【293】束の間
ルース達4人は今、のんびりとリアの家でソファーに座って寛いでいる。
教会に行った後からリアの家に籠るようになったルース達は、町の喧騒から離れ、穏やかな日々を過ごしていた。
勇者の儀の参加者には事前の召集があるため、間もなくそこへ足を運ばなければならないが、まだ数日の余裕はある。
その数日、いつもの4人であればその間冒険者ギルドへ向かうところではあるが、その冒険者ギルドにはクエストも残っていないとも思われ、それならばわざわざ顔を出さずともリアの家の手伝いをしていた方が余程有意義であり、リアに恩返しもできるという事だ。
そんな手伝いの合間に、ルース達は勝手にお茶をもらってソファーで寛いでいた。
リアは今店の方へ行って注文された薬を作っており、リアが居なくても家の物を好きに使って良いと言われている為、こうしてお茶をいただいていた。
先日シュバルツからソフィーと会った時の事を聴いたフェルは、それ以来機嫌が良い。ただ“元気である”と知れただけで、こんなにも嬉しくなるものかと本人も驚いていた。
ルース達はソフィーには会いに行ったものの、結局のところ教会へは足を踏み入れる事は諦め、リアの家へと戻ってきた。
グズグズしていた4人を前にシュバルツが様子を見てきてくれた事で、取り敢えずその場を離れることが出来たという訳だ。そうでなければ、いつまでも教会の近くで悶々としていただろう。
そのシュバルツが言うには、ソフィーがいる場所は敷地奥にある離れで、ルース達では到底入る事のできない所らしい。自分達が教会の敷地へ入ったところで、ソフィーを遠くに見る事も叶わないのであろうという事だった。
そのシュバルツから“ソフィーは元気だった”と言われた言葉を信じ、後ろ髪を引かれつつも4人は引き上げてきたのである。
「ソフィーも驚いてただろう?」
『物凄く。ルースが記憶を取り戻したと言った時のソフィーは、非常に驚愕したあと今度は一転し、嬉し気に声をあげて泣き出してしまった』
最初にソフィーを訪ねて以来、シュバルツは時々家を抜け出して行く事が増え、ソフィーの所に顔を出していたりもするらしい。そして今しがた、ソフィーの所から戻ってきたシュバルツに話を聴いているところだった。
「そうか…」
フェルはその時の様子が想像できたのか、さもありなんという風に苦笑している。
「気にしてたもんね、ソフィーも」
デュオもシュバルツの話に、納得するように言った。
「そうなのですか?」
ルースは首を傾げ、デュオに視線を向ける。
「うん。ルースからはそう見えなかったかも知れないけど、ソフィーの事で余り目立たないように旅をしていたでしょう?それでルースの記憶の手がかりが見付からないのかも…なんてソフィーは自分のせいだって気にしてたんだよ?」
デュオから聞いた言葉は、ルースからすれば思ってもみなかった事。別にソフィーのせいでルースの記憶に繋がるものが無かった訳ではないのだし、ルースはその様に考えた事は一度もない。
「それは、申し訳ない事をしてしまいました…」
「まぁそう言えるルースだから、ソフィーも心配してくれていたんだろう。自分の事ばかり考えてる奴には、誰も心配も同情もしてはくれないものだ」
「俺もあの時泣きそうだったんだぞ?ルースの記憶が戻っても、俺の事を忘れないでいてくれて」
「…僕がもし頭をぶつけて記憶をなくしても、フェルの事だけは忘れないと思うよ」
「おう、デュオは嬉しいこと言ってくれるなぁ」
フェルはデュオの言葉に、鼻の下を擦って照れたように笑った。
「だって、フェルの事は何があっても、絶対に忘れられそうにないもん…」
「…どういう意味だよ…」
そこにはいつもの和やかな笑いが起こり、ルース達は穏やかな時間を過ごす。
「あっ、そう言えばあの本読み終わったから、次はフェル?」
「あの本?」
デュオがフェルに視線を向けて聞けば、フェルは何の事だと首を傾げる。
「もう…勇者の本だよ、キルギスで買った」
「ああ、そう言えばそんな本買ってたな」
「むぅ。じゃあフェルはもう読まなくていいの?貸さないよ?」
「いやいやいや、よむよむっ!」
デュオとフェルは2人でやいのやいのと言い合いをした。
「それで、感想は?」
2人のやり取りが落ち着いたところで、キースがデュオに尋ねた。
「んん~中身を言っちゃうと後で読んだ人がつまんなくなるから言わないけど、この本の勇者は、最初の勇者の事を書いた物語だったよ」
