【294】運と覚悟
今日は勇者の儀に参加を希望する者の、一度目の招集日だ。
ルース達は指定された朝の時間の前に、王城前の広場に訪れていた。
この広場は王城の北側にあり、一般の人達が王城を見る為に設けられた場所といって良い。
その為ここから見ればこの国を代表する荘厳な城の一部が、その敷地を囲む高い壁の向こう側に垣間見る事ができる。所謂、“観光用”の広場といっても良いだろう。
この広場は王城側から商業地区を大きくえぐったように配置されており、北側の大通りである商業地区を抜けると、突然何もない広場が現れると同時に、城の美しい姿を臨めるよう設計されているらしい。
観光で訪れたものは、目に飛び込んで来るその荘厳な王城に圧倒され、感嘆の声をあげるだろう。
その目の前の広場の中央には大きなすり鉢状の窪んだ円が作られていて、すり鉢状の段差は浅い階段となっており、人々がそこに座って寛ぐ事もできるのだ。
この広場は人々の憩いの場であり国の催し物の際に利用したりもするが、王城の見栄えと有事の時の視界の確保という、2つの目的が本当の意味合いとなっているのだろうと思われた。
その王城への入口は北側と南側の2か所にあって、北側の大きな門はいつも閉ざされており、そこが開く事は国を挙げて催される一般参賀の行事がある時位で年に一度程だという。
南側にある門は貴族の居住区に面している事もあって貴族専用らしく、一般の者は通る事はできないと聞いている。
今日の召集はこの北側の広場という事になっていて、ルース達はそこへ少し早めに着いたのだが、集合時間が近付く頃には広場に溢れかえる程の人が集まってきていた。
「うわぁ…どんどん集まってくるね…」
デュオは広場に埋め尽くす人々を見て驚いている。
「ある程度の人数が集まるだろうとは思っていたが、それを目にすると圧倒されるな」
デュオとキースが肩を窄めて話す。
「勇者の儀を、この人数でやるのか?」
「一度にこの人数を捌くのは大変そうですから、勇者の儀の参加者をここから絞り込むために、本日の召集となったのだ私は考えています…」
「そうなるとどうやって絞り込むか、だな」
フェルの質問にはルースが予想を話すが、ここから先の事は何も聞かされてはいない。その為ルースとキースの話は、予想の範疇でしかない。
「選別するなら、試合でもすんのかなぁ」
「それだと一般の人は不利ですし、時間も掛かりそうですね」
「そうだよね」
4人は不安な面持ちで顔を見合わせるのだった。
それから集合の時間になれば北門の横にある通用口の小さな門から、騎士の服を纏った者達が広場へ姿を見せた。
それまでザワザワとしていた広場が門に近いところから静まって行き、そうして皆の目がその騎士たちに向けられた。
王城側に横一列に並んだ騎士たちは、その広場の者達を威圧するように視線を向けている。
ルース達は商業地区に近い場所からそれを見ていた為、すり鉢状の上に並び立つ騎士たちが遠くに見えている。
そこに並ぶ騎士たちの真ん中に、最後に出てきたスーツを着た男性が立った。
「今日は、勇者の儀の参加を希望する者の運と覚悟を、再度確認させてもらう目的で集まってもらいました」
そう言って話し始めた男性の声は良く通り、この群衆の一人一人に行き届いた。
別に大声を出しているとか怒鳴っている訳でもなく、静かに淡々と話しているのに。それに気付いたルースは、王城にある拡声器の魔導具を用いているのだと思い至った。
ルースはその声に覚えはなく、ルシアスの時に面識があった者ではないのだろうと思われる。
その男性の言葉に集まった者達が一斉にザワザワと騒ぐ。
「運って何だよ」
「まさかふるい落としがあるのか?」
そこかしこから聴こえてくる声に、ルースは予想していたとは言え皆が言う事も理解ができた。
覚悟といえば参加を申し込む際の文言で、その意思は提示されているはずだ。その上更に覚悟と言われても、皆は理解できないだろう。
