【314】ルースへの疑問
ルース達は沢山の人達に見送られ、勇者パーティとして王都ロクサーヌを出発した。
その旅は勇者であるルースをはじめ、聖騎士となったフェル、魔弓士であるデュオ、自らの努力で賢者へと上り詰めたキース、そして途中で別れたはずの聖女ソフィーが揃い、以前のメンバーへと戻っていた。
そこには勿論ソフィーの聖獣であるネージュと、今回は聖女の聖獣という立ち位置ではないシュバルツもいる。
そんな皆の旅は、勇者一行へ国が用意した馬車で移動する事になった。
以前までその殆どを歩いていたルース達だが、今回その足は馬車というものに変わっている。
御者席には唯一それができるフェルが座っているが、この旅の間には皆が馬車を操れるようにする予定である。
フェル一人だけしか馬車を操れないのでは、何かあった時に困るだろうという事だ。その為王都を出発した後、早速キースもフェルの隣に移り、手綱の操り方を教えてもらっている。
しかし馬車での移動という事は、つまり道をはずれる事ができないという意味にもなる。
ただ、今回は当てのない旅でもない為差し当たり問題はないのだが、体が鈍りそうだと皆は苦笑していた。
その馬車自体がとても頑丈に出来ていると聞いた為、フェルは尻の痛みをを心配していたが、思いのほか乗り心地も良く今は安心して御者席に座っている。
そんなルース達を乗せた馬車は一路王都から真っ直ぐに北上し、青空が広がる見晴らしの良い街道を進んで行くのであった。
「はぁ~やっと解放されたって感じだな」
出発してから一時間余り、フェルが御者席でため息交じりに言った。
馬車の前方にある窓は今開けてあり、御者席に座るフェルとキースの背中が馬車の中からも見えている。
2人は風を受ける外套を揺らしながら、後ろにいる皆を振り返った。
「そうだね。部屋とかは豪華で良かったんだけど、いつも監視されてるみたいで気が休まらなかったもんね」
デュオ頭を掻いて笑っている。
「まあ、それは仕方がないというものだろう。いくら勇者パーティに選ばれた者だといっても、所詮は身元がしっかりしていない者達だ。そんな者が王族のいる城の中にいるのでは、騎士達だって警戒もするだろう」
キースは冷静に言葉を返すも、その顔には苦笑が浮かんでいる。
「ソフィーの方は、どの様な感じだったのですか?」
ルースが問いかけたソフィーは今、グッタリした様にネージュに寄りかかって顔を埋めていた。
こうしてソフィーとゆっくり話せるのは本当に久しぶりなのだが、ソフィーが疲れきっていたようだった為、大げさに再会を喜び会う事は流れてしまっていた。
「…ごめんね、ちょっと全身の力が抜けたみたいになっちゃってて…」
とルースの問いかけに顔を上げ、苦笑をするソフィーだ。
「私の方はね、ずっと一人だったの。今思えばそれで逆に、気が抜けるところがなかったかなって。ここにきて安心したのか、どっと疲れちゃったというか…」
ソフィーの言葉はルース達に深く突き刺さる。
いくら本人が覚悟を決めて聖女として在ろうと努力したところで、所詮はただの女の子だ。その彼女がルース達と別れてから一人で辛い環境にいたと気付くのも直ぐで、ネージュはそんなソフィーの頬に顔を寄せた。
「そうだよな。俺達はまだ5人でいられたからそこまでじゃないが、ソフィーはネージュがいたとしてもずっと独りだったんだもんなぁ…そりゃあ気も張ってただろう」
「それは自分で選んだ事だから何も言えないんだけど、思ってたより聖女って大変なのねって思ったわ。教会の人達は“聖女”っていう人を見ていて、ソフィアはどこにもいなかったように思う…」
ソフィーはそう言って、少し寂しそうに笑った。
「でもね、一緒に行くはずの勇者がルースだって聞いた時は、本当に嬉しかったわ」
ソフィーが体を起こしルースに向かい合うように座り直せば、ルースは照れたように笑ってそれに応える。
「ルースってば、王都に来てからとても色々な事があったと聞いたわ。記憶を取り戻したって聞いてとても嬉しかったけど、その後勇者にまで選ばれてしまうんだもの。もうルースってば“凄い”ってしか思わなかったわ?」
ソフィーは嬉しそうに笑って言う。
「あっそう言えば、ルースに聞きたい事があったんだ」
デュオはソフィーとルースの会話を嬉しそうに聞いていたが、そこで声を挟みルースを見た。
