【33】ルースの異変
コンッコンッ
「冒険者ギルドのクエストできました。ノーラ・ロドロスさんは、いらっしゃいますか?」
順調な滑り出しをみせたフェルに、ルースも一安心する。
今までのクエストでは主にルースが対応していたので、フェルに任せる事もたまには必要だなとルースは思った。
「はーい」
声と共に家の扉が開き、中から20代位の女性が顔を出した。
「ノーラ・ロドロスさん、ですか?」
「ええ、そうよ」
「俺達は冒険者ギルドから来ました、E級パーティの月光の雫です。俺がフェル、こっちがルースといいます」
ルースが隣でペコリと頭を下げる。
「あら、かわいらしい冒険者さんが受けてくれるのね。手紙の配達とは言え、少し距離があるけど大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「そう、それなら…ちょっと待っててね」
そう言ったノーラは、扉を開けたまま中に戻っていくと、程なくして一通の手紙を持って戻ってくる。
「これなのよ。あて先はキニヤ村の“ロバート・ロドロス“という人。その人にこの手紙を渡してほしいの」
差し出された手紙をフェルが受け取れば、それをルースへ手渡す。
その手紙は、羊皮紙を丸めた物を紐で括ってあるだけの物だ。ルースは表書きを確認し、“ロバート・ロドロス“と書いてあることを確認する。
「私の父なの。元気にしているかも、見てきてくれると嬉しいわ」
「はい。渡す時に様子も見てきます」
「じゃあ、お願いね?すぐに出るの?」
「いえ。まだ準備もあるんで、すぐにではないです」
「じゃあ、戻るのは3~4日って事ね?わかったわ」
「はい。では、お預かりします」
フェルとルースはクエストの手紙を受け取ると、ロドロス宅を後にして冒険者ギルドへ戻っていった。
「フェル」
「ん?」
「私は今回、魔法ぉが使えないかも…しれませ…。コホンッ」
咳ばらいをするルースに、フェルはガバリと顔を向けた。
「ああ…そうなんのか…。安心材料が減る…」
フェルはガクリと肩を落としてルースを見る。
「す…ません」
「なぁ、それって“声変わり“じゃねーの?」
フェルから、思いもよらぬ言葉が飛び出す。
「は?そぉなのです…か?」
驚愕の表情をしたルースが、喉を触る。
「俺は去年なったんだ。声がかすれたり、ひっくり返ったりして話ずらくなった。俺は半年くらい違和感があったな…」
「……」
フェルの話を聞いたルースは、さすがにその期間、魔法が使えないのは困るであろうと考える。
「でも、すぐに落ち着くと思うぞ?ちょっと不安定になるだろうけど、それは病気じゃないって父さんが言ってたから、安心していいぞ」
フェルはそう言ってくれてはいるが、ルースが懸念する事は、端からそこではない。
「どれくらい…詠唱が…」
「ああ、そっちが大事だよな…」
2人は黙り込んで、黙々と歩く。程なくすれば、冒険者ギルドへたどり着いた。
「まぁ俺も頑張るから、ルースも剣の方でよろしくな?」
と、慰めてくれているらしいフェルにルースが苦笑して、2人は冒険者ギルドの中へ入っていった。
ルースとフェルは、先に売店へ行って買い物を済ませる。先に買う物を決めていたので、時間もかからずにその部屋を後にした。
「完璧に…だな」
フェルが言っているのは、買い物をしていたルースの声が、引っ掛かり裏返ったりしていた為だ。
「うう…」
何だか、とても恥ずかしいような気がしてルースが唸るも、「どうしようもないからな」とフェルのすげない一言で、片付けられてしまうルースである。
そうなると、もう今回の旅ではルースの魔法はあてに出来ないという事だ。
クエストも受けているし手紙も受け取っているので、いくら期限がないものと言っても待ってもらう事はできないだろう。このままクエストを続行する以外に、方法はなさそうだ。
「じゃあ次は、受付だっけ?」
フェルの問いにルースは頷き、2人は受付…勿論ハーディーのいる場所へ向かう。
今はまだ午前中という事もあり、ハーディーはそのまま受付に立って、事務作業をしていた様だ。この後2人は、いったん部屋に戻り、牛を預かってから出発する予定にしている。
「ハーディーさん」
「あらフェル君、ルース君。もう出発ですか?」
「いえ、これから荷物を取りに行ってそのまま出る予定にしてるんで、先に顔を出したんです。流石に牛を連れてギルドに顔を出せないんで…」
とフェルは笑って話す。
「では午後から出発ですね。道中お気をつけてくださいね」
「はい。じゃあ、行ってきます」
2人は旅支度で、出会った時の様にマントを羽織り荷物を持ち、並んで町中を歩く。
