【319】拾ってきた
慌ただしくトゥモルでの一夜を過ごしたルース達は、翌日の朝も予定通りに出発し馬車は再び北上していく。
馬車の御者を務めるのはキースで、隣にフェルが乗り手綱さばきの助言をしている。
出発の際フェルが「キースが座ってみるか」と御者席に促し、そのままキースが手綱を握る事になったのだ。
言われたキースも初めはおっかなびっくりという感じだったものの、飲み込みの早いキースは少しすれば堂に入った手綱さばきを披露してくれた。
「いい感じだな」
フェルも隣で笑っている。
というのも、フェルは馬車の外で歩きたかったらしく、早く交代要員を育てたかったようだった。
確かに、フェルだけがずっと馬車に乗り続けなければならず、休憩する時位しか自由時間がないのだ。その事は皆も理解しており、文句も言わずキースは馬車を操る練習をしているのである。次はデュオの番だ。
こうして町々に立ち寄りつつも、何事も無く通り過ぎていく日々を送っていった。
そんなある日、御者席にはキースが座りソフィーとネージュ以外は馬車の周りを並走していた。シュバルツも馬車の中だけでは退屈だったらしく、暫く何処かへ飛んで行っていたのだが、そのシュバルツが帰って来るのが見えた。
相変わらず彼は自由に過ごしている。
そしてスルリと馬車の中へと入って行ったその嘴には、何かが銜えられていたのである。
「あら?シュバルツはお腹が空いていたの?」
ソフィーの声にルース達も馬車の後方に集まり、彼女の前に留まっているシュバルツを覗き込む。
「獲物を見せるために持ってきたの?でもそれ、まだ生きてるよ…」
デュオが言ったように、シュバルツの嘴にはバタバタ暴れている小さな物が見える。そのシュバルツは何も言わないし、それを放そうともしない。
「シュバルツ、どうしたのですか?それは」
ルースがそっと問えば、クルリと首だけを動かしシュバルツはルースを見る。
『拾ってきた』
やっとシュバルツが答えたと思えば、今度はどこからかそれに反論する声が聴こえる。
『何が拾ってきただ!放しやがれ!このクソヤロー!』
皆の目が点になる。
「は?誰だ?今のは」
フェルはキョロキョロと辺りを見回して声の主を探すも、今の言葉はどう聴いても念話であるとルースは首を傾けた。
その中でソフィーだけは冷静で、シュバルツの前に両手を出して「放してあげて」とシュバルツに言った。
シュバルツはソフィーの言葉に素直に従い、ソフィーの手の上にそれをポトリと落とす。
『グハー!やっと放した!儂は食い物じゃねーんだぞ!』
とソフィーの手の中でくるっと向きを変えシュバルツに抗議する物は、どう見ても体長10cm程のトカゲである。
その体は全体的に濃い緑色をしており、森の中にいれば絶対に見つける事はできないと思える色である。
『ほう。これは珍しいものを拾ってきたのぅ』
ネージュもそれに興味を示し、身を乗り出してソフィーの手の中を覗き込んだ。
『何だ何だ!お前たちは儂を食うつもりなのか?何の冗談だ!』
小さな前脚と後ろ脚を交互に上げ、小さなトカゲは文句を言っている。
「それで…何なの?この子は」
ソフィーはパタパタと動く小さな物から、ネージュへと視線を向けた。
『これは“黄きもの”じゃ』
とソフィーの隣にいるネージュは、軽く答えた。
「「「「「………」」」」」
ルース達は目を見開きその小さな物を見る。
確かに以前シュバルツから、もう1体の聖獣はトカゲの姿をしているだろうとは聞いていたが、まさかこんなに小さなトカゲであったのだとは思ってもみなかったのだ。
「ちっさっ」
小さな声で言ったはずのフェルの言葉も聞こえていたらしく、小さな生き物はフェルの方を向き、前脚をパタパタさせる。
『この大きさが一番楽なんだよ!文句あんのか!』
そんな念話を送ってくる黄きものに、フェル達は声をあげて笑った。
「あはははっ!何だこれ!全然怖くねー」
「ちょっと…思ってたのと違うんだけど。プッ」
フェルとデュオが肩を震わせて言えば、ボンッとソフィーの手の中の物が一回り大きくなった。とは言え、まだ30cmにも満たない位である。
「キャッ」
とソフィーがビックリして悲鳴を上げれば、今度はネージュがそれを銜えた。
『何をする!放せー!!』
