【297】報告の中に
「本日の勇者の儀への参加者の選考は、全て終了いたしました」
宰相の執務室を窓から指す陽の光が黄色く染める頃、参加者の絞り込みを任せていたデイヴィッドの補佐であるカールセンが戻り、今その報告を行っているところだ。
今日の選考はデイヴィッドの出した筋書きであるが、その指揮は補佐のカールセンに任せていた。
今朝始めに皆の前で話をしたのが、そのカールセンである。
「ご苦労だったな。取り敢えずそちらに座ってから話を聞こう」
デイヴィッドの執務机の前に立ち報告を始めたカールセンをソファーへと促し、デイヴィッドは手づからお茶を入れて2人の前に置いた。
「ありがとうございます」
カールセンは目の前に出されたお茶の礼を言い、デイヴィッドが落ち着くのを待って口を開いた。
「本日の参加者は約千名。そこから約800名が演習場へと移動し、オルクス騎士団長の話の後、最終的には約600名がステータス確認の場に残りました」
「ふむ」
その数字はデイヴィッドが予想していた範疇であった為、鷹揚に頷いた。
「その後の魔術師団の協力でステータス確認を行い、ステータス上の体力値など設定された基準値以上の者を選別。その結果約300名を勇者の儀へ参加させることとなりました」
「ほう、割と残ったのだな」
「はい。オルクス騎士団長の話で残った者の多くが、冒険者だった為と思われます」
デイヴィッドの考えでは最終的に100人程度を残すつもりだったが、その予想よりも多く残ったという事は、その者達のステータス値が思っていたよりも高く、デイヴィッドが想定できていなかった為であろうと思い至る。
一応は参考までにオルクス近衛騎士団長には意見を聞き、騎士たちの平均値を基準にしていたのだが、予想よりも多くが残ったという事は、騎士達の能力が低いのか今回の参加希望者の能力が高いのかのどちらかであろう。
今回その選別で使われたステータス確認の魔導具は、今回の為に一年前から魔術師団に準備してもらっていた物だ。
元々城にあった王族用に小型化されたステータス掲示板をさらに改良し、計測に使う球の外側を箱で覆い、その側面にステータスの内容が掲示されるようにしてもらったのだ。
ステータスとは云わば個人の内なる情報であり、万人がいる前に大々的に披露したいものではない。
まずはそこの課題をクリアする為に表示方法を改良して最小限にし、尚且つ他の者からも見える事のないように改善してもらったのが、今回のこれである。
とは言え、本来のステータスを視る魔導具よりは性能は劣り、表示されるものは名前と年齢、体力値や魔力値などの情報のみで、スキルなどの細かな所までは見えないものだった。
だが今回はそれで十分な情報を視る事ができる為、その魔導具を4つだけ急いで用意してもらったという訳である。
今までステータス確認は教会へ行かねばならなかった為、今回この魔導具を作った事で騎士団員にも使わせる事ができると団長が喜んでいた事は、見なかったことにしたデイヴィッドである。
「ステータスを確認の上、基準値以上の者に案内状を渡して帰らせました」
「うむ」
そして皆へ最後に渡した荷物には、予め招待状が入った物と入っていない物が用意されており、表向きは無作為に配ったように見せてはいたが、内実はステータス内容を鑑みた上で、基準値以上の者だけに案内状が入った物を手渡すように手配していた。
計測時、青いランプがつけば基準以上で赤いランプがつけばそれ以下という具合に、騎士達からもランプの色で確認できるようにしてあり、その結果によって手渡す物を選んでいたのだ。
それを皆には“運”という表現にして伝えたのは、「参加しなくても良い」とあからさまに知らせるよりも、これは運試しであって案内状が入ってなくともクジ引きで外れた様に思われるようにし、角が立たないように振るい落としたというだけの話なのである。
「それと参加者のステータスを後で魔術師団から上げてもらったところ、年齢にそぐわないステータスを持つ者が含まれておりました。その者達は冒険者である為、何かのアイテムを使っていたとも考えられます」
冒険者はいつも身の危険に晒されている為、自分の能力を最大にしておく必要がある。
それゆえ金を払ってでも防御や攻撃、身体を補助する魔導具などを所持するものがいると知られている。ルース達が身に付けているシャツなどの衣服も防御魔法が掛かっており、それに該当されるアイテムと言える。
その様な実用的な物もあれば、チャームなどのアイテムで強化させる冒険者達もいるという事は、知られた話である。
デイヴィッドもその辺りまでは聞いていた為、ステータスにまで影響を与える道具があろうと、そこは疑問には思わない。一部、流通品ではないダンジョンから出た品などもあるのだから、ある意味不思議ではないのだ。
「別にそれは問題にはならぬから良かろう。現状のステータスという意味で間違いではないのだ。…他に気になった事はあるか?」
そうデイヴィッドが聞けば、手元の資料に視線を向けていたカールセンが、躊躇うように口を開いた。
「はい、それと…その残った者の中に…」
いつもハキハキと的確な受け答えをするカールセンが、そこで珍しく言い淀んだ。
「どうした?」
「いえ…その残った者の中に、お探ししている名前の者がおりました」
「確か先日もそう言っていたな…応募の際に2名程その名前が入っていたと。だが年齢などの一致がなく、該当者の可能性はないとそう聞いたが?」
「はい。それがその…今回はもう一名増えておりまして…」
「ふむ、それはどういう事か。申請時にわざわざ偽名を使う意味もないが…それで?」
「はい。その者の年齢はお探しの方と同じであったのです」
「なに?!」
その報告で、滅多に冷静な態度を崩さないデイヴィッドが珍しく動揺する。
「ですが今日の参加者の中に、お探しの容姿の方はいらっしゃいませんでした。その為ご報告する必要もないかと考えたのですが、念のためお伝えした次第です」
カールセンが続けた言葉で、身を乗り出していたデイヴィッドが、落胆した様にソファーへ深く腰を下ろした。
「そうか…」
そうして暫しの間、デイヴィッドは熟慮する。
これも、ただ同じ名前であるという可能性が高い。だがもしかすると金色の髪は、何らかの方法で変えている可能性も考えられるが、金色の瞳であれば目立つはず。髪色か瞳か、そのどちらかだけでも持つ者がいれば、今日関わった者達はその特徴を持つお方を探している事は既知しているはずで、真っ先に報告が上がっただろう。
その為、また人違いである可能性が非常に高いと言える。だが…。
しかしそこまで考えても、藁にもすがる思いでデイヴィッドは指示を出した。
「彼のお方である可能性は低いと言えど、念のためにもう少しその者の事を調べて欲しい。陛下もずっとお心を痛めておられるのだ。少しでも可能性があれば調査し、吉報をご報告申し上げたい」
「かしこまりました」
こうして勇者の儀に参加する者は約300人まで絞り込まれ、探し人の件についても、“もしかすると”とほんの僅かな希望を見出したデイヴィッドなのであった。