【296】懐旧
王城前の広場に集合してから、既に一時間が経過していた。
初めに集まった者達からは200人位が辞退をしたようで、残った800人程が今、騎士団の演習場の中に集まっている。
そしてオルクス団長の言葉で、更に決意が揺らいだ者がいた事は確かであろう。
「なあ、何で今の話をさっきの広場でしなかったんだ?ここまで入れる前に伝えておけば良かったんじゃないのか?」
フェルはそんな疑問を口にした。
「先程の広場では、あの男性の声が町中にまで聴こえてしまうからでしょう」
「そりゃぁ聴こえるだろうな。奥にいた俺らまでハッキリと聴こえてたんだし」
「ああ、だからだろうな」
それにはキースも思い至ったらしく、そう続ける。
「ん?」
「少なくとも“封印されしもの”の話は、大声でする話ではありません。そんな事を大声で話せば、町の人達、ひいては国中の人達にいらぬ不安を与えてしまいます」
これはルースの想像ではあるが、そう考えれば辻褄が合うと話す。
「勇者とは、封印されしものの為に選定されるのだと何となく察している者もいるだろう。だがそれは一部の人達だと言える。大勢の者は、その存在が現れる事など知りたくはないし知ろうともしないんだ。辛い事や不安な事から目をそむけて考えるのは誰でも同じだ。この先自分の未来に暗雲が立ち込める事を喜ぶ者は、一人もいないからな」
「ええ。その様な理由から、封印されしものの話はここに集めてからにしたのだと思います」
「外の人には、なるべく気付かせないようにしたいんだね?」
「はい。民衆の不安を煽れば、人心は乱れます。そうなればこの町、国中の治安が悪化する事にもなるでしょう。荒んだ心は自暴自棄を呼び、この先真っ暗な世になるのであれば、今の内の好き勝手やらせてもらおうと考える者も出てくるでしょう。とても残念な事ではありますが…」
ルースとキースがした話で、フェルもデュオも納得した様にうなずいた。
こうして何度も参加者を絞るのは他にも意味があるのだろうが、ここで脱落する者は、そもそもが度胸試し程度にしか思っていなかった一般人であろう。
そうして最終的に残る者は戦いになれた者に絞られる事まで、深謀していたはずに違いない。
オルクス団長の話のあと暫く皆が勝手に話していれば、演習場の四隅に何かが運び込まれていた。
ルース達の近くのそれを見れば何かが乗せられたテーブルがあって、その脇に魔術師団のローブを羽織った者が立ち、テーブルに向かって何かの作業をしていた。
それに気付いた頃、再び壇上のオルクス団長から声が降り注ぐ。
「それではこの先の話をする。今しがた言った事で考えを改めた者は、先程入ってきたところから城外へと戻ってもらう。その門までは騎士が立っているので、それらの指示に従い行動して欲しい。そして残る者は、この演習場の四隅に配置した物を使い、ステータス確認をしてもらう。このステータスの情報は、外部には漏らさない事を約束する」
そう言ってオルクス団長は皆を見渡し、再び口を開く。
「それと、先程話があった“運”についてだが、ステータス確認を行った後に渡される荷物の中に、勇者の儀への案内が入っていた者がその運を掴み取ったという事になる。その案内状には当日の事が書かれている為、受け取った者はその指示に従い行動するように。それでは各自行動を開始してくれ」
そう言ったオルクス団長が壇上から降りて見えなくなれば、演習場にいる者達は再び喧騒に包まれ、今言われた事を実行する為に各々が向かう場所へと移動を始めたようである。
ルース達4人もそこから一番近くの隅へと向かうも、そこにはもう既に列ができており、騎士たちがその者達を一列に整列させている。
「今日は一日掛かりか?…昼飯はどうするんだ?」
フェルがのんきに昼食の話をすれば、近くにいた騎士がそれに気付いたのかフェルへと顔を巡らせた。
「何もなければ、今日は昼過ぎには終わるだろうという話だ。帰りがけには、騎士が普段食べている食料が配布される。先程団長が仰っていた“渡される物”とは、その食料の事だ」
ニヤリと笑う騎士はまだ若そうで、キースと同じ位の年齢に見えた。
