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【303】ここから

 コンッ コンッ

「はい、どうぞ」


 ノックの音に目を開け、ルースは扉に向かって声を出す。

 もっとも扉が開いたのは、ルースの返事と同時であったが。


「失礼する」

 そう声を掛けて入ってきたのは宰相と、スーツ姿の男性の2人だ。その男性の手には、ルースの荷物を持っている。


 ルースはソファーから立ち上がり、2人を出迎える。

 2人は扉近くで立ち止まっている為、ルースは近付いて正面に立った。


「長らく待たせて悪かったな。私はこの国の宰相を務めているデイヴィッド・コープランド、一応は公爵の位を賜っている。そして彼は宰相補佐、カールセン・フェズリ卿だ」


 ルースがこの部屋にきて2時間程が経った頃に訪ねてきたデイヴィッドは、初めに身分を名乗り出た。

 そして隣で紹介されて軽く頭を下げた男性は、勇者の儀で度々姿を見せていた者だとルースは気付く。


 ルースはまさか宰相自らが出向いてくれるとは思っておらず、少々面食らいつつ挨拶を返す。

「私は冒険者の、ルシアス・モリソンと申します」

 こちらの事は既に知っているとは思うが、そう言って頭を下げたルースに宰相は頷き、ルースをソファーへと促した。

 宰相が先にソファーへと座り、最後にルースが腰を下ろす。


 その頃には侍女が一人入室し、3人にお茶を置いて下がっていく。


「本日は予定外の出来事があり、少々手間取ってしまっていた。この部屋で、君には出立迄の間を過ごしてもらう事になる。居心地はどうだ?」

「問題はございません。過分なお部屋で、私には勿体ない位です」

 ルースの答えに満足したのか、宰相は頷く。


「それで今後の予定を伝えるが、その前にひとつ確認がある」

 宰相の視線が鋭くなり、ルースは居住まいを正す。

「はい」

「君は何故、名前を詐称した?」


 遠回しでなく初めから尋ねられた事にルースは驚く。いつかは聞かれるとは思っていたが、まさかこのように直接聞かれるとはと、ルースは内心で苦笑する。


「詐称…と言われればお詫びする事しか出来ません。しかしその意図は全くなく、私にもどうしてだかは…」

「ほう。では名を偽ったのは、わざとではないと?」

「はい。私は何年も、教会でステータスの確認をしておりませんでした。私は冒険者として生計を立てておりましたが、自分のステータスには然程興味がありませんでしたので…」


「…では、久しぶりにステータス確認をしたところ、名前が変わっていたと申すのか?」

「はい。私は以前、ルースという名前でした。それは教会の記録を辿っていただいても、その様になっているはずです」

「……」


 ルースは本当の事を織り交ぜながら話をはぐらかす。

 ルースが話す間、デイヴィッドの隣のカールセンはずっとルースを見つめていた。


「嘘ではないようです…」

 何故かそこで、カールセンが宰相に言う。

「そうか」

 その言葉に納得する宰相もルースには理由が分からないが、その言葉でルースが助かった事だけは確かである。


「私はある程度、人を視る眼があります。貴方が嘘を言えば、私にはわかります」

 そこでカールセンがルースの疑問に気付いたのか、そう答えた。


 その説明で確証は持てないが、この人物は何かのスキルがあるのかも知れないとルースは思い至る。そしてそれがある事によって、現在宰相の補佐を務めているのか、とまで考えていた。

 そうして嘘を吐かなくて良かったと、ルースは内心ホッとしてもいたのだった。


「自分が理解しておらぬのならば説明のしようもないな。ステータスは理の中の物であり、我々の理解の範疇にはないものだ。ステータスが意図せず変化したのは、己のせいでもないのだろう。それで納得する他あるまいな…」

