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【298】1の月2日

 年が明けウィルス王国歴1099年、勇者の儀の当日。


 ルース達が王城で渡された手荷物にも、幸いと言って良いのか全員に案内状が入っていた。その為ルース達は今日、指定された時間にその案内状を持って王城へ向かうのである。


 その当日に指定された時間は早く、朝陽も昇らぬ時間だった。ルース達は普段から起きている時間なので、然程問題にはならなかったが。


「それじゃ、気を付けて行ってくるんだよ。わたしも後で観に行く」


 ルース達4人とリアは、入ってきた店からではなく家の門の前に立ち、城へ向かうルース達をリアが見送ってくれていた。

「はい。行ってきます」

 そう言って手を振ってくれるリアと別れ、街灯が灯る静かな道を進んで行った。


 通りを進んで行けば、どこからか料理の匂いもしてくる。既に起き出している者もいるらしく、町は穏やかな朝の香りを運んでくれた。

 今日はシュバルツも付いて行くと言い、フェルの肩に留まっている。流石にずっと肩に乗ったままという訳にも行かない為、近くから見守ってもらう形にはなるだろう。


 そうして商業地区の大通りを辿って行けば、目の前に王城が見えてきた。まだ薄暗い中、王城には煌々と明かりが灯され、そのシルエットはまるで闇に浮かぶ船が漂っている様に見えた。

 門の脇には騎士が立ち、ポツリポツリとそこへ吸い込まれるように人が入って行く。ルース達と同じく本日召集された者達は、話し声すら立てず緊張の面持ちで中へと消えていった。