「え?今日は食料がもらえるんですか?」
フェルがその話に食いつけば、もう一人の騎士が近付いてきて口を挟んだ。
「ああ、保存食だ。美味いぞ?」
この騎士は30代位で先程の騎士よりも厳つく見えるが、そう言って向けられた笑みは隣の騎士とよく似ている。
「フェル、干し肉の事だと思います…」
ルースは過去に見た騎士団の保存食を思い出し、ルース達が以前食べていた物と同じであると言えば、フェルの顔が一気に萎れた。
「保存食って、干し肉の事か…」
「ああそうだ。冒険者なら知っている味だろう?」
残念だったなというように若い騎士が言えば、その場が僅かに和んだ。
この場には緊張した面持ちの者達で溢れており、今まで笑いのひとつも起きなかったが、こうして場が和んだことで、ルース達の周りの者も少し緊張が解れたと分かる。
「たとえ干し肉であっても、太っ腹ですね」
デュオが目を瞬かせて言えば、「労いの意、との事だ」とその理由を説明してくれた。
いくら干し肉だとしても、この人数分を用意するにはそれなりのお金がかかる。この保存食が騎士の為に常に常備されているとはいえ、ここに足を運んだ者に配るのは大変であるが、受け取った側はこの配慮に悪い気はしないだろう。
多分、これを手配したのは宰相であろうなと、ルースは思い至る。
ルースが過去に知る宰相デイヴィッド・コープランドは、国の全てを把握し、細々した事にもよく気が付く人物だった。
と、ルースがそんな事を考えていれば、先程の騎士たちはいつの間にかいなくなっており、列もゆっくりと進んでいた。
そうして一時間位は並んだであろう頃、やっとルース達の番が近付いてきた。
あと数人となって前方を覗けば、90cm程のテーブルの上に約30cmの黒い箱が一つ置かれ、その側部には丸い穴があってそこに手を入れるだけという事の様だった。
だがそれに手を入れても何の表示も見えない為、一見何をしているのか分からない。
「何だ?あの箱」
ルース達の先頭にはフェルが並ぶ。
そのフェルがルース達を振り返って声を掛けた。
「ステータス確認って言ってたから、確認をしているとは思うよ?」
「まぁそうなんだろうが。けど教会にあるのとは全然違うんだな」
フェルが言う事は皆も思っていた。
どうやって確認をしているのは全くわからないのだ。
そのテーブルにローブを羽織っているものが一人座り、参加者が箱に手を入れれば何かを目で追うように視線だけが動いて、手元の物に何かを書き込んでいる。
ルース達からはその人物が何をしているのか、その箱の陰になって見えてはいない。
そうしてフェルの番になり、魔術師がフェルに言う。
「次の方、ここにきてこの箱の中の物に手を添えて下さい。それだけです」
フェルは言われた通りテーブルの横に進み出て、箱の横穴から手を入れた。
ここまで近付けばそれが一瞬光ったのが見え、青い光が魔術師の顔に反射していた。
「ふむふむ」
そう独り言を言う魔術師をそのままに、脇にいた騎士がフェルの移動を促す。
「これで終わりだから、あちらの出口に向かって進んでくれ。出口にいる者に手渡される包みをもらって帰っていいぞ」
一連の流れを見ていたルースは、余りのあっけなさに目を見開いた。
「あっはい」
フェルももう終わりかと戸惑ったらしく、言われた指示の通りに前に進み、少し離れた所で立ち止まりルース達を振り返った。
そこへ一人の騎士が近付いて行って何かを話しているが、フェルがこちらを指さして話しているので、ルース達を待つのだとでも説明しているように見える。
そうしてデュオ、キースとそれは続き、最後はルースの番になった。
「次の方、ここにきてこの箱の中の物に手を添えて下さい」
同じことを言われたルースは、指示に従い進み出た。
そうして箱に手を入れれば、中には片手で包み込める程小さい半円のツルツルした感触がある。
それをルースが握れば、魔力の波が箱の周辺に溢れ、青い光がルースの斜め前に座る者の顔に反射してから、続けて淡い微かな光がローブを照らしていた。
その光を見つめるローブの者は何かを読んでいる様に視線を動かすと、驚いた様に目を見開くのであった。