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【326】自分達の現状

 キースの前に立ち上がった魔の者は、キースを見下ろすように顔を下に向けながら右腕を大きく振りかぶった。

 それは咄嗟の事で、キースはその光景をスローモーションのように感じながら、見つめている事しかできなかった。


 今から魔法を発動させても到底間に合うはずもなく、そもそも1m程しか離れていない距離では、防壁を築く事さえ不可能といえる。

 この腕が振り下ろされればキースがいくらロッドで抵抗しようとも、それを弾き飛ばし刃の様に振り回すこの腕に切り裂かれるであろう事を瞬時に悟る。だがキースは決して目は閉じず、瞬きさえもせず魔の者を真っ直ぐに見つめていた。


「「キース!!」」

「キャーッ!」


 フェル達とソフィーの悲鳴さえも鮮明に聞こえるキースは、そんな友たちにこれまでの事を心の中で感謝した。このメンバーの中では最後に加入したキースであるが、そんな浅い付き合いの自分にも皆分け隔てなく接してくれた。キースは心温まる思いで、こんな最期もありかも知れないとさえ、腕を振り下ろされるその一瞬で思考していたのだった。


 ところが、キースがいくらその瞬間を待っていてもその腕は振り下ろされる事はなく、目の前の魔の者はその動きさえ止めているように見えたのである。


 キースは不思議に思い、その顔から下へと視線を下げて行けば、黒い体の中心から輝く刃の切っ先が飛び出していると気付く。その刃は次の瞬間真横に動き、魔の者の体を切断するようにして視界から消えていった。


 その刃が通過したところから煙が上がり、傷口から徐々にボロボロと崩れるように魔の者は形を失っていく。

 黒い粉となったものが風に流されて散って行けば、空洞の出来た体の向こう側に、心配そうな顔をしたルースが現れてきたであった。


「大丈夫ですか?」

 その優しい声に流石のキースも気が緩み、そのまま地面に尻もちを付く。

「キース!」

 とソフィーの悲鳴のような呼びかけが聴こえている間、とうとう魔の者であったものは全て崩れ、風に流され舞っていった。


 フェル、ソフィー、デュオ、皆がキースの傍に駆け寄って来て、座り込んだキースを心配気に見下ろしている。それを下から見上げたキースは眉尻がぐんと下がり、今までになく緩んだ顔を皆へ向けていたのだった。


「…すまない大丈夫だ。流石にもう駄目だと思って…気が抜けただけだ。怪我ひとつない」

 と言うのが精一杯であったキースだが、それだけ聞けば無事であると分かり皆もホッとして肩の力を抜いた。


 そしてフェルもドサリと腰を下ろして胡坐をかくと、両膝に手を置いてキースへと頭を下げた。

「ごめん。俺がキースの所に飛ばしたから、キースが危険な目にあったんだ」

 フェルは自分のせいだと、キースへ謝罪したのだった。

 こういうところはフェルの良いところであると思い、ルースは淡く笑みを湛えた。


「いいや、謝罪は無しだ。フェルは、オレに繋げば何とか出来ると思ってした事だろう?今回はオレのやりかたが拙かっただけだから、フェルは気にしないでくれ。それに傷ひとつ無い訳だし、何も問題はない。そうだろう?ルース」

そう言ってキースは、正面に立つルースを見上げた。


 ルースは、フェルが動き出した時にその行動を予測し、キースのいる方向へと走り出していたのだった。その為、キースが間一髪のところで間に合った訳で、ある意味キースが囮になってくれた為、ルースがとどめを刺せたと言っても良いであろう。


「ええ。今回はギリギリでしたが、次回はこれを踏まえて連携を考えましょう。それにフェルが盾で撥ね飛ばしたものを誰かが待ち構えて攻撃するのは、実際に良い方法だと思いました」

「そうだね。僕ではそこまで威力のある攻撃はだせないけど、援護する事ならいつでも出来るよ」


 そこでデュオも自然に話に加われば、皆の視線がデュオに注がれた。

「ってデュオ、もう大丈夫なのか?少し休んでいた方がいいんじゃないのか?」

 と、キースはデュオが吹き飛ばされた事を思い出し、心配そうに尋ねる。


「心配してくれてありがとう、それはもう平気だよ。ソフィーが折れたあばらもすぐに治してくれたしね」

 サラリと言うデュオに皆はあっけにとられるも、それを苦笑に変えて眉を下げた。


「デュオは骨が折れてたのかよ…。でも、それ位で済んだのは流石だな」

「自分でもびっくりだけど、咄嗟に斥候のスキルを使ったから体の負荷が少なくなって、何より草の上に落ちたからそれ位で済んだんだと思う」

「そうですね。ここが木々の中でしたら、もっと大怪我になっていたかも知れません」

「やっぱり、魔の者は強いわね…」

 そこで皆の話を聞いていたソフィーが、眉尻を下げてポツリと言う。


「ええ。魔の者は強いです。ですが私達が行かねばならない所にいる者は、もっと強大な力を持つ者です。人ならざるもの、封印されしものは、私達の想像をはるかに超えた力を持っているのですから…」


