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300/348

【300】偶然とは必然

 ルースの前に並んでいた者達は徐々に少なくなっていき、その分前に進んでもいる為に群衆の気配が近くなっていく。

 しかしルースは、それどころではなかった。


 ルースの隣をデュオが通り過ぎ、それから暫くしてキースも通って行ったが、ルースの緊張が増していく為、彼らに引きつった笑みを向けるので精いっぱいだった。


 これまでの人生で、こんなに緊張した事はないだろう。

 その緊張の原因は、“もし自分が前回と違う道を辿ってしまったら”というところからくるものであった。


 ルースでさえ本当は勇者に選ばれたい訳ではない。

 しかし自分が選ばれなければ王族から選ばれる“誰か”は、一体誰になってしまうのかと考えてしまうのだ。それは奇しくも前回と同じ理由であるのだが、ルースは今一般人という枠の中にいる。

 勇者の剣が何を根拠に選んでいるのかを知らぬルースは、その意味では不安にもなるだろう。ただ一方では何の根拠もないながらも、“大丈夫だ”と思う自分もいた。


 そのような思考に囚われていれば、ルースの隣をフェルが通る。

 フェルはルースに肩を竦めてみせるがフェルの顔は落ち着いており、それは自分が選ばれぬ事を初めから分かっていた為の余裕の表情であろう、とルースは知っている。

 そのフェルにも僅かばかりの笑みで返し、その後姿を見送ったルースだった。


 ルースの順番は残っていた300人の本当に最後の方であるのだから、ずっと緊張が続くルースの気力はもう限界に近い。

 ルースは民衆の熱気すら遠くに感じながら、近付くその先へと視線を向けていたのだった。


 一歩一歩と近付いて行き視界が広がれば、目の前に高さ3m程の台が出現する。

 しかしこの頃になれば300人近い者が既に台の上に登り、何も起こらずに消えて行っていた後だ。見物に訪れていた民衆も半数は飽きてきているようだ。

 “どうせこいつもダメなんだろう”という思いが半分、それでもまだ“これが勇者かもしれない”と思いながら見つめる視線の外側、貴族席では目を閉じている者すらいる位になっていた。


 この壇上に人が上がり始めてから、既に2時間以上が経過しているのだ。それを“飽きるな”という方が無理な話で、最初の頃の熱気は大分鳴りを潜めていた。

 それは参加者をここまで削った宰相が既に想定していた事であり、そのためにこの数まで人数を絞り込んだと言える。


 周りのそんな状況にまで気が回らぬルースは、騎士に促されて最前列から台の裏側まで進み出て足を止める。

 ここで今壇上にいる者が終わるのを待ち、その者が降りてからルースがそこへ登るのだ。つまり次の番になっているという事。

 ルースは台の裏から壇上を見上げる。


 3mの高さがある為、上にいる者が動いている事しか分からないが、ルースは早まる鼓動を落ち着かせる為、胸のペンダントに手を添えた。

 そうすれば気のせいか、僅かながらもそこから温もりを感じた気がする。


 ルースに記憶を返して以降時間(とき)の精霊は目覚めており、ルースの夢の中に出てきて会話をする事もある。その精霊が今慰めてくれている気もして、ルースは大きく息を吐き出した。


