【318】御頭の困惑
―― ドォンッ! ――
詠唱をしていた男から、入口に繋がる通路に向けて火球が飛んだ。
焚火に照らされる空間には土煙が上がって、男達は目元や口元を咄嗟に抑える。
その煙の中に影が見えたと思った瞬間、それらは男達の目の前に姿を現わしていた。
「何だ!どうしてここがわかった!」
御頭と呼ばれる者が怒号を上げるも、そこに立つ3人はその言葉には反応しなかった。
「貴方達は、盗賊ですか?」
ルースは小首を傾げ、単刀直入に聞く。
「何言ってやがる、俺の質問に答えやがれ!」
御頭は突然飛び込んで来た者達を怒鳴りつける。それはそうであろう、完全に自分の問いかけを無視されているのだ。
「…この反応は正解らしいな。んじゃやるか」
「ええ。ここは剣が使えそうですね、フェル」
「おう。楽勝だな」
「何をー!」
「くっそがぁー!!」
「おんどりゃー!」
と勝手に話し出す2人に、近くにいた男達が剣を振り上げて飛び掛かっていく。
「奥は任せてくれ」
後方にいたもう一人は、そう言って奥に立つ御頭へ向かって手を向けた。
危険を察知した御頭が咄嗟に横に転がり出れば、その場には風が通り抜け、後ろの酒瓶の山が半分に切断され酒が流れ出る。
顔を上げた御頭は瞬時にそれが風魔法の使い手であると理解し、手に持つ剣で防げるだろうと判断する。
剣を振る2人に手下6人が別れて相手をしており、魔法が使える者は自分の近くにいて、多勢に無勢だと御頭は余裕すら感じて口角を上げた。
― ザクッ! ―
肉が切れる音に続く悲鳴。
「ギャー!!」
「ウワァー!!」
その声に視線を向ければ、倒れているのは自分の仲間であると気付き、御頭は一瞬にして引きつった表情を浮かべた。
「何だ…こいつらは…」
今まで自分達が襲ってきた奴らとは明らかに違う動きをする者達に、御頭と呼ばれる男の思考はその一言に集約されていた。
この3人とはルースとフェル、そしてキースの事である。
3人が入った洞窟の入口から続く通路は、2人が並んで通れる程しかなかったものの、その先に見えた明るい場所を覗けばその空間は十分に広かった。そして火球が来ると気付いた3人はすぐに後退し、その土煙の中を突っ込んで行ったのである。
ルースとフェルは腰に下げたままの剣をスラリと抜き、焚火の両脇に別れ向かってくる男達を迎え撃つ。
その中央、焚火のある場所は視界が開けており、キースは奥にいる2人に気付く。
「奥は任せてくれ」
キースが2人に声を掛ければ2人の視線が返ってくる。十分に伝わっていると感じたキースは、この狭い場所であれば風魔法が良いだろうと思考し、直ぐに魔法を放った。
「風の刃」
キースが放った魔法は、焚火の上を通過して奥の男の一人を狙ったもの。その風で焚火の炎が大きく揺れ、壁にできていた影が大きく揺れた。
― ザンッ!! ―
しかし到達した魔法を男は避け、奥に積み上げられていた瓶がパリンッと鳴って壊れただけであった。
その音が鳴りやんだ頃、奥のもう一人の男の魔力膨らんだことを感じ、キースは目の前に水壁を展開する。
― ジュウッ! ―
その障壁に当たった物もまた先程と同じ火球で、キースの水壁を消してそのまま消滅する。水と火は互いに打ち消し合うが、端からその事は織り込み済みのキースである。
こいつは火魔法の使い手だが、火球しか使えないらしいと読んだキースの答えは正しいだろう。
今度はこいつだなと、キースはその魔法を放ったものに向け、受けた物よりも大きな火球を返してやった。
― ボンッ!! ―
「うわぁーー!!」
それをもろに受けた男は、火だるまになってのたうち回っている。
それを一瞥したキースは、奥で呆けたようにそれを見ている男に狙いを定めたのであった。
キースが魔法を放っている間、向かってくる男達を相手にしていたルースは、風で揺れる炎が作り出す影の中、剣を振り回す男達の相手をしていた。
商人についていた護衛を殺しただけの事はあり、少しは剣が使える者達であるらしく、3人が交互に入れ替わり連携してルースへと剣を向けてくるのだ。
だがルースの目にはそれらの動きは緩慢に見え、振り下ろされる剣は身を躱す事も容易であった。
ルースのステータスには今“勇者”という称号が付いており、そのためか一気に能力も向上しているのだ。そして手にする剣は勇者の剣。
しかし、それを知る相手はここにはいない。
ルース達3人をただの冒険者だとでも思っているのか、特に身構えた様子もなく向かってくるのだ。
そのルースとフェルは、男達を軽く躱し剣をぶつけて往なす。そうしてできた隙にルースは片手で剣を振り、踊るように動きながら男達をいとも簡単に切り付けて行った。フェルが魔法を使うまでもない。
ルースとフェルが武器を握る男達を全て地に沈めると、キースの魔法で服を切り裂かれながらも立っている男に、右手を向けたままのキースが視線だけをルースへ向けた。
