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【301】戻らぬ者

 外から大きな歓声が起こり、5人は北側にあるテラスに視線を向けた。


「外が騒がしくなったのう」


 国王と王妃、王太子と王太子妃、そして王女は始めに民衆へと顔を見せたテラスのある控室で、本日の勇者の儀の様子を見守っていた。

 だが見守ると言っても直接見ていたのではなく、近くにいたというだけの話であるが。

 そして朝の時点では金色に染めた髪をしたルシアスの影武者もテラスに出ていたのだが、その者は下がりここには本物の王族しかいなくなっている。


 今外で行われているのは、形だけの勇者の儀だ。

 この一般の行事が終わり休憩時間を挟んだ正午から、本当の意味での勇者の儀が始まる予定である。


 それは王族が選定を受けるという意味であり、国王エイドリアンと王太子アレクセイが剣の前に立ち、どちらかが選ばれ、勇者として国を守るために身を投じる結果になるはずだ。


「そうですね。何かあったのでしょうか」

 国王の疑問に答える形でアレクセイが言えば、その時外から宰相の声が響き、皆は動きを止めた。



 その宰相が何を話しているのかに気付き、アレクセイがソファーから立ち上がり声をあげた。

「どういう事だ!」

 外の状況を確認したいが王族が気軽に民衆へ顔を見せる訳にも行かず、テラスから下を覗き込む事も出来ない。


 アレクセイもここまでくれば、既に自分が勇者になる者だと覚悟を決めいてたのだから、宰相の言葉が理解できない気持ちはわかるというものだ。

 とは言え、混乱しているのはアレクセイだけではない。

 その中でまだ国王は冷静であり、王族から選ばれると言われていたものが根拠のない伝承であったのか、と思っていた。


「アレクセイ、落ち着くのだ。我々が勝手に行動する訳にも行くまい」

 冷静さを保つ国王の言葉で、立ち上がっていたアレクセイが再びソファーに腰を下ろせば、隣に座る先日結婚したばかりの王太子妃“ユーミリア”が、心配そうにアレクセイの手を包み込んだ。


 銀の髪をもつユーミリアは隣国の王族であり、まだ19歳でアレクセイの4つ下だ。そしてこの国に来たばかりという事もあって、アレクセイはこの妃の事を常に気遣っていた。

 そんなユーミリアに大丈夫だと笑みを浮かべ、彼女の手を更に包み込んだ。


「しかし、何か予定外の事が起こった事だけは確かであると言えような…」

「さようですねぇ」

 国王の隣に座る王妃マリアンヌも、国王に顔を向け不安げに眉を下げた。

 そんな中、一人何も言わずに考え込んでいる末姫のセレンティアが、一番冷静であったのかも知れない。


 それから少しして国王たちのいる部屋に宰相の補佐カールセン・フェズリが入室し、宰相からの言葉を伝えた。


「国王陛下にご報告申し上げます。今しがた勇者の儀の一般参加者の中から、勇者の剣に選ばれた者がございました。その為この後のご予定は一度白紙となり、国王陛下並びに王太子殿下が勇者の儀へ御登壇なされる事はなくなりましてございます」