さっきよりも一層激しくバタバタと藻掻く黄きものは、暫くすると疲れたようにぐったりとしてネージュの口からダラリと垂れ下がった。
「どこで見付けてきたんだ?ソレ」
とキースが後ろを振り返ってシュバルツに聞けば、シュバルツは散歩していた森の中で気配を感知し、そのまま拾ってきたという。
『何が“拾ってきた”だ!急に空から来た鳥に攫われる、こちらの身にもなれってんだ!』
シュバルツの言葉に憤慨し、それは再び身をよじって抗議した。
「あ、まだ生きてるんだね…」
とそこでデュオが落とした呟きは、幸いトカゲには聴こえなかったらしい。
「なぜ、連れてきたのですか?」
その中でルースは一人馬車に乗り込み、ネージュの口の下に手を添えて言えば、ポトンとルースの手の中にそれは落ちてきた。
ルースの視線は手の中、そしてシュバルツへと移動する。
『これとは我らでも終ぞ会えない。せっかく見付けたゆえ、連れてきた』
『良い迷惑だ!!』
手の中から身を乗り出すようにシュバルツへ抗議する黄きものの言葉は正当なもので、ルース達はただ苦笑するしかない。
「シュバルツが勝手な事をして、申し訳ありません。シュバルツに戻しに行かせますので、それでご容赦ください」
ルースは黄きものへ丁重に謝罪する。
しかしルースの言葉で静かになった手の中の物は、体の向きを変えてルースを見上げた。
『突然の事でビックリしたのは確かだけどな…』
と首を動かして5人を見回した黄きものは、一つ頷いて再びルースを見上げる。
『…それはいいや。このまま儂も一緒にいることにした。ここでの生活もそろそろ飽きてきた頃だったから、移動するのも良いだろうって事にする』
思いもよらぬ返事に、ルース達が今度は驚く番だった。
「よろしいのですか?」
『儂の気まぐれだ。今はそんな気分、というだけのな』
と目を眇めてじっとルースを見る黄きものは、口角を上げたようにも見えた。
ルースはそんな彼に微笑み、「それでは、どうぞよろしくお願いいたします」と伝える。
「あ~また聖獣が増えたなぁ…」
とフェルが馬車に乗り込みつつ言う。
そしてデュオもフェルに続いて馬車に上がり、それから黄きものへと皆は自己紹介を始めた。
『へえ~勇者パーティねぇ。勇者がルシアスでルース、聖騎士フェルゼンでフェル、魔弓士デュオーニでデュオ、賢者キリウスでキース、聖女ソフィアでソフィーだな?』
うんうんと首を動かすトカゲは、可愛いと言える仕草でそう述べる。
「はい。それでこちらが今の聖女の聖獣で白きものの“ネージュ”、そして縁あって出会った聖獣、黒きもので“シュバルツ”です」
ルースが聖獣の2体もそう紹介すれば、つぶらな瞳を瞬きさせ、黄きものはネージュとシュバルツを交互に見る。
『何だ、お前達は名が与えられたのか?』
今気付いたと言うように2体に尋ねると、降ろされた長椅子に頭部をペタリとつけ、黄きものは平たくなって視線だけで見上げた。
『我は初めてソフィアと会った時に名を与えられ、それゆえ一層結びつきが強固なものになったと言えよう』
フフンとまるで自慢するようにネージュが言えば、ルースの肩に留まるシュバルツも胸を張る。
『我もシュバルツという名でこの者と結びついている。ルースの傍にいれば、身も心も安定する程に心地よい』
とサラリとこちらも自慢げに話せば、黄きものはチラリと2体を見て目を瞑ってしまった。
『儂も名が欲しい…』
それは少々拗ねた言い方にも聴こえ、ルース達は顔を見合わせて困ったように笑う。
「それじゃあ、この中の誰かに名前を付けてもらえば良いんじゃないの?まだ3人いる訳だし一人ずつ候補を上げていって、その中で貴方が気に入った名前に決めれば良いんじゃないかしら?」
ソフィーが名案でしょ?と皆を見回す。
「そうですね。それが良いと思いますが、いかがですか?」
ルースが黄きものに問えば、パチッと目を開いた黄きものは首を激しく動かして頷いていた。
『それでいこう!』
という黄きものの返事に、フェル、デュオ、キースの3人が黄きものの名前を考える事になったのである。
余談:昨日更投稿した319話の冒頭にルースとフェルの会話を追記してありますが、内容に大きな変化はございません。(説明足らずだった箇所を追記した感じです)