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【329】真夜中ですよ

 イヌーシャの町を出ると、地図上でのスティーブリーとメイフィールドとの中間を北上していく事になる。


 元々いたソロイゾの町がこの国の中心付近であり、それよりも東北東にあるスティーブリーと北西にあるメイフィールドにルース達が立ち寄ったのは、もう随分と昔にも感じ、少しずつ温かくなってきた風が懐かしい香りを含んでいる気もして、ルースは東の空を眺めた。


 その遥か彼方には、ルースが育ったボルック村がある。

 あれから5年、ルースがシンディの元を離れてから随分と経った。

 当時大きく見えていたマイルスとも今向き合えば同じ位の背丈になっているはずで、シンディはきっと見下ろす位であろうと考えて薄く笑みを湛え、ルースは月日の流れに思いを馳せた。


 ルースが旅に出てからは、そんな彼らに手紙を出した事がない。

 元々がシンディの本当の家族ではなかったのだし、新婚であるシンディは幸せの中にいるはずだ。そんな所へ連絡でもすれば煩わせてしまうだろうと、最初の頃はそう思って郷愁に駆られてもそれをする事はなかったのだ。だがそれが、いつの間にか何と連絡すれば良いのかわからなくなり、そのまま今まで来てしまったのである。


 “必ず帰る”


 そう約束をして出てきた村であるが、今となってはその約束は果たすことが出来るのか、ルースにも分からない。そんな状況であるがゆえ、ルースに何かあればシンディ達には知らせが行くようにしておきたいとは思っている。それはフェル達に頼むことになるのだろうと、ルースはそこまで考え、今度は北西へと視線を向ける。


 その方角には遠くに高い山が見える。不毛の大地とも呼ばれる魔巣山(まそうざん)だ。

 人々は何かを感じ、近付く者さえ少ないと聞く。そして、その山に入った者はもう戻っては来ないのだと囁かれる程だ。


 ルース達はこれからその魔巣山(まそうざん)へと向かうのであり、入った者が戻ってはこないという場所を目指しているのだ。

 ルースは自らそこに行く決断をしたのであり、この先に何があろうとも後悔をするつもりはないのだと、引き付けられる視線を剥がし、ルースは御者席にいるフェルとデュオに視線を向けた。


 今、その手綱を握るのはデュオで、フェルは隣に座りデュオに操作を教えている。


「そう、手綱は馬の体に掛らない位で短めに持つ事を意識するが、引っ張り過ぎると止まるから、少し弛むくらいで優しくな」

「うん、わかった」


 今は真っ直ぐな道が続いている為、これ位の基本操作だけで事足りるようだ。

 それにこの馬は城で用意してくれただけあり、頭も良く、人の気持ちさえ理解しているかのように大人しく従ってくれていた。

 この馬は“エポナ”という名前だと、フェルが出発時に聞いていたらしく皆に教えてくれた。もう一か月以上このエポナと一緒にいる為、彼女もルース達に少し懐いてくれている様にさえ見える。


 そうして穏やかに旅は続き、ルース達は再び北部地方へと向かって行っている。そうなると進んだはずの季節は停滞し、遅い春の爽やかな日差しが続く。

 小さな村を通過し、小規模な町に立ち寄っては時々クエストさえも受けて出発して行く。こうしてルース達が冒険者ギルドに寄るのは、他の町などで起こった異変などの情報を知るためという意味もあった。


