【312】切る縁と紡ぐ縁
パタリと音を立ててダスティが閉めた扉の音で、やっと小さな空間になった事を知った4人は一様に肩の力を抜いてため息を吐く。
「ははは。相当疲れている様だな」
ドナルドは、先程よりも雰囲気を緩めて言う。
やはり元々貴族という立場の者は、その切り替えも早い様だ。
そうして6人がソファーへ腰を下ろせば、侍女が入って来て皆の前に冷たい飲み物を置いて下がっていった。
それを見送ってキースが口を開く。
「先程は助けて下さりありがとうございました。そして不快な思いをさせてしまい、すみませんでした」
キースが謝った事で、ドナルドとダスティは困惑する。感謝の言葉はわからなくもないが、なぜキースが謝るのかという事だろう。
その困惑へ眉尻を下げて微笑むキースに、ルースは視線を向けた。
「キース、こちらの方々にはお話ししても大丈夫だと思います」
とルースが言えば分かっているとキースは頷き返し、キースはドナルド達2人へと視線を向けた。
それから、なぜあの者がキースを気にしているのかとその関係を話し出しせば、2人は全く同じ表情で渋い顔を作った。
ダスティはドナルドよりも大柄で強面ではあるものの、この2人が親子であるとそれを見れば納得できるほどである。
「その為あの人は息子が亡くなった今、その時の子供を見付けて家を継がせようとしているらしいのです」
「「………」」
キースの話に言葉を失う2人。
この2人も貴族である為、家を存続させるという意味は誰に説明されずとも良く解っている。しかしこれは余りにも身勝手過ぎるというものであろうと、2人の顔にはそう書いてあるようだった。
「話はわかった。言われてみればその眼はあの者とよく似ているようだし、そうだと言われれば納得できる程だ…。しかしどちらにせよ、キース君は勇者パーティという大役を引き受けた身だ。今更その家の跡を継げと言われても困るだろう」
「はい。オレはもしこの討伐から戻れたとしてもあの人の所へ行くつもりはありませんし、一切関わり合いたくもありません」
キースはそう言ってスッパリとその縁を断つ。
「ただし、こちらがそう思っていても話をしなければ、いつまでもあの者は纏わりついてくるだろう。話をするつもりもないのか?何なら私が席を用意するが?」
ドナルドがそう申し出るも、キースは首を振った。
「有難いお話しですが、それも出来れば遠慮したいです。元々関わるつもりは一切ありませんし、親子であるつもりもありません」
キースは顔を見るのも嫌だというように、渋面を作った。
「そうか。キース君の立場であれば、そう考えるのが普通であろう。解った。あの者については私の方で話をしておく。キース君は関わらなくても良い」
「ですがそれではストラドリン様にご迷惑が…」
「なぁに、私の方がたまたま爵位は上であるし、君は私の遠縁の者だと言っておけば流石に身を引くであろう。それ位なら然程手間でもないからな」
「…ご配慮いただき、ありがとうございます」
キースが深々と頭を下げれば、ルース達も揃って頭を下げた。キースの愁いを取り除いてくれるというドナルドに、ルース達も感謝の意を示す。
「君達は本当に不思議な存在だな。元々彼女が聖女であった事もそのひとつではあるが、ルース君は勇者に、そしてキース君は貴族の落とし種。そんなバラバラにも見える5人がパーティを組み、この国の運命を担っているとはな。君達にはこれからも期待しているぞ」
ドナルドはそんな言葉を残し、ダスティと共に部屋を後にしたのだった。
その後ルース達は暫しの休憩をしてから、再び会場へと戻っていった。
しかし、この宴の主役ともいえる勇者パーティがいなかったというのに、大広間は何もなかったかのような変わらぬ様子で賑わっていた。
そこはルース達にもわかっていた。
不穏な事は勇者たちに任せ、残る自分達が生きる道を探す事に皆が手一杯であるのだと。
その中をルース達はただ見世物の様に、この宴のお飾りとしてその後はあり続けた。
そして先程執拗に迫ってきたゼクヴィー子爵が再び姿を見せる事もなく、キースはホッと胸を撫でおろしていた。それはルース達が休憩中、早々にドナルドがゼクヴィー子爵を見付け、先程言っていたように伝えた為であったと、後で話をしに来てくれたドナルドによって知る事となった。
「ふん。この様な場所で勇者パーティに取り入ろうとするのは、貴族としてどうなのかと最後に釘を刺しておいたまでだ。あれでは何も知らぬ者は、そう解釈するしかないのだからな」
ドナルドは鼻を鳴らし、“見苦しい”と一言添える事も忘れなかったらしい。
「それにどうやらもう帰ったようだから、安心すると言い」
その隣でダスティもニヤリと口角を上げ、「もう大丈夫だ」とキースの肩をポンと叩いたのだった。
「ありがとうございました」
キースは心からホッとした笑みを浮かべ、2人へと感謝を伝えた。
この様な貴族の集まりなぞ、ただの平民では戸惑う事ばかりだが、ストラドリン伯爵という強い見方が来てくれていた為、ルース達はこの場も何とかやり過ごす事ができたのである。
人との縁とはいつの世も不思議なものであると、ルースはあの日ダスティに出会えた事に感謝するのだった。
その後会場には再びソフィーも現れ、ルース達とも少しばかりの会話をする事ができた。
「ソフィーの方は大丈夫か?いじめられてないか?」
ソフィーから少し離れた後方には教会の聖騎士もいるため、大きな声では話せないが、フェルが心配そうにソフィーを覗き込んで尋ねた。
「ふふ、大丈夫よ。悪いようにはされていないもの。ただちょっと退屈なのだけど、後少しの辛抱なんでしょう?」
ソフィーは平気だと言って、今は再び皆と旅に出る事を楽しみにしているのだという。
「まぁそうなんだけど…」
フェルはそれでも心配そうに眉を下げた。
フェルがそう思うのも尤もで、ルース達と別れた時よりも今のソフィーは、とても痩せてしまっている様に見えるのだ。
「本当に大丈夫だって。こうして今日ここにきて、また皆に会えたんだもの。シュバルツから先に聴いてはいたけど、こうして皆を見るまでは半信半疑だったの。ふふ。でもこれからは旅に出るまでにうんと食べて体力を付けなくちゃね。そう思ったら早速お腹も空いてきてるのよ?人って現金なものよね」
ソフィーは努めて明るく言い、皆を安心させてくれる。
「はい、また皆揃って旅に出ましょう」
「あれ?ネージュはどうしたの?」
ふとそこで、皆という言い方でデュオがネージュを思い出したらしく、ソフィーに首を傾げて聞いた。
「今日は流石にダメって言われて、この広間までは付いて来られなかったの。今は控室でふて寝してるわよ?」
ソフィーはそう言ってクスクスと笑っているが、ネージュからすればこの様に人が多い所で傍にいられないのはさぞ気をもんでいる事であろう。それではふて寝もするはずであると、ルースは苦笑する。
「流石に貴族たちを相手に聖獣と言っても、それはねぇ…多分無理かも?」
デュオとキースも苦笑しつつ、ネージュがここへ入れない事をわかっているらしい。
少しの間ではあったが漸く会えたソフィーと話が出来たところで、本日の宴は国王の挨拶によって閉会となり、ルース達は王族の後に続いて退場していったのだった。
会場にいる貴族たちはまだ残っていても良いらしく、ルース達がいなくなっても賑やかさを保っていた大広間であった。
こうして勇者のお披露目という宴も無事に終わり、次は民衆へのお披露目もあるが、封印されしものへと対峙する為に旅立つ日が迫って来たルース達であった。