【313】勇者として再び
貴族たちへの勇者のお披露目が終わった数日後、今度は民衆へ向けての行進が行われる。
ソフィーを含めたルース達は、騎士たちに囲まれて屋根のない馬車に乗り、ロクサーヌの町を廻る事となった。
この辺りの予定は既に決められていたらしく、ルース達は慌ただしくその日程を熟して行った。
言われるがままに行動するルース達は、はっきり言えば見世物である。
仕方がない事とはいえ、本来の目的とは違う事をしなければならないルース達はそれだけで疲れるもので、内心はもう旅に出たいとすら思っていた程である。
そうして民衆へのお披露目も終了すれば、いよいよ王都を出発する事になる。
しかし出発が近付いた時でさえ再び謁見の間に集められたルース達は、再度集まった貴族たちの前で、国王より直々にお言葉を賜らねばならない。
勇者たちはその行動にいちいち手順を踏まねばならず、全てにおいて格式ばった行動を熟すルース達なのである。
そうして出立の為の国王への謁見までを終えたルース達は自室へと戻り、今は荷物の最終点検をしている所だ。
ルースの腰には懐かしい勇者の剣、その他の身の回りの物も新しく支給されているため、衣服も簡素であるが上質な素材でできた物を着用している。そしてルースの左胸には、真新しいミスリル製の胸当てが付けられていた。
これらの支給に当たり防具についての希望も聞かれたが、ルースは動きやすさを重視している為なるべくなら防具は付けたくないと言えば、宰相からはせめて胸当てだけでも付けるべきだと打診されたのだ。ルースは苦笑しつつも、それは受け入れる事にしたのであった。
そして旅路に必要な外套も今までより頑丈で温かな物を纏うルースは、皮肉な事にさながらどこぞの国の王子の様な出で立ちとなっていた。
他にもルース達には新しいマジックバッグと、どこのギルドでも引き出す事ができる路銀をたんまり渡される事となった。
何も言われずともルースの目的地は、もう魔巣山だと分かっている。そこへ辿り着くまでの間何が起こるかも分からない訳で、そこは十分に国が援助をしてくれるらしいとの事である。
そしてマジックバッグは一人一人に渡されており、形は今までと同じ小振りの巾着型をお願いしていたのだが、しかし容量はこれまでルース達がお目に掛った事のない無限に収納できるものだと説明された。
これらの支給された物は今回の旅には必要不可欠であり、この国を護るためであれば安い物だと宰相が笑っていた事をルースは思い出す。
そうして身支度を整えたルースは王城で生活した部屋を一瞥すると、迷いなくその部屋を後にするのであった。
その扉の先には、少し離れた部屋から出てくるフェル達3人の姿も見えた。
その3人も以前より上質な衣服を纏っており、シンプルながらも上品な装いだ。
フェルは以前使っていた胸当てよりも更に広い面積の胸部と背部を覆うブレストプレートを付けており、真新しいそれはフェルに良く似合っている。
デュオも弓士用に作られた革製のチェストプレートを胸に付け、照れ臭そうにルースへ視線を向けている。
その隣のキースも黒髪を靡かせ、魔術師団と同じ濃紫のローブを羽織って立つ姿は賢者そのもので、威厳さえ感じさせていたのだった。
部屋から出て歩き始めたフェル達はルースと合流し、カールセンを先頭にして緊張に包まれる城を歩いて行く。
しっかりと前を見据え、勇者と呼ぶにふさわしい者であると目に映るよう、ルースは迷いなく進む。そんな4人を城の者達も仕事の手を休め、しばし見送っていたのである。
ルース達が城の大きな扉から出れば、目の前には既にルース達が乗る馬車が用意され、乗員が揃うその時を待っていた。
この場所は先日の勇者の儀で演台が置かれていた場所に当たり、ここから出立する勇者たちは、王城の敷地を通って北城門を出た後、商業地区の大通りを抜けて王都ロクサーヌを出発するのである。
出発時刻は正午。
それまで後半時間。ここでも形式に則り、別れの挨拶などを済ませて出発する事になっていた。
そしてルース達が到着した頃には、ソフィーも教会の者達と共に姿を現わした。
教会の者に囲まれて歩くソフィーは堂々としており、その美しさを一層引き立たせている。
