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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第九章 ~心~

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320/348

【320】その意味と響き

「その前に一つお伺いいたします。貴方の本当のお姿はどのようなものでしょうか?」


 ルースは眉間にシワを寄せるフェル達を見て、黄きものに尋ねた。

 “黄きもの”と言われているとはいえ今の体は黄色には見えず、よく見ればその緑色の体には苔が付着しているとわかるが、それ以外に名前を考えるためのイメージが欲しいだろうと思っての事だ。


『そうだな。儂は今のキュートな姿を大きくしたもので、人間からは“黄龍(こうりゅう)”と呼ばれている』

「それでは、翼のない地龍に近いもの…でしょうか」

『まあ、そんなところか。儂の方が高貴ではあるが、それは説明のしようもないからな』

 ルースが尋ねてみれば、今のトカゲの形が大きくなっただけという事らしい。そして本来は黄色く美しいのだと言う。


 こうしてルースが考える時間を稼いでいる間、3人は難しい顔で考え込んでいたがそこでフェルが声をあげた。

「よしっ!俺は考えたぞ」

 フェルが一番乗りにニヤリと笑う。

「うん、僕もひとつ考えたよ」

「…オレも1つなら考えてみたが…」

 デュオはニコニコとしておりまぁまぁ自信がありそうだ。逆にキースは頭を掻き、自信なさげに言った。

 皆それぞれが、1つずつ考えたようである。


『それでは期待のできぬ、おぬしからじゃな』

 ネージュは笑ったように目を細め、フェルを見る。

「はぁ?俺は自信がある!だから最後に言う」

 フンとネージュに鼻で笑ったフェルにネージュが呆れた顔で見返し、『ならば』とデュオを見た。


「あ、僕から?えっとね、“キトノリス”がいいかなって」

『うん、悪くはない』

「あのね、黄色いっていう意味なんだ」

『…わかった、候補に入れよう。それで次は?』

 30cm程の体をクルリと回転させ、御者席に座るキースの背中に視線を向ける黄きもの。


「ああ、オレか。…オレは“ブリュオン”としか思いつかなかった」

 カラカラと車輪が廻る音が響く中、チラリと後方へ視線を向けてキースは頭を掻く。

『ブリュオンか…意味は?』

「意味は…苔」


「こけ?」

 キースの言葉に、素っ頓狂な声でフェルが言った。

「そうだ。体の上面にある苔が、積み重ねてきた年月を感じさせ、今の彼を作っているように思った。だからその身を包んでいる苔を、名前にしても良いかと思ったんだ」


 キースは肩を竦めてそう説明した。

 今の黄きものの体は緑色をしている。それは長い年月を生きてきた彼の鱗に、苔が付着しているからである。


『そうか、儂を色付かせてくれている物の名前だな。うん、候補にはなるな』

 キースが言った名前も黄きものは候補に入れると言い、そうして最後のフェルを見た。


「じゃあ俺の番だな。オレは“リュウリュウ”が良いと思った!」

「「「「……」」」」

 フェルが発した名前を聞き皆は無言になるも、フェルは皆の反応を見て満面の笑みを浮かべる。


「そんじゃどれにするか、決めてくれ」

 そう言ったフェルは黄きものに視線を向けた。

 皆が黙り込んだのは微妙な名前であったからであるが、フェルはそれを真逆にとらえ余りに良い名前なので黙り込んだのだ、と考えたらしい。


『…そうだな…それでは』

 と黄きものはフェルを見上げた。


 もしかして黄きものはフェルの言った名前を気に入ったのかと、ゴクリと唾を飲み込んで皆が見守っていれば、黄きものはフェルを見上げたまま『ブリュオンにする』と口にした。