「確か、町のはずれだったよな…牛の家」
フェルの問いにルースが頷き、道の先を指さす。
「おう、こっちだな」
ルースがハーディーの地図を確認しつつ、指をさして方向を示す。そうしてたどり着いたのは町の端で、防壁の際に広い牛舎が建ち、放牧する為の柵とそれすら囲う柵が並び、その入口には1件の家が建っていた。
「ここだな」
他に牛が居そうな所もないので、多分ここだろうと2人は入口近くにある家に近付く。町の防壁の中で牛を飼っているとは思っていなかったルースも、驚きつつ辺りを見回して歩く。
コンッコンッ
「こんにちはー!冒険者ギルドからきましたー!」
大きな声でフェルが呼びかける。多分敷地が広いので、声が大きくなったのだろう。
「あいよ!今行く!」
と、家ではなく奥の牛舎から声がして、一人の男性が姿を現した。大声で正解だった様である。
「おう、何か用か?」
「クエストの件できました」
「ああ、キニヤ村か。それじゃ、こっちに来てくれ」
と、多分クエスト主のアランであろう恰幅の良い男性が、2人を牛舎へ案内する。そして、連れていかれた牛舎の入口には、大きな牛が集まって飼葉を食べていた。
「大きい…」
フェルの村で牛は飼っていなかった為、初めて見る牛の大きさに驚く。勿論ルースも初めて牛を見る。
「はっはっは、大きいが可愛いぞ?普段は大人しいやつらだから、手間もかからんのさ」
にこにこと笑ってアランは話す。そのまま連れていかれたのは牛舎の奥で、その一画には小さな牛が5頭、藁の上に座ったり水を飲んだりしていた。
白と黒の柄がついた小さな牛たちは、突然の訪問者に顔を上げ2人を見ている。
「こいつらの前では急に動かないでくれ。ビックリさせると大変だからな」
アランの話に2人は頷く。
そこでルースがフェルの袖を引っ張る。
「ん、何だ?」
フェルが振り返れば、ルースは小声で「名乗ってください」と言う。
「あーそうだった」
と、まだ名乗ってもいない事を気付かされたフェルが、アランに向き直る。
「すいません、まだ名乗ってもいませんでした。俺達はE級パーティ月光の雫で、俺がフェル、こっちがルースと言います」
そう言われたアランも俺もだな、と話し出す。
「俺がアラン・ディートルだ。クエストは、あの牛をキニヤ村の“ブルーノ・ファロス“のところまで届けて欲しいんだ」
と、仔牛の中の1頭をさす。
「今連れてくるな」
と、柵に入っていったアランは、仔牛の中では少し大きく白が多い白黒の牛に、手際よく口の周りに綱を回して、“もくし“という牛を引っ張る為の綱をかけ、こちらへ連れて来た。
その仔牛は左頬に黒い模様があって、それが面白いアクセントになっている。
「今餌を用意するから、このまま入口まで歩かせてってくれ」
ほいっとフェルに綱を渡す。
その綱は牛の顔から伸びており、それを持って引けば、歩かせることが出来るらしい。
フェルは、おっかなビックリ綱を握ると、その仔牛を引いて入口まで歩き出した。
思いのほか仔牛は大人しく、大きな牛のそばを通り過ぎる時も顔を向けただけで、嫌がる事もなく入口まで辿り着いた。
「はー」
たかが10m位を移動させただけで、フェルは緊張したようだ。大きさは、2人の肩に頭が来る位の仔牛である。
2人がそこで待っていると、横幅30cm程のショルダーバッグを持ったアランが、2人の前に来てそれを差し出す。
「これを持って行ってくれ。中には飼料が入ってるから、朝と夜に、食いたいだけ食わしてやってくれ」
ほれっと差し出されるカバンを、2人はキョトンと見る。随分と少ない食料に、2人はこれで足りるのかと困惑していた。
「えっと、好きなだけって…小食なんですか?」
とフェルの問いに、2人の表情と合点がいったらしく、アランは豪快に腹を揺すって笑った。
「ああ、初めて見るのか。これは“マジックバッグ“といってな、見かけは小さいが、あの位の量が入っている」
アランが指さす方を見れば、牛舎の一角に高さ1m位の藁が積みあがっている。
「ええ?!」
「驚いたか?」
フェルとルースの顔に、アランは笑って尋ねる。
「はい…」
「そのカバンは見かけより入るって事だな。それに重さも感じないはずだ。少年2人に大量の飼料を担がせる訳にもゆかないだろう?ただそのカバンは俺の私物だから、持って帰ってきてくれよ?」
帰りは好きに使ってくれても良いからなと、アランからそのマジックバッグを預かり、2人は仔牛を引いてキニヤ村へと向かって行ったのだった。
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