【321】万感の思い
案内された宿の部屋でルースが居間の窓を開ければ、まだ肌寒い春の風が入って来た。
今皆は部屋の中を見回っており、誰をどの部屋にしようかという声も聴こえてくる。
そんな中ルースは居間に残り、窓からの景色を眺めていた。この部屋は宿の3階にあって、町の景色が良く見える。
部屋は南側に面しており、左手には商店など2階建ての屋根が陽の光を浴びて輝いて見える。赤や青に塗られた色とりどりの屋根は、まるでモザイクの模様を作り出しているようだった。
右手には教会と思しき尖った屋根が見えている。この宿の周辺は概ね静かで、時々町中の喧騒が風に乗って届くくらいのものである。
ルースは前回もこのソロイゾに立ち寄っていた。
しかしその時は王族という身分であった為、この町の領主の館に招かれ、滞在期間はその領主の下で過ごしていた。他の町でもそれぞれの領主によって招かれ、領主が用意してくれた部屋に泊まらせてもらっていたが、今になって思えばルシアス以外は息が詰まっていた事だろう。
その時のフェル達は現在の経歴とは違っていたと言えど、貴族との付き合いは不慣れであったらしいのだから。
前回の旅の間で聞いていた話では、ソフィアという聖女は17歳になった年にスティーブリーの教会でやっと聖女である事が判明し、そのまま王都の教会へと移住していったそうだ。そうして聖女として癒しの魔法などを勉強する日々を送り、勇者パーティに加入するに至ったのだと言っていた。
ルース達と出会わなかったソフィーは、あの後も2年間、町で発動できぬ魔法の練習を続けていたのかと考えれば、ルースの心はズシリと重くなる。それに前回のソフィーには、聖獣がいなかった。そして何よりその時のソフィーは、今の彼女よりも随分と口数も少なく影の薄い聖女だったとルースは思い返していた。
そしてフェルも今とは違う人生を送った話をしてくれたのだと、ルースは思いを巡らせた。
そもそも勇者パーティに選ばれた騎士は、国防騎士団から選出された者であったとルースは記憶している。
そうして選ばれたフェルは、自分で立候補したのだと言っていた。
小さな村出身の彼は最初の町カルルスまで何とか辿り着くと、そこに憧れの騎士がいなかった事にもめげず、騎士になるべく他の町へと一人で移動していった。しかしフェルは身を守る事もままならず、多数の魔物に襲われていたところを、たまたま遠征中に通りかかった国防騎士団に助けられたらしい。そして彼らが国を守る騎士だと知ったフェルが懇願し、国防騎士団の予備軍へと入れてもらったとの事だった。
王城にいる近衛たちは、王族を守護する者として身元のしっかりした貴族出身の者達ばかりであるのに対し、国防騎士団には出自の規制はない為、国を護る志があれば来る者は拒まない。ただしやる気のない者はすぐに除籍になるし、逆に頑張るものには出世の機会も与えられるのだ。フェルは入団してからの4年間、憧れの騎士となるべく邁進し日々努力を重ねた事で先輩団員達に劣らぬまでに成長した。
そして勇者の儀があると知れば自ら随行者として名乗りを上げ、その真っ直ぐな性格と今までの成果を認められ勇者パーティに加入できたと語っていた。
進んできた道は変われど、フェルは今も昔も真っ直ぐな性格であったのだと、ルースは少しだけ口角を上げ友の笑顔を思い描く。
一方デュオは今も昔も、冒険者の中から選ばれた者だった。
そしてその彼は多くを語る事はなかったが、ポツリポツリと話してくれた昔話によると、以前のディオーニは弓士として地元の冒険者仲間たちから見放されていた事は同じく、今回ルース達と知り合った頃に見かねた両親に町を出る事を促され、そうして一人他の町へと移り住んだ。
そこでソロ冒険者として出直し、両親に仕送りをするべくコツコツとD級クエストを熟して行っていたある日、スノーパンサーに襲われ絶体絶命となった時、閉じ込められていた魔力が再び暴発し魔物を八つ裂きにして難を逃れたらしい。
その時の事はあまり覚えていなかったものの、その後魔力が使えるようになったデュオーニはそれまでの時間を取り戻すかの如くクエストを熟し、数年もすれば凄腕の魔弓士と呼ばれるまでになった。
しかし彼はパーティを組まず、そのままソロとして活動していったとの事である。
その後王都へと移り住んだデュオーニは、冒険者ギルドの勧めもあって勇者の儀に参加し、勇者パーティの一員として選ばれたのだと語っていた。
それまでのデュオはとても苦労してきた様で、ルシアスとして出会った頃はいつも失敗せぬように緊張したのだなと、今のルースが思えば一目でわかる表情をしていた。しかし当時のルシアスにはデュオとの面識がなかった為、物静かな青年だと感じただけであった。
今のデュオは、表情が豊かで好奇心も旺盛な青年だ。その違いを感じ、ルースは外の景色を眺めつつ過去の記憶に目を細めた。
そして一番違っていたと言えばキースだったなと、ルースは回想の中に再び沈んで行く。
ルシアスと出会った頃のキースは、キリウス・ゼクヴィーと名乗っていたことがまず大きく異なっている。前回も育ての親が海の事故で亡くなった事は同じであったらしいが、その後その父から伝えられた名が気になり、一度だけ確認をするつもりで王都まで一人向かったのだという。
気力を無くしていたキースをチタニアが手元に置き面倒をみてくれていたが、キースが王都まで行ってみたいと相談すれば快く送り出してくれ、そうしてキースは一人王都まで旅をした。