 ルース達も顔を見合わせ頷きあうと、皆が入って行った小さな門を潜っていく。

 今日の勇者の儀が始まるのはまだ4時間程先だが、ルース達は召集の時間に合わせ、城へと入って行ったのだった。そしてここでシュバルツとは一旦別れた。



 今日もまた門から左へと促され、騎士団棟へと向かった。そうして柵を越えれば、演習場の中にも明かりが灯されており、まるで日中であるかの如く光溢れていた。

 その入ってすぐに騎士達がおり、入ってきた者達の確認をしている様である。


 ルース達もそこへ行けば、4人がそれぞれ騎士に話しかけられる。

「案内状を見せ、名を名乗る様に」

 門でも当然案内状を見せたが、ここでもう一度確認される。

「ルースです」

「……」

 ルースが名を名乗れば、騎士は手元の板状の魔導具を見つめて眉をひそめた。

「ルースと言う名前は入っていないな…。少し待っていろ」


 騎士達が見ていた物は、前回のステータス確認をした際に集めた情報が乗っていたものだった。その為ルースという名前に該当者がおらず、騎士が困惑してしまったらしい。

 それを察したルースは、他の騎士の所へ行こうとしていた騎士を呼び止めた。


「あの、ルシアス…です」

「ん?何だ?名前を偽ったのか?」

「いいえ。普段言い慣れていないので、間違えてしまいました。申し訳ございません」

「そうか…まぁ良い。ルシアス、だな?」

「はい」


 これで騒ぎにならずに済みそうだとルースは軽く息を吐き出すも、今度は魔導具とルースの顔を交互に見て、騎士が難しい顔になった。


「あの…どうかなさいましたか?」

 内心冷や冷やとするルースであるが、そこはおくびにも出さず騎士に問いかける。

「…いいや、問題はない。では奥に進み、指示があるまで待機するように」

「はい、ありがとうございます」


 ルースが少し手間取っていた為、少し離れた所でフェル達が待っていてくれた。

「時間が掛かっていたが、何かあったのか?」

 キースが心配そうに声を掛けてくれ、それにルースは苦笑交じりに答える。

「名乗り出た名前と、騎士たちの持つ情報が違っていた様で…」

 とルースが言えば、皆も何となくは察してくれたらしい。


「まぁルースにしてみれば、あっちは馴染みのない名前だし言い辛いんだろう?」

「ええ」

 フェルのフォローにルースは肯定したものの、内心ではルシアスという名前は面倒事を呼び込む恐れもある為、出来れば使いたくないというだけの事だ。


 そうして4人は演習場の広場に入り指示が出るまでの時間を過ごし、辺りが明るくなってきた頃、壇上に立つ影が見えた。

 それに気付いた者達がそちらへ視線を向けた為、辺りには衣擦れの音が満ちる。

 そこに視線を向ければ先日現れたスーツ姿の男性が立ち、徐に口を開く。


「皆さんおはようございます。本日は勇者の儀にご参加いただき、ありがとうございます。後2時間ほどで勇者の儀が始まります。皆さんは民衆の期待を背負い、一人ずつ選定式に臨んでいただきます。式典中は指示の通りに動いていただき、勇者の剣の前を通過していただくだけです」

「触ってもいいのか!」


 説明の途中であり皆が静かに話を聞いていた為、その声は簡単に壇上へと届いたらしい。

 それに手を上げて留めた男性は、「ご質問は後で受け付けます」と言いおいてから、今の問いに答えた。

「触っても良いかというご質問ですが、これには“是”とお答えします。ですがそれは“触れる”という意味であり、握ったり振り回したりすることは出来ません」


 男性がその質問に答えれば、興奮した様な声が場内を満たす。

「「「「「おお!」」」」」

 鼻息を荒くする者達が喜色を浮かべている事を、ルース達からも確認できた。

 そんな中ルース達は顔を見合わせ、肩を窄める位のリアクションである。


 再び壇上が動き、男性が片手をあげて皆に静まれと合図を送れば、それに合わせて皆は口を閉じて行った。


「それでは続けます。この中から勇者が出た場合、その方は今後、城に滞在していただく事になります。その他の皆さんへも、随行者として声が掛かる場合がございます。その為、勇者の儀が終わっても王都から離れず、1週間程度は滞在していてください。概要の説明は以上となりますが、ご質問がある方は挙手をどうぞ」

 ここで質問がある者を促すと、何人かが手を挙げた。


「それではそちらの赤い髪の方、どうぞ」

 男性が手を向けた赤い髪の男が、大きな声で言う。

「勇者と随行者には、褒賞は出るのか?」


 その質問で辺りにザワザワと大きく声が溢れたのは、皆が聞きたかった事だからであろうと思われた。

「はい。現在検討中であり勇者が決まった後、追って発表がございます」


 そうハッキリと男性が答えれば皆の顔つきも変わり、続けて他の者が挙手をする。

「ではそちらの黒髪の方」

「勇者には剣の他に、装備はもらえるのか?」

「はい。こちらでご用意いたします」


 こうしてその後も何人か手を挙げていたが、皆同じような事を聞いており、皆は気が済んだとばかりに落ち着きを取り戻していった。


「それでは次の指示まで、今しばらくここでお待ちください」

 その男性はそう告げると、ゆっくりと壇上から消えていった。


 後2時間で勇者の儀が始まる。

 それまでの間、参加者たちはこの演習場で待機するらしい。

 改めてルースが見渡せば、ここにいる者達の殆どが冒険者の様に体格の良い男性ばかりだが、中には女性らしき姿も混じっていると気付く。


 そんな彼らは、その場で立っている者や座り込む者、そして演習場の周りにある観覧席に腰を下ろしている者もいて、それに対し騎士たちが注意する事もない為、ここから出なければどこにいても良いという事らしかった。


 ルース達4人も近くの観覧席へ行き腰を下ろす。ずっと立ったままというのも大変だ。


「随分と待ち時間が長いな…」

 フェルが既に疲れた顔で言えば、皆もその通りだと頷く。

「だが、これだけの人数を管理するには時間が掛かるのだろう。俺達は訓練された騎士でもないから、統率の取れた集団でもないしな」


 こうして勇者の儀当日の朝、王城の演習場に集まった者達がそわそわした様にその時を待っていたのだった。


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