をしてくれないかい?』
『よかろう。その時には必ず、おぬしも見届けられるように致そうぞ』
ネージュの言に、青きものは笑ったように目を細めた。
こうしてブリュオンの頼みから始まった事ではあったが、ルース達にとっても思わぬ時間を青きものと過ごした。
そして再び空へと消えていく青きものを見送ると、ルース達は北にそびえる山を目指し、再び歩き出して行くのだった。
蛇足:フェルが2回「今更」と言ったのは、大事な事、だからですね。笑