 壇上の者が動き、ルースは階段下にいる騎士に手招きをされた。

 この階段を登れば、とうとうその時がやってくる。

 はぁーっとまた息を吐き出してから、騎士の合図でその階段を登る。


 その一段一段が延々と続くように感じていたが、顔を上げればそこはもう見晴らしの良い台の上だった。


 ワァァー!っと幾分小さくなった歓声に出迎えられ、ルースは目を瞬かせた。

 ここにきてやっと周りの音や景色を意識して、人々の熱狂する視線に思わず息を飲む。

 前回の時も人々から歓声を受けた事は多々あるが、ここまで近い民衆の中でその声を受けるのはルースも初めての事だ。


 空はまだ雲に覆われ太陽の光を隠してはいるが、人々は寒さも忘れたように腕を振り上げ、この催し物を楽しんでいる様だった。

 正面からは熱い視線が、左右の観覧席からは冷めた視線を感じる。

 その冷めた視線は観覧席にいる貴族全員とは言わぬまでも、今ここに立つ者達の中から勇者が出るはずがない事を知っている者からすれば、当然であろうと言えた。


 こうして壇上から眼下を一瞥したルースは、目の前の物へと視線を転じる。

 そこには、ルースが懐かしいと感じる一振りの剣が台座に置かれ、深紅の背景からは浮き上がって見えていた。


 重い足を一歩ずつ動かし、ルースは台中央に立つ。

 ルースの目はその剣に固定され、その奥に見えるはずの民衆たちは視界から消えていた。


 もうルースは何も考えていない。

 その剣に吸い寄せられるように手を伸ばせば、ルースが触れた途端、ルースと剣を光が包み込んだ。


 それは単に太陽の光が雲間から差し込んだだけのもの。

 しかし天から一筋の光がルースを照らしたことで、剣が光り出したかのような錯覚を起こしてしまったのだ。



 ―― ワアァァァー!!! ――

 ―― 勇者だ!勇者が選ばれた!!――


 シンとした一瞬の後、民衆から大歓声があがり壇上へ向けて皆が手を伸ばした。


 そうなると困惑するのは内情を知る周りの者で、ルースもそこで動きを止める。

 実は、勇者の剣がどうなれば勇者を選んだことになるのかを、民衆は知らないのだ。

 ただ言葉で“選ぶ”と説明してあるだけで、それがどうなれば勇者だと認められたという説明はされていなかったのだから。


 この剣は元々、勇者以外の者には鞘から抜けないというだけの物。その為、ただ触っただけでは本来何も起こるはずもない。

 外見も簡素なこの剣は、持ち主と認めた者にしか使えぬという、ただそれだけのとても変わった物である。


 しかし勝手に勇者が出来上がってしまったこの状況に慌てて、一人のスーツを着た者が壇上に上がってきた。

 ルースは目の前の剣を手に取り、その者の前で剣を前に掲げる。


「なっ!」

 ルースがしようとしている事を察して発しかけた言葉は、その動作によって途切れその顔は驚愕に変わる。


 ― シャリンッ ―

 ルースはその者へと、剣を抜いてみせたのだ。


 その間にも空の雲は徐々に流れ、ルースだけに当たっていた光がその周辺へと広がっていき、それは王都全域までを照らしていった。



 今壇上で剣を抜いた青年は簡素な服を纏っており、その髪色は金茶色で目は青鈍色と呼ばれる灰色だ。

 その為、絶対にこの剣に認められるはずのない者だと頭では分かっているが、なぜか目の前に立つ青年からデイヴィッドは目を離せなかった。

 そしてその者は、鞘から抜けぬはずの剣を手に持ち、民衆は当然この者が勇者に選ばれた者だと疑っておらず、大歓声が延々と続いていた。

 デイヴィッドはそこでやっと、目の前の者が本当に勇者に選ばれたのだと理解したのである。


 そして、デイヴィッドと同じく驚きを隠せない者達は貴族の観覧席にも多く、その中にいたドナルド・ストラドリンもまたその一人であった。


 我に返った宰相は壇上から民衆へと視線を向け、歓声を静まらせる為に手を上げる。

 こうなってしまっては、宰相でさえもうどうする事も出来ないのだと意識を切り替えたのだった。


「今ここに今世の勇者が誕生した!この勇者の誕生により、この王国の未来は再び希望を抱き、新たな一歩を踏み出す事ができるであろう!」

 デイヴィッドの言葉に続けて、ルースも剣を皆に掲げてみせる。

 それに応えるかのように民衆の声はさらに大きくなって、地を震わす程の歓声が渦を巻いた。


 デイヴィッドが宣言した事により周りの騎士達が一斉に台下に集まり、その周りを取り囲んだ。

 この状況は予定された事ではなかったが、騎士たちは常に訓練されている行動を実行したまでに過ぎず、壇上の者を護るためにとる行動はいつでも同じなのだ。


 ルースの後ろに並んでいた者達はいつの間にかいなくなり、ルースと宰相だけがその壇上に残っていた。

 その周りを騎士が囲み、詰めかけようとする民衆の騒ぎを納めようと必死になっていたのであった。



 一方、先に勇者の儀を終えた者達は既に騎士団の演習場まで引き返しており、前座に当たる勇者の儀であったことを知らぬ者達は、一様にがっかりした様に地面に腰を下ろし、疲れた表情を浮かべていた。


 その中にいるフェル達3人は無事に合流しており、演習場の端で最後のルースが戻ってくるのを待っていた。

 すると突然、今までの騒めきを超える程の大歓声が沸き起こり、フェル達は顔を見合わせた。


「ん?何かあったのか?」

「もしかして…誰か勇者にでもなった?」

「いや、それはないはずだが…」


 ここからでは何も分からない為、3人は困惑して城の方角を振り返る。

 とその時、まだ登壇の順番を待っていたはずの10人程が演習場に駆け込んで来るなり大声をあげた。


「勇者が決まったぞ!!!」


 その言葉を聞いたフェル達3人は、まだ姿の見えない仲間の一人を探し、演習場を駆け出していくのであった。


いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。

重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>

気が付けば、ルースのお話しも今話で300話となりました。

永い間お付き合いいただき感謝申し上げます。

もう少し続きますルースの旅ですが、引き続きお付き合いの程よろしくお願いいたします。


12/10…勇者の剣とルースのくだり、一部表現を変更しました(内容に変更はありません)。

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― 新着の感想 ―
300話丁度で物語が大きく動き出しましたね。 もしかしてこの展開、ねらってました?
更新お疲れ様です&300話到達おめでとうございます! やはり再び(?)勇者に選ばれたんですねルース……偶然っぽい描写も有りましたが、そうだとしたら鞘から抜けないでしょうしねぇ。 こうなると…やっぱり…
300話おめでとうございます! これからも更新楽しみにさせていただきます! とうとう捻じ曲げられていた運命が概ね元の位置に戻りましたね! 勇者パーティは前回と同じになるのか? それとも…?
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