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喪われし記憶と封印の鍵 ~月明かりへの軌跡~  作者: 盛嵜 柊 @ 書籍化進行中
第八章 ~迷~

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302/348

【302】瞼を閉じて

「それってどういう意味だ?」

 キースとデュオの言葉に首を傾けていたフェルが、()れたように声をあげた。


「フェル、ルースが思い出した名前って、“ルシアス”だったでしょう?」

「あ~確かそんな名前だった。だけど…「それってね、この国の王子の名前なんだよ?」」


 フェルに被せるように言ったデュオの言葉で、フェルは零れんばかりに目を見開いた。

「はあ?!いや、だからって…」

「それにその王子は、もう10年も人前に姿を見せていなかったはずだ」

「いやいや待て待て待て。さっき帰ってくる時、町中でその王子も久しぶりに見たって言ってた奴がいたじゃないか」


 フェル達が戻る途中、町中にいた者達は今日の出来事を大声で話していた。それを耳に入れながら、フェル達は帰って来たのだ。


「ではそれは、多分本人じゃないんだろうさ」

 そこで黙っていたリアが口を挟んだ。

「本人じゃないって…」

「フェル。ルースの事はフェルが一番よく知っているはずだな?」

 キースの質問に、フェルは当然だと大きく頷いた。


「だったら、ルースが旅をしていた目的をわかっているんだろう?」

 キースの問いにフェルは一瞬考えこむも、すぐさまハッとした様にキースへ視線を戻す。


「記憶がなかった…から…」

「そうだ。ルースは10年より前の記憶がない。それは偶然にも、ルシアス王子が病気になって表に出て来なくなった頃と一致する」

「…だけどルースは、東の村の出身で…」

「そんなの、連れて行かれたとか何かされたかで、そこに置いて行かれた可能性もあるよ?」

 フェルがいくら否定しようとしても、キースとデュオはその可能性を口にする。


「ただ、ひとつ気になる所はあるね。王族は金の髪と金の目の色だと決まっている。そのルシアス王子も、確かその色を持っていたはずだよ。でもあの子はそれとは違っている…」


 リアの言葉で皆が黙り込む。

 キースの推測の筋は通るものの、リアが言った色の件は合致しないのだ。


「まぁ、分からぬ者同士がここで話していても埒はあかないよ。ここで待っていれば、そのうち本人から何か連絡がくるはずさ。あの子は仲間に何も言わず、居なくなる子ではないんだろう?」

 その言葉で、フェル達3人も一旦納得した様に頷く。

 ここで当事者ではない者がいくら話をしていても、その答えは出ないのだ。


 そう言ったリアも、内心大変な事が起こりつつあることを密かに感じ取っており、その4人を見つめるシュバルツは、そんな彼らを静かに見守っていたのだった。


 だがそのルースと連絡が取れるのは、それから3日後の事である。



 -----



 ルースは今回も、勇者の儀で剣に選ばれた。

 いいや正確に言えば、また選んでもらったと言うべきか。


 たまたまルースが剣に触れた時、それまで曇っていた空から光が差し、ルースと剣に光が当たった。

 たったそれだけの変化に民衆が勘違いをしてくれたお陰で、ルースが剣を握る隙を作り、強引ともいえる手段で剣を鞘から抜いたのだ。


 それまで壇上に登っていた者達は、剣に手を添える事しか出来なかった。

 その状況を見ていたルースは、あの剣は触るだけでは何も起こらない事を知っていた為、どうにかして隙を突き、剣を鞘から抜かなくてはならないと考えあぐね、緊張していたのもあったのだ。