「ああ、そうだったな。流石に城の中では誰が聞いているか分からないから聞けなかったが、今なら5人しかいないから話しても大丈夫だろう」
キースもデュオの言葉に反応し、後方の3人へ視線を向けた。
「ああ、あの件か…」
とフェルも頷くが、視線は前方に向けたままだ。御者がよそ見をする訳にはいかない。
「え?何の事なの?」
ソフィーは何も知らない為、キョトンと首を傾げた。
「あのね僕たち、何でルースが勇者に選ばれたのか、それが疑問で考えたんだ」
「ああ。ストラドリン伯爵から、勇者は王族から選ばれるものだと教えてもらっていただろう?」
「そう言えばそうね、すっかり忘れていたわ。でもそうすると?」
とソフィーはその矛盾に気付いた様でルースに視線を向けると、続けてデュオに視線を向けた。
「うん。その事でルースに聞きたかったんだけど、ルースの本当の名前は“ルシアス”だったって言ってたよね?」
ルースはデュオの言に頷いて返すものの、内心ではやはりこの友人達はその事に気付いたのだな、と感心していた。
「そう言えば、勇者に決まった者は“ルシアス”って人だって初めに聞かされたんだけど、その後シュバルツに、それはルースだって聞いて…私もちょっと混乱してたの」
「すみません。ソフィーには名前の事もちゃんとお伝え出来ませんでしたし、混乱させて申し訳ない事をしました」
「それはもういいのよ、ルース。それで皆が聞きたい事はその名前の事なの?」
ソフィーはルースに首を振り、皆へと視線を向けた。
「そうだ。ルースが教えてくれた“ルシアス”という名前は、今の王族に一人いるはずだ」
そう言いながら、キースは御者席から大きな窓を抜け中へ移動してきた。
流石に外で話す事はできないと言う事らしい。
「そしてその王子は今、病気で姿を見せていない…」
「そうらしいんだ。でも勇者の儀ではチラッと姿を見せていたみたいなんだけど、リアさんが言うには多分それは替え玉だろうって」
「リアさん?」
ソフィーはグローリアに会っていない為、その経緯をキースが説明してくれた。
「それで結局、何を聞きたいかと言えば…。ルースはこの国の、ルシアス王子だったんでしょう?って事」
「ええ?!」
ソフィーはデュオが言った内容に驚き、口を押えた。
デュオとキースは表情を変えず、ルースを見ていた。
ルースにはもう聞かれる事はわかっていた為、既に覚悟を決めている。そして皆に何を言われようとも、もう全てを受け入れるつもりであった。
「はい」
とルースが簡素にそれに応えればフェルの肩がピクリと揺れた以外、キース達3人は穴が開きそうな程ルースを見つめたまま微動だにしなかった。
そうして暫しの沈黙の後、キースが口火を切るように一つ息を吐き出した。
「やっぱりな…。じゃあルースは、自分が勇者になるかも知れないと分かって、あの場に立ったんだな?」
「ええ。でも選ばれるかという点は、半信半疑でした。王族は私だけではありませんので」
「そっか…」
キースの問いに答えたルースに、デュオも納得したように言った。
「え?そうするとお城にいた時、家族と一緒だったのね?」
ソフィーは当然家族として過ごしたのかと聞くが、それにはキースが首を振った。
「いいや、ルースはオレ達と一緒に行動していたが、そんな素振りはなかったな」
「そうだよね。ねぇルース、家族だって言わなかったの?」
3人の視線が集まるルースは、少し居心地が悪くて身じろぎをした。
「…はい。名乗り出ませんでした」
「どうして…」
ソフィーが困惑気味に声を発する。
「もしかして…」
とそこでキースが何かに気付いて言い掛ければ、ルースはキースへ頷いて返した。
「王族は代々、金の髪と目であると決まっているのです。私はそのどちらも違う為、喩え記憶が戻っていても、名乗り出る事はできません」
ルースの重い言葉に、3人は黙り込んだ。
「でも、私はその方が良いとすら思っています。今の私はボルック村出身のルースです。これまで過ごしてきた日々が、今の私を作っています。今更王子だと名乗り出ても、何の意味もありません。私はこれから“封印されしもの”と対峙する身です。ただそれだけの者に、出自は関係ないでしょう?」
ルースは、いっそ清々しいと言える程の笑みを浮かべて4人を見回した。
フェルはチラリとルースを見て肩を竦め、ソフィー達3人はその笑みにこれがルースだよなと、納得した様にため息を吐き微笑みを返すのだった。