それは養父が辿った旅を遡るという意味もあり、自分のルーツを知りたかったという思いが強かったのだとキリウスは言っていた。
そうして一年をかけやっと辿り着いた王都を歩いていれば、急に目の前に現れた馬車に押し込まれ、連れて行かれた先がゼクヴィー家であったと知る。
遠くから顔を見るだけのつもりだった実父との思わぬ対面を果たすも、家の中は常に薄暗く、父親であるライオネルの瞳だけが異様な輝きを灯していたとキリウスは語った。
そうして訳も分からぬまま家に留め置かれる事になるも、キリウスが魔法を使えることを知られれば、今度はキリウスを魔術師団員に入団させ、そこで魔術師団員として働く事になったとの事であった。
キリウスには訳の分からぬ事であっただろうが、貴族として籍を置く者は身内を城に勤務させる事が当たり前で、そうする事でその家から王家に対しての忠誠心を示す意味合いを持つ。要は身内を差し出し、当家は王家に尽くしていますという表現の一種である。
当時のキリウスの話しでは、何も分からぬキリウスに何の説明もないまま、キリウスを振り回すだけ振り回していた事がうかがえる。前回も今回も何も変わらないのだなと、王城の広間で見たライオネルと名乗った人物を思い出して眉をひそめたルースであった。
そうして魔術師団で勤務し始めたキースの魔法の独創性と優れた能力を評価され、勇者の随行者として魔術師団から推挙されたのだった。
「養父がいなくなってから目まぐるしく状況が変わった為、まだ自分でもルシアス殿下と共に旅に出る事になったという実感がございません」
と、お披露目会場の控室で緊張していたキリウスを思い出し、ルースはそっと瞼を閉じた。
それぞれの立場は今と全く違うものの、その顔触れは同じ。
しかし寄せ集めのパーティだった前回とは異なり、長い期間を友として過ごしてきたパーティの信頼度は雲泥の差で、ルシアスだった時はその隙間を埋めようと苦労していたのだ。
自分が王子であり、そのため自分から歩み寄らねばならぬ事を理解してもいたが、最後の旅の間でどこまで親しくなれたのか、とは未だにルースは分からなかった。
ただ一ついえる事は今の皆の表情に取り繕ったところがなく、心を許している者だけに見せる顔をしてくれているのだとルースは感じている。
その事が封印されしものとの対決でどこまで影響してくるのか今のルースには分からないが、自分を含め、明らかに前回と違う人生を送っていている仲間たちに、ルースはある意味では、このやり直しともいえる2度目の人生に感謝するのだった。
今回の旅に全てを掛けるつもりで、ルースは今ここに立っているのである。
そうしてルースが一人物思いに耽っていれば、部屋中を見回っていた友たちが戻ってきた様である。
ルースが開けていた窓をしめ室内に視線を戻せば、楽しそうに笑いあう4人が居間へと戻ってきたところであった。
「ルースも後で見てみろよ。風呂がついてたぞ?」
「そうなの。ねこ足の可愛い浴槽だったわよ?入るのが楽しみね」
「じゃあ、一番はソフィーだね。僕たちは後でいいからさ」
「ああ。思う存分入ってくれ」
クックックと笑うキースは、はしゃぐソフィーに笑っている。
「もうキースってば、そんなに笑わなくても良いじゃない。お風呂なんて滅多に入れないんだし、たまには楽しみましょうよ」
「そうだそうだ」
ソフィーの言葉に便乗し、フェルもわざとらしく騒いでいる。
そんな4人をルースは眩しいものでも見るように、目を細めて見つめた。
「はい。後で私も拝見させていただきます。皆は部屋を全て見てきたのでしょう?」
ルースが皆に笑みを浮かべて聞けば、皆は目を輝かせて頷いた。
王城ではもっと良い部屋に泊まっていたフェル達3人だが、その時は好き勝手出来る雰囲気でもなく、皆息を潜めるように城での滞在期間を過ごしていた。
そしてソフィーが生活していた所はどの様な部屋だったのかはルースは知らないが、この表情を見る限りソフィーも今この雰囲気を喜んでいるのは明らかである。
「ソフィーの部屋を一番奥にしたからな。隣は俺でその隣がデュオ。キースとルースはその反対側でいいだろう?」
とフェルは既に皆の部屋割りを決めてきたらしく、デュオと2人でルースを見てニコニコしている。
こうしていると皆年相応で、少しばかり一緒に年を重ねてきたとは言えまだ子供のようであるなと、ルースは微笑みを浮かべ「はい」と頷いた。
そうして前回に見ていた彼らとは違う今の彼らを、ルースは万感の思いを込めて見つめていたのだった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>
そして、ブックマーク・☆☆☆☆☆・いいね!を頂きます事、モチベーション維持に繋がりとても感謝しております。
2024年も残すところあと1日となりました。
今年の1月から始まったこのルースの旅に、約一年間お付き合いいただき誠にありがとうございました。
年内の更新は今話で最後とさせていただきます為、年末の御挨拶にとあとがきを書いております。
皆さまには帰省される方、ご自宅でのんびりされる方、そしてお仕事をされる方と様々な年末とは存じますが、お風邪など召されませんよう、充実した新年をお迎えください。
次話となります2025年の更新は、1月4日からとさせていただく予定です。
それでは来年も、引き続きお付き合いの程何卒よろしくお願い申し上げます。
よいお年を!
2024年12月30日 盛嵜 柊