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【299】深紅のビロード

 催事の一時間前になれば、いつも閉じられている王城の北門が大きく開かれ、その内側にある広い空間へと見物人達が入っていく。

 これから勇者の儀が行われるため特別に王城内の広場を解放しており、今日は一般の者も入場が許されていた。


 その入場は午前8時頃からであるものの、陽が昇る時間になっても今日はその光が弱く、空には厚い雲が広がっていた。


 その為余り気温も上がってはいないのだが、そんな事は今日集まってくる民衆には気にする者さえいない様だ。


 城を護る騎士達は解放エリアを囲むように立ち、その前に簡易的な腰程の高さの柵を設置させている。そこから出ようとする者や怪しい者がいないかと、各員が目を光らせていた。


 その奥にある城の大きなエントランスの階段下には、3m程の高さの台が設置され、その前方にも近付き過ぎぬように柵と騎士が配置されている。


 その台の上には深紅のビロードの布で覆われたテーブルがひとつ。風に揺れる布が時折差す陽の光を受けて煌めく。当然まだこの上には何も乗ってはおらず、壇上には人影もない。


 しかし城内広場に詰めかけた民衆の目は、白亜の城に浮かび上がるその赤い布を見つめており、今日の出来事をこの目に焼き付け孫の代まで話すのだと興奮している声も聞こえる。まだ始まってもいない空間は、既に異様な熱気に包まれていた。


 そしてその台の左右には、その民衆を取り囲むように階段状の観覧席が出来ており、そこには勇者の儀を観るために訪れた貴族たちが護衛を連れ、一人また一人とその席へと座って行く。その貴族でさえも目を輝かせ、興奮した様にその時を待っていたのだった。



 一方、その台に上がる者達はまだ騎士団棟でその時を待っており、演習場の壇上にいる騎士に名を呼ばれた者が次々と進み出て、整列をしているところである。その列は並列型になっており、出入口を頭にして100人ずつで折り返して並んでいる。


「次、カルン・アッカー」


 呼ばれた者は演習場に並ぶ者達の方へと向かって行き、すでに並ばされている者の後ろへと誘導されて行った。

 こうして一人ずつ名を呼ばれ始めたのは、待機時間になって早々。間もなく勇者の儀が始まる時間になるという頃には、まだ名を呼ばれていない者は残り十数名までに減っていた。


「次、ルシアス・モリソン」


 ルースは自分の事であろうと動き出した。

 参加申請時には“ルース・モリソン”と記入していたものが、途中でルースが記憶を取り戻した事でステータスの名前まで変わってしまった為に、本日の呼びかけは“ルシアス・モリソン”という事になっているらしい。


 ルースは別にルースのままで良かったのだが、そうもいかないのであろう。今後書類を書く時はルシアスと書かねばならないのかと、遠い目になったのはご愛敬である。


 そうしてルースがその列の後ろにつけば、先に名を呼ばれていた仲間たちと目があった。

 この列に並んだ順番は特に申し込み順という訳でもなく、ルース達は皆バラバラに並ばされている。


 一見法則性のない並ばせ方にみえるものの、しかしよく見ればこの並びは職業(ジョブ)で分かれていると気付くだろう。

 初めは戦闘職以外の者、そしてテイマーや弓士、魔法使いと続き、最後に騎士や剣士の職業(ジョブ)を持つ者が並んでいるのだ。注意して見てみれば、同じ武器を持つ者で纏まっている事に気が付くはずだ。


 そうして整列も終わり後は勇者の儀を待つだけとなれば、王城のある方角から ― ワァァァー!― という人の歓声が響いた。演習場からでもその声は地鳴りの様に聞こえ、皆が一斉に城の方角を振り返った。