隣には、先日は見掛けなかった豪華な刺繍を施した法衣を纏った一人の年配の男性が並び、他数人の男性達に囲まれているソフィーに笑みはないものの、緊張している様子のない彼女にルース達は安堵するのだった。
ルース達の下へやってくるソフィーを待っていると、宰相や王族がその場に姿を現わす。
カールセンに促されて王族が並ぶ前に整列すれば、その両脇を貴族たちが囲み、そこにストラドリン伯爵とダスティの姿も見えた。
わざわざ見送りに来てくれたのかと伯爵へ視線を向ければ、向こうも気付いた様で頷き返してくれた。
そうしてガヤガヤとしていた場が静まったところで、宰相は話し出した。
「勇者達の出発に際し、これより国王陛下よりお言葉を賜る。一同は叩頭して有難く拝受するように」
その言葉を受けルース達は片膝をつき胸に手を当て、さながら騎士の様な姿勢で首を垂れる。その隣ではソフィーもカーテシーをして頭を下げた。
そうして目の前の国王が口を開く。
「これより出立する勇者達よ。貴殿らの旅は、長く苦しいものとなるであろう。しかし勇者は仲間と共にその苦難を乗り越え、その先に待ち受ける災いを沈めその大役を果たし、再びウィルス王国へ明るい光をもたらす事を我は希う」
「陛下より賜りました有難きお言葉をしかと心に刻み、この国の未来への繁栄を願い、粉骨砕身をもって邁進する所存です」
ルースは国王の言葉への返礼を伝える。ここは「はい」と言えば良いところではあるが、やはり最後にしっかりと言葉を伝えておきたいとルースは考えたのである。
その返答に国王が満足気に頷いたのを見て、ルース達は再び立ち上がり後退して距離を取った。
そしてここでもセレンティアの視線を感じたルースは、視線を向けずとも淡く笑みを浮かべてみせたのだった。
こうして恙なく出発の挨拶が終われば、ルース達は馬車に乗り込んで行く。
この馬車には焦げ茶色の四角いキャビンが付いているものの、貴族の乗るような装飾が施された上品なキャビンではなく、冒険者ギルドで乗った物に似た形で余計な物などは一切ない。乗り込みは後ろからで中は長椅子が両脇に備え付けてあるだけ、長旅に耐えうるように頑丈でシンプルな造りとなっている。
それを引く馬は一頭だが、その馬は町で見る馬よりも一回り大きい。軍馬とまでは言わないが、ガッチリとした体格にくっきりと筋肉が浮き出ており、頼もしい馬であると一目で理解できた。
その御者を務めるのはフェルだ。
そのフェルが馬の傍により、「頼むぞ」と言っている様にその首を叩いている。
それからルース達は皆の視線が集まる中馬車に乗り込めば、近くで騎乗したオルクス団長が城門を目指してゆっくりと進み始める。
これから王都の町中を、オルクス団長に先導されて進んで行くのだ。そして馬車の後方にも騎乗する騎士団員達が続いている。
その城の門を潜れば、馬車が通る予定の道沿いに人々が詰めかけており、ルース達の馬車が見えてくれば大きな歓声が沸き上り、それが北門まで続いて行った。
そうして王都の北門まで来れば、付き添ってくれた騎士たちにはここで見送られる事となり、ルース達は門を出た所で一度馬車を止め、5人は馬車から降りて見送る者達へと頭を下げた。
そこで見渡した騎士団たちの近くに、見知った者達の顔も見えた。グローリアをはじめ、一日だけ夜を共にした者達がそこで手を振ってくれていたのだ。
その彼らは後からフェル達が聞いたところでは、生産ギルドで上手く就職も出来たらしいとの事であった。
そんな王都でお世話になった人達にも、皆はしっかりと頭を下げる。
そして勇者として選ばれてからグローリアとも会えなくなっていたルースは、シンディの師匠でもある人物に出会えた事に感謝し、深々と頭を下たのである。
こうして勇者パーティとして再び動き出したルース達は、人々の希望を背負い、王都ロクサーヌを出発して行くのであった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>
巷ではインフルエンザも流行っているようですが、皆さまにはお風邪を召されませんよう
楽しいクリスマスそして年末をお過ごしください。
まだ年内の更新は続きます。^^
引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。