 最初の勇者の物語を読んだ皆には、ルースの言う言葉の意味が分かっているだろう。あれがお話しの世界であるにしろ、封印されしものは遥か昔よりこの地に居るものであり、その影である魔の者ですらこれだけの力を持っているのだから。

 今回もルース達が辛くも勝利はしたものの、まだまだ各々には課題が残る結果となったのである。


 こうして戦闘を終えたルース達が道を戻り村の近くへと辿り着けば、薄っすらと明るくなってきた空の下、その村はやっと呼吸をし始めたかの様に人々の気配が動き出し、家々からは立ち上る煙が見えていた。

 どうやら先程の魔の者との戦闘音は気付かれていない様で、穏やかな朝の村の風景がそこにはあると、ルース達は安堵し微笑みあう。


 知らぬなら知らぬ方が良い。わざわざ人々を怖がらせる必要もないのだ。

 ルース達はゆっくりと村に背を向けると、シュバルツ達の待つ野営地へと静かに戻っていったのであった。




 その後ルース達は休憩もそこそこに野営地を出発し、目指すイヌーシャの町へと向かって行く。


 ルース達が話し合った限り、多分あの個体が町を襲ったものではないかと結論付けたものの、町までの道中で別の個体が出てくる可能性も考慮し、ルース達は昨日よりも速度を落とし、周辺を警戒しつつその道を進んで行ったのである。


 そうして少し時間をかけて進んだこともあり、イヌーシャの町へと到着したのはその日の夕方になってからだった。

 そのイヌーシャはルースとフェルが最初に訪れたカルルス程の小規模な町で、すぐに視界に飛び込んでくる門からは建物の焼け跡が見え、壁が壊されている建物もチラホラあるようだとわかる。

 町全体が壊された訳ではないようだが、町に入ってすぐに見えてきたその光景に、ルース達は表情を引き締めたにである。


 これは魔の者が直接手を下した物ではないのだろうと、ルースは町を歩きながらそう思う。

 魔の者は人を襲う事を目的にしているはずで、物を壊すところを今まで見た事がない。だが人を吹き飛ばし、それが当たって物が壊れる事はあるとは思う。推測ではあるが、これは戦闘の際に火魔法を使ったか、襲われ逃げ惑った人々が混乱したために、火災が起きたり壊れたりしたものであろうと考察したルースだった。


 そうしてルース達が馬車を引きながら町中を進んで行けば、警戒するような人々の視線が突き刺さってくる。

 チラリとそちらへ視線を向ければ、不安、恐怖、痛みなど様々な色を浮かべた眼差しとぶつかる。

 頭に包帯を巻いた者や上肢を布で固定している者など、怪我人も多数見受けられるのだから、それは致し方ない事であるとわかっている。

 ただ、そんな中でもルース達が武器を所持していると気付いた者には、応援に呼ばれた者達であろうかと期待や物珍しさと言った目を向けてくる者もいた。


「視線が痛いな…」

「そうだね。注目されてるみたい、僕たち…」

 フェルが小声で感想を言えば、デュオも同意の言葉を紡ぐ。


 その後冒険者ギルドの場所を聞く為、冒険者らしき者に声を掛けて場所を教えてもらい、ルース達は馬車を連れたまま冒険者ギルドへと先を急いだ。

 そして冒険者ギルドの近くで馬車を止めてフェルとシュバルツを馬車に残し、ルース達4人はネージュを連れて冒険者ギルドへと入って行ったのだった。


 その冒険者ギルドの中は割と多くの冒険者がいるものの、夕方だというのに活気はなく、包帯を巻いた者や暗い顔をする者などが重苦しい雰囲気を作っていた。


「酷いな…」

「ええ。亡くなった人はいなかったようですが、冒険者にも怪我人が多数出たと聞きましたから…」

 受付に向かいながら、ルースとキースは小声そんな話をする。


 そして受付でギルドカードを出し要請を受けてきたと伝えれば、ギルド職員は心底ホッとした様に顔を緩め、泣き出しそうな顔に変わる。

「ご足労頂きありがとうございます。それでは、ギルドマスターの所までご案内いたしますのでこちらへ」

 と、早々にギルド職員はルース達を案内する為、奥の扉へと歩き出す。


「あの、すみませんがその前に…表に馬車を置いておりまして、通行の邪魔にもなりますので、どこかへ先に移動させたいのですが」

 ルースはそこに仲間もいる事を伝えた。

「それでしたら今ギルドの馬車が出払っている為、そちらでお預かりできますよ。職員がその馬車へ向かいますので、皆さまは先にご一緒にお進みください」

 そう対応してくれている職員の横で、もう一人の職員がルース達へ頭をさげると表へと向かって行ってくれた。


 そうしてルース達は職員の後に続き、ギルドマスターが居るという奥の扉の中へと消えていったのだった。


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