「最初の勇者?勇者って何人いるんだ?」
フェルの疑問に3人は口を噤んだ。
他の書物で読んだ知識で今まで何人かの勇者がいる事は知っているが、それが何人かとはルース達も知らないのだ。
『我もずっと聖獣の記憶がなかったゆえ認識はしていないが、今回で4人目…いや5人目か?』
と、頼みのシュバルツまでハッキリとはわからないと言って、結局答えは出なかった。
「私が以前読んだ本では、200年から300年位で封印されしものが現れていると書かれていました。ただ、私は最初の勇者が何年前にいたものかを知りませんので、年数から割り出そうにもそれもできません」
『それであれば我でもわかる。我は千年以上生きているゆえ、それ位だ』
ルースの言葉に続け胸を張って言ったシュバルツだが、そこでキースが口を挟む。
「シュバルツ。それでは結局最初の勇者が何年前か、という答えは出ていないだろう…」
「フフッ千年以上って…何年なの?」
『千年以上は千年以上だ。細かい事までは覚えていない』
キースとデュオに突っ込まれ、シュバルツが少々拗ねてしまったらしい。
ルースがソファーの背もたれに留まるシュバルツの頭を撫でてやれば、シュバルツは機嫌を直し、気持ち良さそうに目を瞑った。
「それでは推定で歴代の勇者は、5~6人いたという事でしょう」
とルースが取り敢えず纏め、フェルの問いに答えた。
「それで話を戻すね。その物語の主人公は小さな村で生まれたんだけど、その世界では精霊も普通に傍にいて、村人達とも仲良くしていたって書いてあった。物語の中はそんな世界なんだなって、ちょっと羨ましくなったよ」
デュオは物語の流れには触れず、差しさわりのない所の感想を伝えた。まだデュオ以外はこの本を読んでいない為、皆が先に内容を知っては面白くないだろうと配慮してくれている。
「あんな精霊がその辺にウロウロしてたら、それはそれで不思議な世界だなぁ」
フェルは以前視た、髪の長い透き通った存在を思い出しているらしく、そんな感想を漏らす。
「それでみんなが友達だったんだって。僕たちも視た“癒しの精霊”も出てきたし、大地の精霊、水の精霊、火の精霊…沢山の精霊がその主人公の周りには居たんだって」
「へえ~。良くわかんないけど、お伽噺だからそんな友達もアリなんだな」
フェルはデュオの話で面白そうだと思ったらしく、目を輝かせている。
「じゃあ、読むんだね?」
「おう、貸してくれ。…あっでも俺は読むのが遅いから、読みたい人がいたら先に読んでもらった方がいいかもなぁ」
「それじゃぁオレが先に借りよう。デュオ、後で貸してくれるか?」
「うん、了解」
ルースはそんな彼らを見ながら、デュオが話してくれた風景を頭に描き淡く微笑んだ。
そんな様子を見たフェルが、ルースに視線を向けて首を傾げた。
「ん?何か面白かったか?」
「…いいえ、とても楽しそうな村だなと思いましたので」
「だよね?僕もそんな村があったら、行ってみたいと思ったよ」
「オレはちょっと遠慮したいかな。寝てる時でも精霊が急に現れそうで、私的な時間が無くなりそうだ」
確かにキースが言うように、あのフワリとした存在は急に目の前に現れる事もありそうだ。ましてや精霊などは時間の感覚も人とは違っていそうで、何かの作業中なども遠慮なく話しかけられそうではある。
「これは僕たちとは違う世界の話だけど、そこから色々あって、この国に伝わっている“封印されしもの”とも繋がっていってるんだ…。このお話を考えた人は凄いよ。まるで本当にあった事だと思える程臨場感があって、思わずのめり込んじゃったよ」
そんなデュオの感想に、皆は口を閉じる。
この勇者の世界は、今のルース達とも繋がっている様に書かれているらしい。
デュオは内容までは語らないが、そう話しながら切ない様なそんな表情も見せていた。
「俺も絶対読む!キースが終わったら貸してくれ!」
「え?ルースは飛ばしちゃうの?」
『お前は言った傍から…』
フェルが待ちきれなくなったように、先に譲ると言った事を無かったことにして言えば、デュオが聞き返しシュバルツにまで突っ込まれている。
「私はいつでも構いませんから、読みたいフェルがお先にどうぞ」
フェルに苦笑して言うルースに、フェルはニカッと笑みを広げる。
「やっぱりルースは話が分かる。流石長い付き合いだけの事はあるな」
こうして勇者の儀の一度目の召集を間近に控えたある日、そんなルース達は麗らかな初冬の陽だまりの中で和やかに過ごしていたのだった。