【328】汗と笑いと
ルース達がイヌーシャの町の到着したのがもう夕方だった為、ソフィーの治癒は翌日から始める事になった。
その治癒の為に用意された場所、ギルドマスターが話を通して借りてくれた場所とは、皮肉にもルース達が避けてきていた教会であった。
とは言え、ソフィーは既に教会に知られる存在であり、拒む理由はもうない。そして何よりもそこへ行ってみれば、司祭はソフィーを目に留めるなり、涙を浮かべて迎え入れてくれたのである。
「聖女様、ようこそおいで下さいました。私はこの町で司祭を務めております“トムソン・オルルン”と申します」
深々と頭を下げる司祭はもう高齢と言っても良い位で、白くなった頭にシワの刻まれた肌をしているが、それこそ女神を見ているかの如く感動の眼差しを向け、その眼だけが輝いて見えていた。
ハミルトンによれば、この町の教会は皆に愛されていると聞いた。なるほど、それはこの司祭のお陰であろうと気付く位には、人当たりの良い司祭であるとわかった。
そんな司祭に出迎えられたソフィー達は、教会の一室を借りて治癒を始める。
ソフィーの背後には勿論ネージュが控え、その部屋にはフェルも護衛として滞在した。そして不埒な輩はいないかと、いつもの緩い表情を改めたフェルが、真面目な顔でソフィーを警護するのである。
その教会へはまず、ギルドマスターから知らされた冒険者達が集められ、待合室として礼拝室を使い、一人一人がソフィーのいる部屋へ入って行き治療してもらって行く事となった。
“この町に聖女様が来ている”
“怪我人を治してくれている”
何も告知せずともそんな噂はすぐ町中へと広がり、大勢の怪我人たちが教会へと詰めかけていく。
その頃には町の薬師である女性も教会に駆けつけてくれ、先に礼拝室に集まってきた者達の傷の状態を確認し、「あんたはかすり傷だから、この塗り薬で十分だよ」とソフィーに負担がかかり過ぎないよう、フォローをしてくれていたのである。
この町の薬師自身もポーションを作れない事を申し訳なく思っており、自分の代わりに動いてくれるソフィーへ、精一杯の協力を申し出てくれた形であった。
こうして怪我人達をソフィーが治癒している間、ルース達3人とシュバルツ・ブリュオンは人々に混じり町の復興のために動いていたのである。とは言え、シュバルツは周辺の警戒だといって空へと飛んでいき、ブリュオンはキースの胸ポケットの中で眠っているのだが。
ルース達は、燃えてしまった建物や壊れてしまったところを修繕している町人たちに混じり、廃棄物を撤去し運搬したり建材を運び込んだりと手伝っていた。
「おう、あんちゃん達はちょっと休憩してくれ。女性陣が飲み物を用意してくれているぞ」
「はい、ありがとうございます」
ルース達は今以前の服を着ており、自分達が勇者パーティであるとは伝えていない。その為か町の人々もただの冒険者だと思ってくれているようで、気軽に声を掛けてくれていた。皆が大変な思いをしている所で、わざわざそれを言う必要はないからだ。
ルース達は運んできた木材を置き、笑いあう。
ルース、デュオ、キースが、腰を叩きながら首から垂らした布で汗を拭う。
「それじゃあ、ちょっと休憩だね」
「ああ」
町の人達も皆汚れた格好で汗を流しているが、その顔には笑顔が戻っている。
昨日ギルドマスターを経由して、この町を襲ったものが討伐されたとの知らせを受けた人々は、やっと緊張した日々から解放され、以前の生活を取り戻すために前へと進み始めたのだ。
「お疲れ様。はいどうぞ、少し休憩してっとくれ」
女性たちは力仕事が出来ないからと、復興で汗水たらす男達の為に、食べ物や飲み物を用意してくれていたのだ。その差し出された果実水を受け取り、ルース達は一気に喉を潤す。
「おいしい!サッパリするね!」
「モレンの果汁を薄めたもののようですね」
「ああ、体に染みるな」
首から垂らす布で顔を拭くルース達はここではただの青年で、そんな3人を人々は嬉しそうに見ている。
「そう言えば、この町に勇者様が来ているそうだよ。一緒に来た聖女様が、教会で怪我人を治してくれているんだって。こんな所にまで来てくれて有難いね。これでまた安心して生活して行けるってもんさ」