そうして再び場が静まるまで待っていた男性は、小さくなってきた声に被せるように次の言葉を発した。
「今日はこれから、ここに集まった者達の、ステータスを確認させてもらいます」
そんな言葉が聞こえればまた皆が騒めきはじめるも、それには男性が手を上げて皆を静まらせた。
「これには理由があります。この中の者から勇者には成れずとも、勇者の隊列に加わる者が出る場合も想定しており、その過酷な道のりについて行けるものを選別する為です。現時点でこれからする事に不安が残る者は、今日これ以降の行動に参加せずとも咎められる事はありません」
男性の話が終われば、先程よりも一層大きなざわめきが広場を包み込んだ。
ルース達の様に友人や仲間とここへ来ている者も多いのだろう。それらが、互いの意思を確認する為に話し出したようだった。
「ステータス確認か…」
キースもそこで独り言のような声を落とした。
「そうみたいだね。僕たちはまだ良いにしても、キースは…」
「そうだよな。キースはそうすると…」
フェルやデュオは、この期に及んでもうステータス値を隠す必要はない。この場の状況次第では却ってステータス値が高い方が、勇者パーティのメンバーに選ばれる可能性が高くなってくると思われるからだ。
後はキース自身の判断に委ねなければならないし、ルースも皆に黙っていた名前が知られてしまうかもしれないと、ルースは3人の話を黙って聞いていた。
「俺はこのまま行く。デュオは?」
「僕も行くよ」
「……」
キースは一人考え込むように眉間にシワを寄せている。
「…………オレも行く」
「え?いいの?」
そうしてキースが出した結論へデュオが心配そうに尋ねるも、何かを諦めたようにキースが頷いた。
「これで必ずアレに見付かるとは限らないし、それに今は彼女の力になれる機会の方が大事だ」
「そっか…そうだね」
「おう」
デュオとフェルはキースの出した答えを聞き、ホッとした様に頷いた。
「ルースは何も言わないが、やめるのか?」
とキースが口を挟まないルースに視線を向け、ニヤリと口角を上げた。
「私も参加の方向ですが…。皆にまだ伝えていない事がありまして」
「ん?なんだ?秘密でもあったのか?」
重要な事でもないだろうと気軽に話すフェルに、ルースは眉を下げ視線を返す。
「…はい。本当の名前の事です」
「ん?本当の名前が違ってたって意味か?」
「はい」
「別に名前くらい違ってたって気にしないよ?ルースはルースなんでしょう?」
「ええ。ただステータス確認をすれば、その思い出した名前が表示されるはずです。ステータス表示はその人の中にある情報を現わす物で、その人に刻まれているものが表示されると聞いています」
「だよな。俺も“フェル”って名乗ってても、ステータスではちゃんと“フェルゼン”って出るし」
「オレもキースではなく、“キリウス”だったしな」
「はい」
「なるほどな。…それでルースはどんな名前だったんだ?」
3人は問題ないと言い、キースはその名前を先に聞きたいらしい。
「ルシアスという名前でした」
ルースが元気のない声で言えば、キースとデュオが考え込む。
「ルシアス…どこかで聞いた名だな」
「僕も何か聞き覚えがある」
「そんな名前はどこにでもあるものでしょう。…ただ私はルースなので、今後もその名前を使う事はありませんが」
「ん~まぁ何でもいいよ、ルースはルースだしな。別にルースもそこまで気にする事ないんじゃないのか?俺は気にしない」
と、フェルがルースの肩を叩きながら元気付けるように言えば、キースもデュオも笑みを浮かべてフェルの言葉に同意した。
そんな3人にルースは不安を悟られぬよう、ゆっくり笑みを浮かべて返した。
そのフェルの肩に留まるシュバルツだけはルースの不安を感じ取ったかのように、その小さな黒い目をルースへ向けていたのだった。