【308】第一歩
翌日いつもの様に動き出そうとしたルースは、部屋に来たカールセンに告げられた。
「本日は騎士団への移動はせず、この部屋で待機していてください。先日、貴方が人選した者達が昼頃には登城する予定です。その為、午後よりその者達と再び、国王陛下への謁見があります。身だしなみを整え、部屋でお待ちください」
「かしこまりました」
ルースは扉の前で要件を伝えただけで去っていくカールセンを見送り、大きく息を吐き腰に佩いた剣を外した。
もう既にルースは騎士団棟へ行く準備をしていた為、使わなくなってしまった剣を外してソファーへ腰を下ろす。
丁度良かったかも知れない。ルースはそんな事を考えて、ゆっくりと瞼を閉じた。
昨日は部屋にデイヴィッドとセレンティアが来た事で、ルースは夜あまり眠る事が出来なかった。日中は騎士団に行ったため体は疲れていたものの、気持ちが静まらずウトウトしては目が覚めるという事を繰り返していた。
そしてその中にまた時間の精霊が出てきた事もあり、再びルースは記憶の中をさ迷った。その記憶にはルースが今に至るまでの映像が途切れ途切れに浮かび、その記憶が原因で目を覚ます事もあった。
こんな感じで今日、ルースは殆ど寝ていなかったのだ。
その為、ルースはソファーに身を沈めると一瞬にして眠りに落ちて行ったらしく、気付けばもう昼になっており扉をノックする音で目覚める事となった。
コンコン
「お食事をお持ちいたしました」
「…はい、お願いします」
ルースはすぐさま覚醒すると、その声に返事をして身なりを整えた。とは言え特に寝乱れている様子はなかったのだが、気持ちの問題である。
そうしてルースの部屋には昼食が運ばれ、ルースは一人で食事を摂った。
今まではフェル達と食事を共にしていたが、この城に来てからルースは一人で食事を摂る事も増えた。そうなると“一人の食事は味気ない”というのがルースの感想だった。別に不味い食事が出る訳ではないが、ルースもその状況になってみて初めて、キースの食が細くなってやつれてしまった原因の一端を見た気がした。
“本当に自分はまだ知らない事が沢山ある”
これがルシアスにとって二度目の人生と言えど、一度目はその殆どを城の中で過ごしており、勇者に選ばれるまでは身軽に外へ出る事すら余りなかったのであるし、こうして二度目を経験してもなお自分が経験していない事など無数にあるのだと分かる。
そんな思考の中、何とか食事を終えた頃に再び扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
その声でカチャリと扉が開き、先程食事を持ってきてくれた侍女が入って来た。
「随行者の皆さまがご登場されましたので、ご案内いたします」
一人が話す間に、もう一人の侍女が食事を下げて行く。
「はい、お願いします」
ルースは立ち上がり侍女の案内で部屋をでる。その侍女は特に話しかけてはこない為、ルースは自分でどこへ向かっているのかを確認すれば、それはすぐ近くにある貴族用の居室だと分かった。
「こちらです。どうぞお入りください」
ルースを案内した侍女はそれだけ言うと、ルースを扉の前に残して去っていく。侍女は忙しそうである。
それに苦笑してルースは扉をノックした。
コン コン
「………」
コン コン
と2回ほどノックをすれば漸く部屋の扉が開き、中からデュオが顔を出した。
「はい…どちら様ですか?」
その応答にルースが笑みを浮かべれば、ルースの顔を見たデュオの顔にパッと笑みが広がった。
「わっルース!入って入って!」
引っ張られるようにデュオが部屋へ招き入れてくれ、そこにフェルとキースの姿も確認する。
「「ルース!!」」
フェルとキースもルースを見て安堵するような、それでいて確認するような表情を浮かべ近寄って来た。