給水所に集まる女性たちは、手を動かしつつも口も忙しそうだ。
「そう言えば昨日、大きな馬車が来たって話だから、それが聖女様たちだったんだろうね」
「どうやらそうらしいよ。その勇者様たちは、町を襲った奴をチャチャッと倒してきてくれたんだろう?あんな危ない奴を倒してきてくれるなんて、勇者って者はとっても強いんだねぇ」
「当たり前だよ、勇者なんだからさ。それにきっと男前なんだろうねぇ~。あぁ一度でいいから顔を見てみたいよ」
「何言ってんだい、いい年してキャーキャー言うつもりかい?」
「そういうあんただって、姿を見せたら観に行くんだろう?」
「それはそうさ。でもそれとこれとは、話は別だっていう事だよ」
声の聞こえる場所で水分補給をしているルース達は、顔を見合わせて苦笑を浮かべている。
「ルース、名乗り出てみれば?キャーキャー言われるかもよ?」
とデュオがニヤッと笑い、ルースに囁く。
「クックック。モテモテだな、きっと」
そしてキースまで悪乗りするように、ルースを肘で突いた。
「勘弁してください。2人とも子供みたいな顔ですよ?」
ルースは眉尻を下げ、2人を睨め付けた。
「…ハハハッ」
「…クックック」
「もう…フフフッ」
そんな雑談を交えつつ、その日一日ルース達は冒険者や町の人達に混じり、町を戻の姿に戻すために動き回るのであった。
そしてそれから1日もすればソフィーは怪我人の治癒も終わり、町の方も壊れた建物などに復興の目処が付いたため、ルース達はイヌーシャの町を出発することにした。
その日の夜にはギルドマスターのハミルトンにも報告し、出来る事は終わったと伝えた。そして明朝には出発すると話していたのである。
「色々とありがとう。人々が笑顔を取り戻せたことに感謝する」
とハミルトンは深く頭を下げ、ギルドマスターとしての立場と、この町の人間としても感謝を伝えてくれた。
そして報酬も出すとは言ってくれたが、町はまだ落ち着いておらず冒険者達にも不安が残る今、それはこの町の人達に使ってくれと言って辞退した。
もっともルース達は国からの援助もあり、金銭的には何も困っていないという事もある。
こうして翌朝、冒険者ギルドの前で、ギルドマスターをはじめギルド職員も総出で見送ってくれる中、ルース達は再び馬車に乗り、薄闇の残る町をゆっくりと進んで行った。まだ寝ている者も多い時間で、ルース達は静かに町中を通過していったのだった。
しかしその馬車が門に近付いて行くと、こんな時間であるにも関わらず大勢の人の気配がすると気付き、何かあったのかと皆は馬車から身を乗り出す。
そして町の門を見れば、この町の住人と思しき大勢の人々が門の周りを埋めており、馬車が近付くにつれ声が聞こえてくる。
「勇者様、ありがとうございました!」
「ありがとう!」
「助かったよ!あんちゃん達!」
「またきてねー!」
そんな声には子供の声も混じっており、門を通過する頃には皆が手を振ってくれていると知る。
「聖女様!ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
「あんちゃん達!この先も頑張れよ!」
「ありがとう!」
「元気でな!」
大勢の人々が馬車に向け、感謝の言葉を伝えてくれていた。
その中にはどうやらルース達を勇者だと気付いていた者の声も聞こえ、皆が顔を見合わせて笑った。
「皆さん、お元気で!」
「頑張ってね!」
「またな!」
「元気で!」
ルース、デュオ、フェル、キースが声をあげ、ソフィーは馬車の窓から笑みを湛えて手を振り返している。
“ワアアー!”
それが歓声となり町の門を通り抜けて行けば、町の人々は門の外へと出てルース達が見えなくなるまで、いつまでも手を振り見送ってくれていたのだった。
ルース達は町が小さくなった頃、前を向いて大きく息を吐く。
「早く落ち着くといいな」
フェルが優しい眼差しを湛えて独り言を囁けば、皆も深く頷いて返すのだった。
こうして遠ざかるイヌーシャの町を背に、ルース達は北へ向け陽が昇り始めた穏やかな道を、進んで行ったのである。