【32】運ぶもの
「今日からE級クエストだよな」
嬉しそうにフェルが言って、掲示板を見る。
ここカルルスの町に着いて一週間。ルースとフェルは、初日のクエストを終えた後も、連日、F級のクエストを選んで熟していた。
それというのも、ルース達が泊っている冒険者ギルドの宿には、昨日までF級の冒険者が2組しかおらず、彼らしかF級のクエストを熟す者がいなかったからである。
その為、そのF級クエストの中でも敬遠されそうな、それこそ先日受けた、排水溝の清掃の様なクエストを主に選び、他の冒険者の妨害にならぬ程度に、F級のクエストを消化していったのだった。
「そうですね。新しくF級で宿に入ってきた人達もいますから、そろそろ、その方達が熟すクエストを残さねばなりませんし、私達もE級クエストと参りましょう」
そうは言っても掲示板を見れば、E級クエストの数は多くない。近場の薬草採取などがない所をみると、すでに受けている者がいるのだろう。
「んじゃ、これは?」
フェルが指さした物はE級のクエストだが、ここから1日かかる村への届け物のクエストだ。
町の外への届け物は、ただ運ぶだけで簡単だろうと考えるが、その移動の1日間は自分達で身を護り、食料などの事も考えておかねばならず、しっかりと準備をしたうえで行動しなければならない。
「それを受けるのならば、こち…らも一緒に、受けた方が良いでしょう」
ルースが指さした物も届け物で、行先は同じ村だが、依頼主が違うというクエストだ。
両方とも、クエストの代金は1000ルピルとなっている為、2件受ければ1人が1000ルピルの収入となる。1件しか受けなければ、往復の2日間で1人500ルピルの計算となり、1日の最低目標200ルピル、ギリギリだ。
このクエストは、労力を考えれば安い値段設定に感じてしまうが、発注する方は“ついで“であったり“手伝い感覚“のクエストなのだろう。
確かにC級冒険者などが、他のクエストのついでに寄って処理すれば、楽な仕事になるのかも知れない。だが、ルース達E級が受ければ、気合を入れてやらなくてはならない為、だから売れ残っていたのだろうとも推測できた。
「あ、同じ所なのか。じゃあ、その方がいいな」
フェルも内容を見て同意する。
1件のクエストは個人からの手紙を届ける物で、もう1件は物を届けるという内容になっていた。
「ただ、手紙は分かりますが、こちらの荷物は手で持っていける位の大きさでしょうか?そこまでは書いてないですね」
要は大きさの問題で、持って歩けない大きさであれば、荷馬車を借りなくてはならなくなるのだ。
2人は掲示板の前で黙り込む。
「じゃあ、受付で聞いてみるか?もう少し内容が分かるかも知れないぞ?」
「そうですね。そ…の方が良いでしょう。」
フェルは、良い事を言っただろう?と嬉しそうに笑う。
「たまにはフェルも、真面な事を言いますね」
「おい…たまにはって言うなよ…」
フェルの顔が一気にしおれて、ジト目でルースを見る。
「では、“時々“という事にしましょう」
「ってか、言い換えても意味は同じだろうが…」
2人は話しながらハーディーのいる受付に並ぶ。今は、冒険者たちも集まってきている時間の為、受付の前には既に数人が並んでいた。
そしてしばらくすれば、2人の前にハーディーの姿が現れる。
「おはようございます。ルース君、フェル君」
「「おはようございます」」
「今日もF級クエストですか?」
既にE級ではあるが、ずっとF級を受けていた2人へ、ハーディーが尋ねる。
「いいえ。今日からはE級にしようかと思います」
「そうですね。F級のクエストだと、D級へ上がるにはポイントが少ないので、かなりの数を熟さねばなりませんから、その点ご自分のランクにあったクエストであれば、同じ量を熟しても早くランクが上がるので、その方が良いでしょう」
「そうなんだ…知らなかった」
フェルがハーディーの説明を聞き、小声で言う。
「おや?フェルは知らずにF級を受けていたのですか?」
ルースがそうさらりと言えば、フェルが睨む。
「ルースは教えてくれなかっただろうが…」
「その辺りは自分で学ぶ事ですから、わざわざ私も言いませんよ」
良い性格してるよとフェルは文句を言うが、今はそれを話す時ではない。
「ハーディーさん、クエストの内容を確認したくて持ってきたのですが、教えていただけますか?」
ルースはそう言って、ハーディーの前に1枚のクエストを置く。
「はい、もちろん内容をしっかり確認していただいてから、受けてください。どのような事ですか?」
「この“荷物“と書いている所で、これの大きさは把握されていますか?」
「えっと…あぁこの荷運びの内容物ですね。はい、何を運ぶのかはギルドで把握していますよ。危険なものや違法な物のクエストを、冒険者ギルドではお受けしませんので」
「では、これは何を運ぶのでしょうか?私達が手で持てるものですか?」
「少々お待ちくださいね」
ハーディーは、別の書類の束を確認してから顔を上げた。
「こちらは“牛“…ですね」
「うし…」
フェルがボソリと復唱する。