 カールセンの言葉に国王は目を見開いたものの、頷いて了承の意を伝えた。


「その為、これより再びテラスへとお出ましいただき、勇者が誕生した事を御宣布いただき、閉会のお言葉を賜りたく存じます」


「勇者が選ばれた…だと…」

「アレクセイ、今それを言ってもどうにもならぬ。我らは速やかに、本日の勇者の儀を納めねばならぬのだ」

「……はい」


 こうして国王らと、そしてルシアスの影武者を務める者達が再びテラスへと現れ、本日の勇者の儀が恙なく終了した事を、国民へと宣言したのであった。



 -----



「ルースはどこだ?」

「この人混みじゃ、わかんないね」


 国王の宣布より時は少し遡る。

 フェル達3人は異変を感じて演習場を飛び出したものの、騎士たちによってそこへ近付く事は止められ、遠くから民衆の騒めきを感じるだけとなった。

 そうして戻れと言われ、渋々ながらも演習場に引き返した3人は、場内にいる参加者たちに紛れてこの後の指示を待つしかなかった。


 そうして暫くの間待機していれば、ここにいる者達はもう帰って良いという話になった。

 先程言われた様に、残った者達にも随行者として声が掛かる可能性がある為、王都からすぐに出ては行かぬようにと再度注意された。


「そうは言っても、俺達どうすりゃいいんだよ…まだルースが戻ってきてないんだぞ?」

「どうしちゃったのかな…具合でも悪くなって、どこかで休んでる可能性もあるよね?」

「ああ…」


 フェル達3人は皆が帰り始めてもここを動く事ができずにいれば、空から黒い鳥が舞い降り、フェルの肩に留まった。


「おっ」

 フェルが肩のシュバルツへと視線を向ければ、シュバルツが3人だけに念話を送る。

『おぬし達も戻れ。ルースはここへは戻らない』

「え?」

 3人は驚き、シュバルツを凝視する。


「なぜだ?もしかして何処かへ連れて行かれたのか?」

 キースの質問にシュバルツは肯定する。


 シュバルツはずっと敷地内にある木に留まり、勇者の儀を観ていたという。

 そこでルースが勇者に選ばれ、騎士に囲まれて城に入って行ったと話した。


「は?ルースが?」

 フェルはそのあり得ない話に固まる。

「どうして…」

 デュオもそれがあり得ない話だと思うも、キースだけはその可能性に思い至る。

「…そうか…」

「え?何でキースはそこで納得できるの?」

「ルースが勇者とか、まずあり得ないはずだろう?」


 3人が小声で話していれば、いつの間にか演習場にいた者達は殆ど帰った後で、見回っていた騎士に退出をうながされてしまう。

 仕方なくフェル達3人は重い足を引きずるように、場外へと退場していった。



 帰りの道中、町の中は勇者が決まった事を知る者達で溢れ、皆は興奮した様に人々に自慢げに話していた。また改めて勇者とその一行は皆にお披露目されるという事で、今回見る事ができなかった者達が、次は絶対に見物するのだと口々にはなしている。


 その人々を掻き分けるようにして、フェル達3人は黙ったまま通り抜けた。

 勇者に選ばれてしまったという者の話を、ここで迂闊に話す事はできない。いくら周りが騒がしいとはいえ、誰が聞いているのか分からないのだ。もし間違ってルースが勇者に選ばれたとしたら、ルースの名をここで広めては、後で大変な事にもなり兼ねない。


 そうして3人は人通りの少ないリアの家の前に着くと、やっと肩の力を抜いてリアの家へと入って行った。



 その家の中には“観に行く”と言っていたリアが既におり、3人の浮かない顔を見て声を掛けた。

「お帰り、早かったんだね。参加者は夕方位まで帰ってこないかと思ってたよ」


 そんないつもと変わらぬリアの態度を見て、3人は強張る表情を緩める。

「戻りました」

 とデュオが疲れた様に力無く言えば、リアは3人をテーブル席へと促し、お茶を入れてくれた。


「おや?あの子はどうしたんだい?途中で(はぐ)れでもしたのかい?」


 3人が席についたところで言ったリアに、フェル達は渋い顔を見合わせた。

「…リアさんは観に行ったんじゃないんですか?」

「一応は観に行ってみたが、あれじゃ城内に入れる訳がないからね。途中で帰ってきたんだよ」

 リアは観ていないと言って肩を(すく)める。


「ちゃんと勇者は決まったんだろう?」

 リアが再び尋ねても、3人は黙ったままだ。

「…もしやあの子が勇者だった…のかい?」

 その言葉にフェル達がビクリと肩を揺らすも、リアは苦笑を浮かべてお茶に手に取った。


「私は誰がなったかは知らないが、あの子ならあり得るね」


 そう言ったリアに頷いたのはキースだった。

「はい。ルースが勇者に選ばれ、城に連れて行かれました」

「そうかい。それでここにはいないんだね?」

 すんなりと納得したリアは、微笑みを浮かべて3人を見る。


「どうしてそんなに落ち着いてるんだ?もしルースが偽物だって事になったら、大変な事になるだろうっ」

 フェルはテーブルの上で組んだ手に力を込める。


「いいや、多分ルースが勇者で間違いはないだろう。オレはルースの名前で一つ思い出した事がある」

「え?名前?…確か、ルシアスって……。!! もしかして?!」


 キースの話でデュオも何かに思い当たったようだ。

 だがこの中で一人だけ、フェルだけは不思議そうに首を傾げていたのであった。


こんばんは、盛嵜です。

昨日(本日)は300話への労いのお言葉など、ご感想をいただきありがとうございます。

皆さまから頂きますご感想やいいねそしてポイントなど、日々有難く、執筆へのモチベーションに変換させていただいております。

こうしていつもお読みくださる皆様に支えられ、ルース達は旅を続けております。

物語もそろそろ…という頃になって参りました。ですがもう少し旅は続きます。笑

どうか最後までルース達の旅にお付き合いの程、引き続きよろしくお願いいたします。

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