「なあ、次の町はどれ位で着きそうなんだっけ?」

 フェルが御者席から歩いているルースを見下ろし、そのままストンと地に降り立った。

「ちょっとフェル、隣に居てってば」

「ん?大丈夫だデュオなら。そのまま手綱を握ってりゃ良いだけだしな。ちょっと休憩」

 そういってシャカシャカと歩き出すフェルは、座るよりも歩く方が休憩らしい。


「もう…フェルらしいわね。ふふっ」

 とソフィーが言えば、尤もだと皆も笑う。


「次の町は、後2日くらいで到着すると思います。次はまた、食料も補充していきましょう」

「おう」


 そうして暫く進めば西から張り出すように森が見えて、そこを迂回するように道も弧を描き緩やかな登り坂になってくる。

「デュオ、速度が落ちてるぞ」

「え?あっうん」

 パシリとデュオが手綱を振る音がして、エポナの蹄の音が速度を上げた。


「ちょっとフェル…僕は初心者なんだから、隣に座っててよ」

 デュオはへそを曲げたようにプクリと頬を膨らませ、フェルを睨む。

「じゃあ、オレが隣に座る。少しは手伝えるだろう」

「えっありがとうキース!」

 キースがフェルの反対側からデュオに声を掛ければ、デュオはパッと振り返り笑みを広げるのだった。



 この道は大きな町から続く道ではない為に人通りは余りなく、陽が落ちてくれば人影もなくなる道だった。そして町までの間は、当然野営となる。

 今日は街道から少し入った森の中で、木々の開けた場所に馬車を停めて野営となった。



 そして人も少ない場所柄からか、夜は少なからず魔物とも遭遇する。

「フェル、来たようですね」


 今はフェルとルースが火の番をしており、近くにいるシュバルツから今ルースに念話が届いたのだ。その為ルースも集音魔法を発動させ、シュバルツが教えてくれた方角を探る。


「フェルと2人で行きます。シュバルツはここに残って、異変があったら皆に知らせてください」

『承知した』


 シュバルツが感知した魔物は、まだ少し遠くにいる事が分かった。だがわざわざここまで来るのを待つ必要もなく、ルースとフェルは野営地を抜け出していく。

 今のところ怪しい物はその気配だけであるし、休息している皆を起こしていく必要もない。

 だが聖獣は皆気付いているだろう、とルースは思っている。


「2人で行ける奴か?」

「ええ。そこまで大きな気配ではありませんでした」

 ルースとフェルが走りながら確認を取っていると、500m程も行けばそれは見えてきた。


 見えるといっても黒い塊がいるとしか分からないが、それで2人には十分である。

「あれだな」

「ですね」

 と速度を緩めずに走って行けば、目の前に見えてきたのは1体の“ボーンディア”だと分かる。


 “ボーンディア”とはヘラジカに似た魔物で、その角が巨大な骨の様である事からそう呼ばれている。体高は3m程、そして角はその存在を更に大きく見せている。

 割と普段は大人しい魔物と言われているが、この春の時期は繁殖期であるし1体だけで彷徨っている事からも、番を求め気性が荒くなっていると思われる。


「速そうだな」

「ええ」


 この魔物はスピード重視だなと確認をしていれば、魔物もこちらに気付き、闇に2つの眼光が煌めいた。

 そして目が合ったと思った途端、いきなりトップスピードで疾走してきたのである。

「それでは」

「おう」


 こちらも地を蹴ってスピードを上げ、左右に別れて2人の間に挟むように突っ込んで行った。

「皮は売れますよ」

「それを今言うのかよ!」

 と少々抜けた会話から、2人は魔物の間合いに入る。


 ボーンディアが狙ったのはフェルだったらしく、大きな角をフェルに向け頭ごと大きくスウィングする。

 するとそこから強風が吹き、盾を構えていたフェルがあっという間に飛ばされて行った。


「うおっ魔法かよ!」


 悪態をつきつつフェルは迫る木に足を向け、激突するはずだった木で反動をつけて跳躍する。

 身体強化を使ったフェルは、体を最大限に使って攻撃もするのだ。

 魔の者との戦いでは精々盾で叩き飛ばす位だが、魔物とでは跳躍や腕力などを使って戦闘を熟しているフェルである。


 フェルが飛ばされている間に狙いをルースへと向けた魔物は、再び頭を大きく振る為に頭を傾けた。


「体がガラ空きですよ」

 風魔法を纏っているルースは、そう呟いてボーンディアの脇腹付近へと一瞬のうちに移動する。そして魔物が頭を振った時には、ルースの剣はあばらを貫通し胸を刺し貫いていた。


『グゥーッ!!』

 大きく一声鳴いたボーンディアは、剣を引き抜くとゆらりと揺れる。


「俺はまだ、何もしてねーじゃん!」

 そこに飛び込んで来たフェルが、反対側からザクリと首に剣を突き刺した。


『グガァーッ!』

 ゴボリと口から液体を流し、魔物はガクリと前膝をおった。

 2人から一瞬にして急所を突かれた魔物は、そのままドサリと地に沈んで行ったのである。


 ―― ドーンッ! ――



「大きいけど、然程でもないんだな」

「はい。元々が大人しい魔物で攻撃も風魔法位ですから、獲れ易くて食材としても人気があるらしいですよ」


 ルースがそんな豆知識を言えば、フェルは暗がりでも分かる程に目を輝かせた。

「マジか!それじゃあ、旨いって事だな?」

「はい。この時期は少し脂が落ちますが、それでも花のような香りがするお肉は、柔らかくて美味しいとの事です」

「―!!―うおぉーー!!」


 ― バサバサッ バサバサバサッ ―


 ルースの説明で雄叫びを上げるフェルは、今が真夜中である事を忘れているらしい。その大声で近くにいた鳥たちも慌てて飛び立って行ったではないかと、ルースは頭を抱えた。


 そして、その叫び声で眠っていた野営地の皆が起き出して大騒ぎになっていた事は、この時のフェルにはまだ知る由もないのであった。


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― 新着の感想 ―
何のことかはあえて言わないですが、城で用意してくれた“それ”の本来の相棒はリンクという名前のような気がします。
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