 壇上でヘタに動けば下にいる騎士が飛んできて取り押さえられ、勝手な事をした者として投獄されるだろう。

 そしてもしそれが出来たとして、今度は鞘から抜けなければ意味がない事もその緊張を増大させていた。


 そうして考えていた事は無駄にはなってしまったが、結果を見れば運が味方をしてくれたような形でルースは勇者として再び選ばれる事ができた、という話である。


 あの時民衆が勘違いをしてくれたことで、それを鎮めるために壇上に上がった宰相の前で剣を抜いてみせたことも、その幸運のひとつといえるだろう。

 剣を鞘から抜く事で勇者として選ばれる、という事柄を知る者は余り多くはない。

 いつも王の近くにおりその詳細を知る宰相が見たからこそ、ルースが起こした行動を否定できなかったのだから。


 こうして、ルースは頭上の国王が告げた宣布に因って勇者として認められた後、騎士たちに囲まれて城へと連れて行かれ、この部屋に案内されて今に至る。

 言ってみれば、この部屋で声が掛かるまで一人で大人しくしていろ、という事だ。


 その証拠に、入った部屋の扉の外にはずっと騎士が立っており、勝手に出歩いてもいけないのだと分かる。

 だがそれは当然な事だと、ルースには分かっていた。

 それはこの案内された部屋が、王城の貴族が入る区画にある一室だとルースが知っているからだ。


 王城は広く、王族が使う居住区画は中央の最上階を含めた5階と南棟の4階にある。そして4階の北棟には王族の執務室、宰相など上級官吏の執務室や部署がある。

 3階以下の北棟はその下の官吏や侍従などが働く場と居住区画があり、南棟の3階以下は貴族の立ち入りが認められる区画で、そこに謁見の間、大小の広間、サロンなどの他、城に滞在する貴族の部屋も用意されている。先程国王たちが控えていたテラスのある部屋は北棟3階の中央部分にあり、王族が国民に顔を見せる時だけに使われる部屋となっている。


 その中でルースが今いる部屋は、貴族の滞在に使われる一室であろうと推測した。流石に前回の記憶でも、貴族用の居室に入った事はなかったので、その確証はないが。


 その室内は広く、ルースが立っている部屋は中央に豪華なソファーとテーブルが置かれ、壁際にはチェストなどの家具が余裕をもって配置されている。壁はオフホワイトで統一されており、その中に色鮮やかな花や絵画が飾られ贅沢な空間を演出していた。

 この一室はギルドの特別室にある歓談室よりも広く、冒険者であればこの部屋だけで10人は寝泊まりができそうだとルースは淡く笑った。


 そこから続く扉は3つ。一つは寝室、一つは机などが置かれた執務室、もうひとつが従者などを控えさせる部屋などに繋がっているのだろうと、ルースは以前の記憶からそう目安を付けた。


 しかし一般人がいきなりこの様な部屋に一人放り込まれては、普通ならどうして良いか分からなくなるし落ち着かないはずだ。いつも抜かり無い宰相も予定外の事で余程慌てていたのであろうと、ルースは慣れた様子でソファーに座り、苦笑を浮かべたのであった。


 城に入る際、ルースは剣も荷物も全て預ける事となった為、今は身ひとつである。

 その為時間を潰そうにも何もする事ができず、ソファーに座ったルースはそこで静かに目を閉じたのだった。



 -----



 一方、宰相は勇者の剣を抜いた者を目の前にして、その剣が鞘から抜けた事に酷く動揺したものの、勇者の儀の進行を務めるものとして気持ちを即座に立て直し、その青年を城に入れて待機させている間、上階に戻っていた国王たちと顔を合わせていた。


「一体どういう事か、我にも分かるよう話してくれ」


 ここは国王たち王族の居住区画にある居間である。その為、この部屋に入れるものは限られており、臣下として入室が許されている宰相の他、入室できる者は侍従長や侍女長が許可を出した一部の側仕えのみである。


 6人の前に紅茶が用意されて侍女が下がっていくと、国王への返答でデイヴィッドは口を開いた。


「私も正直に申し上げれば理解している訳ではありませんので、説明としては不十分ですがご了承下さい。ただ目にした事を申し上げれば、本日勇者の儀に一般参加した者の中から剣を抜いたものがいる、という事です」

 デイヴィッドも困惑した様にそう報告する。


「それが出来る者は、王族に繋がる者のみであったはず。その者はもしかして…」

 アレクセイはそこで言葉を止めたものの、視線は国王へと向けられている。

「アレクセイよ…いくら息子と言えど、それは失礼であろう…」

 アレクセイの言いたい事が分かったのか、国王は渋面を作りアレクセイに言った。


「失礼いたしました父上。別に疑った訳ではなく、あくまで可能性の話でしたのでご容赦ください。しかし、だとすれば…」

「はい。私もその筋である可能性を考えてみましたが、肝心の決め手となる証拠がありません」

「ふむ。その証拠というのは、王族の色の事だな?」

 宰相の言いたい事が分かったのか、国王はその先を促す。


「はい。その人物は茶色の髪に灰色の目。髪色は染めている事も想定しましたがその様子はなく、第一に目の色が、まるで濁った水で洗ったかのように暗く、殿下がお持ちであったものと相反する色なのです。流石に目の色までは自分の意思で変える事は出来ません。その為、その線の可能性は低いと思われます」


「…ふむ。何にしても我とアレクセイのどちらかだと思っておった勇者が、その者になった事は事実であろう。あの剣は勇者以外には使えぬものと、それだけは決まっておるのだからな。して、その者の名は?」


「…ルシアス・モリソンという名前でございます」


 デイヴィッドが伝えた名前に、5人は動きを止めた。

 直前に否定された事ではあるものの、偶然かそれとも神の悪戯か、皆はここにいない幼いころの家族を思い出し、静かに瞼を閉じたのであった。


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