 その頃ビロードが輝くテーブルの前に、宰相であるデイヴィッド・コープランド公が立ったのだ。

 その姿に歓声をあげた民衆に手を上げ、宰相が静まれと合図を送れば、興奮に顔を赤らめる者達も我慢するように口を閉ざし、目を輝かせて一点を見つめていた。


 この民衆は場内に入れた幸運な者達で、見物人全てが場内入り切る事は叶わず、その殆どは商業地区の広場に溢れる事となっていた。

 そんな民衆の関心を集める勇者の儀が、これから始まろうとしているのである。



「本日、ウィルス王国歴1099年1の月2日。公示で知らせた通り、これから勇者の儀を執り行う。まずは国王陛下よりお言葉を賜る」


 宰相が民衆に背を向けて王城を仰ぎ見れば、王城の3階に設えられたテラスに王族が並び立ち、民衆に応えるかのように笑みを見せていた。


 ―― ワアァァァー!! ――


 先程よりも大きな歓声が上がり、それに鷹揚に頷いてみせた国王がひとつ手を振って合図を送れば、人々の声は小さくなっていった。


「王国の民よ、皆息災で何よりである。我はこのウィルス王国の為、本日、勇者の儀を執り行う事とした。勇者の儀とは、王族に伝わる勇者の剣により、勇者たり得る者を選出するものである。これからこの王国の為に、そして国民のために、勇者であろうとする者がここへ立つだろう。王国の民よ、勇者が誕生するその瞬間を(しか)と目に焼き付け、この王国の未来を背負う勇者を、皆の祝福の心で満たして欲しいと我は願う」


 国王の声は良く通り、その言葉は王城内に留まらず王都中へと響いた。

 続けて城から号砲が上がり、―パンッパンッ―と乾いた音が空に散っていった。


 ―― ワアァァァー!! ――




 その大歓声までの一連の声は、控えていた参加者たちにも届いていた。

 国王の声に続き集まった者達の歓声で、この場にいる者達も興奮するように目に力が宿っていく。


 ルースがその歓声を聴いたのは2度目であり、前回は国王近くに立って、それらを見下ろしていた側だった。そして今回この集められた者達の中に自分がいる事、それを少し複雑な気分で味わっていた。

 立場が違うとはここまで違うものなのかと、王族と民との隔たりをこの身を持って実感していたのであった。



「それではこちらも移動を開始する。前の者に続いて進むように」


 壇上の騎士から指示があり、ルースは思考を止めて顔を上げた。

 すると、既に先頭の列が騎士達に先導されて歩き始めており、それは長い列となって移動を開始する。


 粛々と騎士達が並進する中を歩む勇者の儀への参加者たちは、そのまま騎士団の境界を越え、王城の左側に近付きそこで歩みを止める。

 先頭は城の入口近くまで進んでいるらしく、そこから一人ずつ進み出て高い台を回り込む形で反対側にある階段を登り、壇上に置かれた勇者の剣と対面する事になるのだ。

 そしてそれが終わればこちら側の階段を降りて進み、再び演習場に戻っていくという流れであった。


 どうやら先頭の者が動き出したようだと、そう気付けば大きな歓声が上がった。

 その高い台に登る者は後ろに並ぶ者達からも見る事ができ、初めの一人という事で特別緊張しているらしい男性が、ぎくしゃくと足を踏み出しながらテーブルの前に立った。

 ルースからでは小さすぎで詳細は見えないものの、赤い台の上に置かれた金色の物に手を添え、何かの合図を受けたのか残念そうに肩を落としたその者は、その後すぐにルースの視界から消えていく。そして少しすれば男性は、ルース達が並ぶ列の横を通り過ぎて背後の演習場へと戻って行った。


 ルースの目は、壇上の金色の物へと吸い寄せれれていた。

 この距離では形も何も分からないものの、見ているルースにはありありと、懐かしい一振りの剣がそこに見えるようだった。


 ルースはゆっくりと進む列の中で、一人自分の手を見つめた。


 ルースが時間(とき)の精霊に因って思い出した過去の自分と、2度目となる自分の辿る道は全く異なるものであった。

 王都に着いてからは何人か記憶にある見知った者もいたが、それ以外の殆どが見知らぬ者達で、全てが変わってしまったのかと思う時もあった。


 ルースはそんな状況を熟思し、壇上に輝くあの剣が、今回は誰を選ぶのかと目を瞑る。

 出来れば兄や親の為にも、再び勇者に選ばれるのは自分であって欲しいのだと、握り締めた拳に力を込め、その願いを深く心に沈めたルースなのであった。


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