「………」

 フェルは目を見開き、黄きものを見つめている。

『であろうな』

 ネージュがそこにポツリと零す。

『我もリュウリュウは無いと思ったぞ』

 と今度はシュバルツの声も聴こえる。


「えー何でだよ…可愛い名前じゃないかぁ」

 フェルが矛先をシュバルツに変え、睨みつけた。

『ではお前の名が“リュウリュウ”だったら、嬉しいか?』

 シュバルツが諭すようにフェルに言えば、「…ないな」とフェルは敗北を認めて項垂れた。


「ふふふ。フェルのセンスは相変わらずね」

 そこにソフィーの柔らかな声が降れば、結果を見守っていた皆が肩の力を抜いた。

「ソフィーまで、オレをいじめるのかよ…うう…」

 とフェルが泣き真似をすれば、馬車の中は笑いに包まれる。


「それでは、これからよろしくお願いします、ブリュオン」

『おう、よろしく頼むな』


「それで、なんでその名前が良いと思ったの?」

 そうしてふと思いついた様に、ソフィーは選んだ理由を尋ねる。

 まだフェルが萎れているからだろう。


『一番は言葉の響きだな。格好良い儂にピッタリだ』

「強そうな名前だよね、ブリュオンって」

 ブリュオンの返事にフェルも少しは納得したらしく「確かに」と呟き、デュオも良い名前だとニコニコしている。


『それにその名を受け入れてみれば、確かにあの者の感情が伝わってくるようになった…これが絆か』

 ブリュオンはキースへと顔を巡らせ、その背中を見ていた。

『ふん、何やら寂しがっているらしいな』


 キースはずっと一人で御者席に座って手綱を握ってくれている。その後ろで皆が集まっていた為、少し寂しがっていると感じ取ったらしい。

 そう言ったブリュオンは素早い動きでキースの所へ辿り着くと、その肩まで這い上がりチロリと長い舌をキースの首に当てた。


「うわっ!急にそんな事するな!危ないだろう!」


 どうやらブリュオンはキースを慰めに行った様だが、逆に怒らせてしまったらしい。そんな戯れる2人を見てルース達は苦笑を浮かべてそれを見つめていた。


「何で俺のはいつもダメなんだ…」

『お前は稚拙なのだ。もう少し頭を使え』

 フェルの呟きを拾い、シュバルツは呆れた目でフェル見ている。


 こうしてシュバルツがまた拾ってきた物で賑やかになった馬車は、多少の出来事はあれど順調に北上していくのであった。




 そして王都を出発して1か月もすれば、ルース達は国の中央にある町“ソロイゾ”が見える所へと来ていた。

 この町もルースが所持している地図に記載される大きな町で、流石に王都を見た後では小さく思うものの、その大きさは王都に次ぐものだと分かる。

 まだ太陽が頭上にある頃でその壮大な町はハッキリと見え、ソロイゾの高く大きな隔壁が見えてくれば、キースの横にはソフィーが座り、馬車の横を歩くルース達は馬車の前方へと集まって行った。


「ここもデカイな」

「そうね。スティブリー位はあるわね」

「うん。メイフィールドと同じ位かな」

「ルカルト位か…」


 その言葉から気付いてみれば、ルースとフェル以外は皆大きな町に住んでいた者達だ。その為、目の前のソロイゾと自分が住んでいた町とを比較しているのだった。


「そういや皆、大きな町の出身だったな。村の出身は俺とルースだけか…」

「何言ってるの?フェル。ルースは一番大きな王都の出身だったんだよ?」

「う、そうだったな…じゃあ俺だけじゃん、村出身なのは…」

 と言って、何故かフェルが萎れた。

 別に出身の場所など今は関係がないのに、自分だけが取り残された気分になっているらしいフェルである。


「フェル、私も出身はボルック村だと思っていますから、間違っていませんよ?」

 ルースがそんなフェルの肩を叩けば、フェルはガバリと顔を上げルースを見る。

「そうだよな?ルースは東の端からずっと一緒だったんだもんな?そうだよな」


 ルースの一言で急に元気を取り戻したフェルに、ソフィーは声を立てて笑った。

 ソフィーの目には優しさが溢れており、ルースはそんなソフィーを視界に入れ微笑むのだった。

 そんな変わらぬ友に囲まれ、ルースは暫しの安らぎを味わっていた。


 そうして一行がソロイゾの門まで到着すれば、そこにはしっかりと制服を纏った門番がおり、ルース達がギルドカードを出せばそれで勇者達だと分かったらしく、緊張した様に頭を下げて町の中へと通してくれた。

 ルース達はその門番に厩のある宿を教えてもらい、ひとまずその宿へと向かって行った。


 こうした大きな町では、人に聞かねば宿の場所も分からぬ事が多い。勿論冒険者ギルドの場所なども尋ねている。

 そうして辿り着いた宿は“風精霊の集う宿”という3階建ての大きな宿で、その門前には店員が立ち、馬車はそこで引き取ってくれる。ルース達は手荷物がない為、荷運びをしようとしていた店員は何もない馬車に、驚いた様に目を見開いていたのが心苦しい。


 そして通された部屋は、貴族が泊まりそうな程豪華で広い部屋だった。

 ルース達は普通の部屋で良かったのだが、5人が一緒に泊まれる部屋はここしかないと言われ、そのまま受け入れたのである。


 中は居間を中心に他6部屋があり、一人ずつが一部屋を自由に使える設計となっていた。

 冒険者ギルドの宿の様にただベッドが並べられた部屋ではなく、個室が完備された部屋に泊まるようになったルース達は、「俺達も出世したな」というフェルの言葉に、ただただ笑うしかないのである。


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