「この男はどうする?」
と眉を上げてルースに指示を仰ぐ。
「最低一人は、話せる状態にしておいてくれと言われましたよね?」
ルースは地に倒れる者達をチラリと見てから、わざと口角を上げ男へ振り返った。
7人が倒れている中、奥の壁に貼り付いて立っている男は、両手に剣を握っているものの、こちらへ飛び掛かってくる様子はない。
「手足だけ切り落しても、話はできるよな?」
とフェルも悪乗りをして、ニヤリと歪んだ笑みを男へ向けた。
「っくそがあー!!」
馬鹿にされているとわかったのか、突然男はルースの方へと走り出し剣を振り上げた。
ルースは鞘に戻していた剣をスラリと抜き、その一撃を難なく受け止める。
―― ガキンッ! ――
そのクロスする剣を見れば、相手の剣は所々で刃が欠けおり質の悪い物であると分かる。このままルースが力を込めれば、その剣はぽきりと折れてしまうだろうと思う程だ。
そう思いつつルースが力を入れてみれば、やはりその剣は鈍い音を響かせその根元からボキリと折れた。
― カラーン ―
「う゛……」
折れた剣に目を見開いた男の首筋に、勇者の剣をピタリと当てる。キラリと焚火に光る剣と接するその首に、一筋の赤が流れた。
「どうします?まだやりますか?」
ルースが細身であるとみて切りかかって来たであろう男は、有ろう事か勇者に選ばれた男を選んでしまったのだった。
そうして体の力が抜けガクリと膝をついた男に、キースが拘束魔法を掛け縛り上げた。
「何だってんだ…お前たちはただの冒険者じゃないのかよ…」
くやしそうに唇を噛みしめ、男は顔を上げてルースを睨む。
「どう見ても、ただの冒険者でしょう?」
ルースがすまし顔で答えれば、ケッと悪態をつく男。
その会話の間にデュオとソフィーが合流し、皆が洞窟の中に揃っていた。
「臭いわね…」
「まぁ、色々な」
ソフィーが布で鼻を押さえるのを見て、フェルも酒の匂いと男達の匂いに眉根を寄せてそう言った。
ルースを睨んでいた男はそんな4人を見回し、何かを言い掛けそのまま口を噤むのだった。
ネージュは鼻にシワを寄せつつも一人焚火の周りを回り、例の魔導具を見付けてルース達へ教えてくれた。
キースがその小さな箱を手に取り、返す返す見回してどこかのスイッチを押せば、それで入口が見えたのか外から人の声が聞こえてきた。
「おい!こっちに洞窟があるぞ!この中かも知れない!」
「皆を呼んで来る!」
「どうやら皆集まってくるようだな」
その声にキースが一早く反応すれば、
「そんじゃ、俺達は皆に任せて帰るとするか」
と、フェルが肩を竦めて言う。
「そうですね。それでは一旦外に出ましょうか」
焚火の周りには、既にこと切れている者と何人かが呻き声を上げて転がっている。唯一真面に話せるものは一人。一応、ギルドマスターに言われた事は守っている。
「じゃあ僕、外の人に先に伝えてくるね」
何もできなかったからと言って、デュオが他の冒険者の所へ伝えに走って行ってくれた。
そうしてルース達も外に向かおうと踵を返せば、男が力なく問う。
「何で、ここが分かった…」
「さぁ、なぜでしょうね」
最後まで気にする男をルースがはぐらかせば、フェル達4人も顔を見合わせ「さあな」と肩を竦めてみせた。
その質問に答えるつもりがないとわかったのか、手足を拘束され座り込んでいる男は、悔しそうに奥歯を噛みしめルース達を睨んでいたのだった。
その間に、デュオに話を聞き冒険者が入って来たため現状を説明し、ルース達は彼らに後を任せ一足先に町へと戻らせてもらったのだった。
その足でルース達は冒険者ギルドに向かい、ギルドマスターへと強盗を捕まえた事を報告する。
「認識阻害がされていると、よく分かったな」
ギルドマスターもそこは気になった様で、5人の顔を見まわしている。
「私達のパーティには聖女がいますから」
とルースが答えればソフィーに視線を向けるも、流石のギルドマスターも聖女の事は詳しくない様で、分からないと顔に書いてある。
「聖女には聖獣がいるからですよ」
キースがそう補足すれば、聖獣という未知なる存在の名を聞いたギルドマスターは、ソフィーの隣にいるネージュを視界に入れ瞠目した。
「聖獣だったのか…。言われてみれば聖女には聖獣が付くと聞いた事もあったな。そうか、聖獣が見破ったんだな…」
その答えで一応納得してくれたギルドマスターから、続けて感謝の言葉を受け取る。
「だとすると、君達が居合わせてくれて助かったという事だな。本当に感謝する」
その後ルース達が明日にはここを発つと話せば、ルース達への報酬は後日ギルドの口座に入金してくれるという話になる。
そうしてすっかり夜も更けた頃冒険者ギルドを後にして、やっと宿へと戻っていくルース達であった。
2024.12.28 説明足らずの冒頭部分に、数行(ルースとフェルの会話)を追記いたしました。