 宰相は諦めたように一つ頷いた。



「それで君はその名前に、心当たりはあるか?」

 少し間をおいて話し出した宰相に、ルースはヒヤリとする。

「心当たり…ですか?名前自体は良くあるものだと思います。申し訳ございませんが、私には心当たりはございません」

「………」


 ルースの言葉に、カールセンの視線が鋭くなった。

 これは本当に嘘がつけないようだと、ルースは眉を下げてみせる。

「ただ、心当たりと言うとおこがましいのですが、聞いた事のある名前だと思いました」

「ほう?」

 それは誰だと宰相は眉を上げる。


「この国の、王子殿下のお名前と同じである事は存じております。ですが、私などが王族のお方と同じ名前であると言いふらすのは、不敬である事も承知しておりますので」


 ルースは表情を変えぬよう、慎重に話す。これも別に嘘ではない為、問題にはされないはずだ。

 そしてそう話すルースに対し、カールセンは何も言わない。

 その為、嘘をついていないとわかったのか、宰相が頷いた。


「その名前が、どうかなさいましたか?」

 とルースが敢えて聞き返せば、宰相は難しい顔で首を振った。

「名前を偽った理由を聞きたかっただけだ。他意はない」

 ルースはしおらしく頭を下げ、理解したと示す。


 そして下げた視線の中でルースは考える。

 ルースは平民として宰相に会っているはずなのに、宰相は平民の自分にも丁寧に接してくれている。

 それでなくとも宰相は公爵の地位を持ち、この国では上から数えた方が早い序列にいる。

 ただいくら平民と言えど、ルースは勇者に選ばれてしまった者だ。その為、今この2人はルースに敬意を払ってくれているのかとも思うが、その答えはルースには分からないままに終わる。


「それから、こちらの荷物は返しておく。一応これは、君を勇者として信頼しての事である。その期待を裏切る事のないよう、肝に銘じるように」

「はい。ありがとうございます」


 テーブルに置かれた剣と巾着を見て、ルースはホッと胸を撫でおろす。別にこれが無いと駄目な訳でもないが、荷物が返って来てホッとするルースであった。


「あの…ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」

 ルースは一呼吸おいたところで、宰相に問いかける。


「何だ?」

「パーティについてです」

 そうルースが問えば、宰相は“わかっている”と頷いた。


「ああ、その事はこれから話す。その随行者については今後1週間以内に、我々の方で参加者の中より選出する予定になっている。メンバーは能力の高い者を選出するが、何かあるのか?」

「はい。その選出されるメンバーに、私が加わるという事になります。その為、私の希望をお伝えできればと考えておりました」

「なるほど…条件を出す、という事か?」

「いいえ。条件ではなく、指名です」

「おい、図々しいぞ」


 そこで、黙っていたカールセンがルースを非難した。確かに勇者に選ばれたからと、調子に乗っている様にも聞こえるだろう。


「うむ…」

 宰相はルースの話を一応検討してくれている様で、考え込むように顎に手を添えている。

 ルースは宰相の様子を確認しつつも、カールセンには申し訳なさ気に頭を下げる。


「君は勇者という立場になった者だ。一応、意見としては聞いておこう。それでその者の名前は?」

「ご配慮いただき、ありがとうございます。その者達は私のパーティメンバーである、フェルゼン・マーロー、デュオーニ・フェイゲン、キリウス・ロギンスの3名です」

「ふむ、3名か。人数としては多すぎる事はないな。して、その理由は?ただパーティのメンバーだから引き入れたいというだけでは、考慮するには値しないぞ?」


 宰相の言葉は手厳しいものだった。確かにただ友達だからという理由だけでは、納得してはくれないだろう。

 そしてこの人物を納得させるだけの理由がなければ、3人をパーティに入れる事は難しいだろう事もわかっている。


「その3名は既に上位職におります。フェルゼン・マーローは聖騎士であり、デュオーニ・フェイゲンは魔弓士です。そしてキリウス・ロギンスは賢者の職業(ジョブ)を持っております。各々のステータス値をご確認いただければその秀逸さは明らかであり、更にその者達とはずっとパーティを組んでいたため私との連携も取れております。職業(ジョブ)・ステータス・意思の疎通。この3点は他の誰よりも群を抜いているはずです」


 ルース達4人は年が明けて早々、リアの家で皆のステータス値を確認していた。それは翌日に勇者の儀を控えている事もあって、現状を把握する上で大切な事であった。

 それで、皆のステータス値が更に上昇している事に加え、フェルは聖騎士へと昇格しており、キースもルースが予想した通りに賢者になっていたのである。

 ルースはこれで自分が勇者になった場合、皆をパーティメンバーへ指名できると考えたのだ。


「聖騎士に魔弓士、それに賢者か…。メンバーになる条件としては申し分ないであろう。わかった。その者達を含め、こちらも考慮して人選をしよう」

「ありがとうございます」


 ルースは今回、自分が勇者になっただけでは終わりではない事を知っている。

 前回は一任して選ばれたパーティメンバーであったが、何の因果か、その彼らとは今友人であり、パーティとして仲間になっているのだ。

 そして、ここからが再出発となるであろう事も承知していた。


 こうして前回の最後の時を思い出しながら、ルースは宰相達へと深々と頭を下げるのであった。


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 一周目(?)と差異は有りますが、着々と『あの瞬間』に戻りつつある…って感じですね。 パーティメンバーに関してはまぁ、世界中を隅々まで探せば『現時点のフェルたち三人』より強い人は居…
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