フェル達の部屋はルースの部屋とは違い、こちらは複数人が泊まれるタイプの部屋の様で、入ってすぐにある居間はルースの部屋よりも広い。
その入り口付近で3人はルースに抱き着いて、4人は団子状態になっていた。
「なんかスゲー久しぶりな気がする」
「元気そうでよかった」
「うんっうんっ」
こうして数日振りに揃った仲間に、4人は心からの笑みを向け合うのだった。
「まあ座ってくれ」
フェルは既にこの部屋の主の様に、ルースにソファーを勧める。
そんないつもと変わらぬ仲間たちにルースは微笑んで、ソファーへと腰を下ろした。
「いつ来たのですか?」
「もう一時間くらい前かなぁ。ここに着いたらすぐ女の人達が沢山来て、それから体を測られたりワチャワチャして、それでついさっき皆出て行ったんだ」
「その間にサンドパンだのスープだの出てきたけど、食べた気がしなかった…」
「その割にフェルは完食してたけどな?」
デュオ、フェル、キースがルースにここまでの事を話す。
そう言えば自分も数日前に採寸されたなと、ルースは苦笑して頷いた。
「まずは、ルースに感謝を。ルースがオレ達を、勇者パーティに推薦してくれたんだろう?」
「そうだった、ルースありがとう」
「助かったルース。これでまた皆一緒に旅に出られるな」
3人は本当に嬉しそうに、そう言ってルースに笑みを向けた。
しかしこれはルースが勝手に彼らを引き込んだ形であり、正直に言えば皆にどのような反応をされるのかと多少は不安だったルースである。いくらソフィーの事があるとはいえ、いざとなってみれば人の気持ちは変わるものだ。しかし今のこの3人を見れば、それはルースの杞憂に終わったのだと分かる。
「いいえ。私が皆と一緒にいるためにした事です。私の我儘に付き合ってくれて、ありがとうございます」
こうして3人との再会を喜んでいれば、窓の外にある木に黒い鳥が舞い降りてきた。
「おっシュバルツも来たな」
フェルはそう言って窓に近付き、カチャリと小さな両開きの窓を開けた。
この部屋の窓は3ケ所あって、小振りの窓が2つと掃き出しの付いた大きな窓があり、シュバルツが留まったのはその中の小さな窓の近くだった。
シュバルツは開けてもらった窓から中に飛んでくると、その近くにあった家具の上に降りた。
『やっと揃ったな』
シュバルツの悪びれぬ言葉にルースが笑みを返すも、そこでフェルは反論した。
「まだだ。まだ一人足りない」
『そうだったな。そちらの方も色々と指示が入っていると言っていた。案ずるな、すぐに会える』
シュバルツは、皆がまだ会えていないソフィーの様子を伝えてくれた。
「そうだよ。もうすぐ全員集合だ」
デュオもフェルに向けて笑顔で言う。
「……おう」
フェルも皆が気を遣ってくれていると気付いた様で、逸る気持ちを抑えるようにソファーへ腰を下ろし、息を吐く。
「皆は、これからの予定を聞いていますか?」
ルースが話題を変えるように誘導すれば、キースもそれに気付いて話を繋いでくれた。
「ああ。この後国王に謁見すると聞いた。それで後で迎えに来ると言われている」
「ルースも一緒?」
デュオは次の予定に不安があるのか、ルースは来ないのかと尋ねてきた。
「はい。私も共に謁見の間に行くようにと聞いています。それで私もこの部屋へ移動させられたのでしょう」
「そっか、良かった」
デュオが眉尻を下げて言えば、フェルがハッとした様に表情を変えてルースを見た。
「ルースの部屋はどんなのだ?ここより広いのか?」
突然話が飛んでルースは面食らうも、フェルらしいと思えば皆が納得して笑いが起きた。
「え?何で笑ってんだ?部屋の大きさは大事だろ?」
キョトンとしてフェルが言うので、更に皆が声を立てて笑う事になるのであった。
こうして合流したルース達4人は、これより先に続く、勇者パーティとしての第一歩を踏みだしたのである。