「でも、一頭だけなので、歩いてくれるという事でしょう。道中の食料…“牛の“ですが、そちらは用意すると書いてありますね」
その話に、思っていたよりも難易度が高そうなクエストだったとルースは思う。
牛は歩いてくれそうだが、走ってくれるのだろうかと、もしもの時を考える。
「あのぉ…コホッ、すみません。道中は森など、視界が悪い場所はありそうですか?」
「ええと…キニヤ村までは殆ど平原ですが、一か所だけ、森が近い所がありますね。ですが道から少し離れているので、見晴らしは悪くないでしょう」
「そうですか…。では、こちらの2件をまとめて受けようかと思うのですが、期限は問題ないでしょうか?」
ルースはもう1件のクエストを出す。
それに目を通したハーディーは、微笑んで頷いた。
「どちらも急ぎではないようなので、期限はないですね。両方“ついでがある時で“という事の様なので、一緒にお受けになるのは良い案だと思いますよ」
ルースはフェルをみると、いいですか?と確認する。それにフェルが頷けば、そのままクエストを受けるために話を進める。
「手紙のクエストは“セーラ“さん、牛のクエストは“アラン“さんですね。ではまた、お宅の地図も書いてお渡しします。今日出発されますか?」
「まだ保存食などの準備をしていないので、今日中に出られれば…という感じです」
「あら?保存食などはギルドの売店にもおいていますよ?あちらで一通り見てみてはいかがですか?」
そう言ってハーディーが、食堂の奥を指させば、「ギルドに売店があったのか…」とフェルが感想をもらす。
示した所は少し奥まっており、死角になっていて気付き辛い場所に扉がある。そんな所に売店があったのかとルースも思った。
「では、こちらの2件はお二人がお受けする手配をしましたので、何かあれば言って下さい。出発する際は、受付に一声かけてくださると助かります」
「はい、わかりました」
手紙は預かるだけだが、牛は飼い葉も一緒に預かると思うので、その時点で荷物になると想像できる。牛の依頼主には、準備が全て整ってから会いに行かなくてはならない。
まずルースとフェルは、クエストを受けるための準備にとりかかる事にした。
2人は受付から離れ、早速教えてもらった売店の扉を開けて中に入る。中には細々とした商品が並び、数人の冒険者の姿もあった。
近付けば干し肉や小さな鞄、水筒やナイフ、薬類など様々なものが置かれていた。
「フェルは傷薬など、在庫はありますか?」
「…見ないと分かんない」
「そうですか。干し肉は、もうないですよね?」
「…見ないと分かんない」
「……一旦、戻りますか」
「…おう」
こうして2人は一度、ギルドの裏の宿に戻ったのだった。
「それにしても“牛“…か」
「ええ。そんなクエストもあ…るのですね。まさか生き物だとは思いませんでした」
「生き物もありだとは思うが、まだ、手で持つ物…カゴに入っている物とかなら、分からないでもないけどな?」
「今後は、そんな事もあるのだと、覚えておきましょう」
「おう…」
そう話しながら、買い物を確認していく2人。
「私は傷薬と整腸薬、保存食を買い足します」
「干し肉はなかった。傷薬はまだあるな…。整腸薬かぁ、俺も買っておこう」
流石にカルルスに着いて一週間にもなれば、少しだけ他にも荷物が増えていた。
フェルは服の上から装備する、革の胸当てを買ったし、ルースもズボンの丈が短くなったので、それを買い直した。
「そう言えばルース、今日は喉の調子が悪そうだな」
「ええ、朝起きてから少し、喉に違和感があります。体の調子は悪くないので、風邪ではないと思うのですが」
「そうか。まぁ無理すんなよ?」
「はい、ありがとうございます。フェルは優しいですね」
「…ぉ…おう」
珍しく照れるフェルに笑みを向け、2人は買い足す物を決めて再び部屋を出た。
ギルドは後回しにして、先に手紙を届けるクエストの依頼主の下へ向かう。
手紙の依頼主は“ノーラ・ロドロス“という人物で、以前受けたクエストの家に近い場所だった。
「こっちは前に来たな。薪割りで」
「ええ。良く覚えていましたね、フェル」
「いや、一週間前だから、まだ普通に覚えてるって。どんだけ俺の記憶力を疑ってるんだよ…」
「別に疑ってはいませんよ?ですが時々、剣の練習がある事を忘れるでしょう?」
「それは忘れてるんじゃなくて、忘れようとしているんだよ…」
「ほう、そうだったのですか。それは知りませんでした」
「……」
フェルは、藪から蛇を出してしまったようだ。
「では、遠征中も忘れないように、毎日頑張りましょうね」
「…おう」
2人は立ち止まると、一軒の家を見る。
「こ…ここの様ですね」
コホッとルースが咳ばらいをしながら確認する。
「ん…んん…」
「喉か?」
「ええ、あまり…ちょ…調子が良くないです」
「じゃあ、俺が話すか?」
フェルがそう話せば、ルースは微笑んで頷いた。
「では…おねがい…しますね」
そう話し合って、ルースとフェルは、ノーラ・ロドロスの家へと歩き出したのだった。
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